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 親子連れを装うと怪しまれずに他人に近づくことができる、というテクニックが有効に使えるようになったのは実のところここ百年かそこらのことなのだそうだが、現在の彼は実際その手段を好んで用いる。


「どうしたの? 坊や、迷子になったの?」

「うん。父さんに連れてきてもらったんだけど、はぐれちゃって」

「じゃあ、このショッピングセンターの迷子案内所を探しましょうね。場所を調べるから、ちょっと待っていてね」

「ああ、それには及びませんよ。わたしがその子の連れです。ありがとう、親切なお嬢さん」

「あらやだ、お嬢さんなんて。こんなおばさんを捕まえて。オホホ。よかったわね、坊や、お父さんが見つかって」


 吸血鬼といえども、遠くから匂いだけで獲物の良否を嗅ぎ分けられるというほど便利にできてはいない。品定めをするにはまず近くまで歩み寄る必要がある。


「父さん、今の女は獲物にするほどじゃなかったのかい」

「ああ。ちょっと化粧がきつすぎた。それに、あれも子持ちだ。後生が悪い」

「やれやれ。化粧っ気のない初心な生娘なら啜り殺しても心が痛まないというのに、変なところで甘っちょろいことを言うよね、父さんは」


 父、ヴィクターは齢数百年を超える人食いの吸血鬼だ。具体的に何世紀の生まれなのかは知らない。自分は吸血鬼である彼と、ただの人間であったらしい母親との間に生まれた。彼の故郷の言葉でそのような存在をダンピールという。フィクションの中でのダンピールという種族は作品によって性質もまちまちだが、この自分はといえばほぼ人間と変わらない。血を摂取しなくても生きていけるし、生まれてからの年齢と概念の年齢との間に齟齬があるというようなこともない。見たままだ。


「お姉さん、あの、僕迷子になっちゃったみたいなんですが」

「あら。それは困ったわね」


 結局、父がその夜目を付けたのは別の客ではなく、ショッピングセンターの迷子係官の女であった。父は十分に満足し、我々はその町を離れる。同じ場所で幾人かの犠牲を出した後は長居はしないのが、安全に身を処すための鉄則であった。


「昔から、ずっとこんな西へ東へ旅の暮らしだったのかい」


 と、訊いてみたこともある。そういうわけではないらしい。辺境の孤城に領主として君臨して、使用人として送られてくる村娘の血を啜って暮らしていたこともあるそうだ。ほとんど生贄だ。


「でも、今の方が気楽で、そして人間的な暮らしであるかもしれないな。あの頃の方が、きっと今よりも孤独だったよ。家族もいなかったし」


 おかしな理屈だ。なぜ怪物のあんたが、より人間的であることを望もうとするんだ? という言葉を、父親に言っていい言葉ではないと思うので胸の中で呑み込んだ。そのときは。

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