門の所に安息はない
きょうじゅ
1
今夜も我々の部屋にはビートルズが流れている。彼が最も好む『Let it be.』が。
When I find myself in times of trouble. Mother Mary comes to me. Speaking words of wisdom. Let it be.
齢数百歳を超える吸血鬼がビートルズを好んで聞くと言ったら、意外に思われるだろうか。しかし、考えてもみてほしい。ドラキュラ伯爵のモデルとされる、かのヴラド三世ツェペシュは15世紀の人である。モーツァルトは18世紀の後半で、ポール・マッカートニーは20世紀の生まれ。どちらにしたところで、ヴラド公にしてみれば自分が人間であった世界からは遠い隔絶された未来の人間に過ぎない。
“彼”はモーツァルトの時代にはもう存在していたわけなので、ウィーンの宮廷で彼の演奏を聴いたことはあるのか、と戯れに尋ねてみたことがある。あるにはあるらしいが、夜中にやっている演奏会やオペラに忍び込まなければならないから大変であったそうだ。彼にとって、レコードプレイヤーの出現は大いなる福音(というのもおかしいが、彼はそのような言い回しを好む)であったそうである。
で、今夜はどうしているかというと、時代めいたアナログレコードのプレイヤーにビートルズの稀少なオリジナル盤をかけている、などということは全然なく、iPodで音楽を聴いている。彼が言うには、夜中やっているレコード店に行く必要もなくなったからこれも大いに便利だそうである。iPodは2022年に生産を終了してしまったが、まだ彼はそれを愛用している。去年などという年はごく最近に過ぎない、という時間感覚を有する点においては彼は確かにノスフェラトゥである。
Let it be, let it be.Let it be, let it be.Whisper words of wisdom, let it be.
音楽を止め、
「さて、それじゃ。今夜もそろそろ狩りに行こうか」
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