群青のロミオ-Romeo The UltraMarine-

立花大河

第1話 群青の風来坊


 太陽が最も高く位置する頃、独りの若者が街道を進んでいた。

 強い陽射しを避けるためのフード付きの外套を纏い、顔には保護ゴーグルを着けたヒューマン族の若者は旅人だ。名前はロミオ。


 国を渡り歩き、日雇いの仕事に就いては日銭を稼ぎ、また旅をする。この世界では【冒険士アドベンジャー】と呼ばれている。


 冒険士は、元より孤児であった者や、出奔者、元犯罪者など、身分の低い人間の行き着く職であり、華々しい存在ではなかった。


 ロミオも多分に漏れず、捨て子だった。ある冒険士の男に拾われ、愛情たっぷりに育てられた。しかしその育ての父親もロミオが物心つく頃には行方知れずとなった。おそらく危険な仕事に出て還らぬ人となったのだろう。それからロミオは独りで生きてきた。


『いいか、ロミオ。困ってる奴が居たら助けてやるんだ。そうすりゃ自分にも良いことあるからよ』


 その教えを胸に、人助けを信条として。


 ロミオが向かっているのは、大陸南部を領有する海洋都市国家グレートバーク。そこは【冒険士最期の国】と謂われる国だった。


 §


 グレートバークは海に囲まれた天然の城塞都市であり、基本的には海路を用いて港から入国する場合が多い。陸路での入国は北側にあるスターム門からのみで、好んで利用する者はあまりいない。近隣の諸村落の住民や、船に乗る路銀もない冒険士くらいのものだ。


 ロミオがスターム門に辿り着くと、甲冑の兵士が声をかける。

「入国希望者か?」

「ああ、そうさ」


 フードとゴーグルを外しながら答える。黒い髪と青い瞳を覗かせ、人懐っこそうな笑顔を見せる。


「なんか手続きとかあるのかい?」

「そりゃお前、いくらグレートバークが自由の国ったって入国手続きくらいはあるぞ」


 少々呆れたようなトーンで返す兵士。声は若く、真面目な印象を受ける。


「そっちの詰所で審査だ、冒険士。なに、それほど時間は取らないさ」

 大門の傍らにある建物を指す。年季の入った石造りがいい風情を出している。


 言われるままロミオは詰所に向かい、ドアを開く。中に居た兵士がテーブルに書類を出していた。


「聴こえてたよ。あいつは声がデカいからな」


 兜を脱ぎながらドカッと座る兵士。短く切り揃えた茶髪に逞しい顔つきの青年だ。


「さ、座りな。字は書けるか?」

「ああ、書けるとも」


 兵士もバカにしている訳ではない。冒険士になるような者は満足な教育を受けていない場合も多くあり、読み書きが不得手な事もある。


呼名ファーストネームは…ロミオ。家名ファミリーネームが無いのはわかるが、渾名セカンドネームも無いのか?ただのロミオじゃ、通りが悪いだろ」


 一般的な命名方式ネーミングルールは、自身の名を表す呼名ファーストネームと家族を表す家名ファミリーネームで構成されている。冒険士には天涯孤独の者が多いため家名を持たず、代わりに渾名セカンドネームを用いて個人を識別する。だいたいは身体的特徴だったり、自らの信念や生き方、武勇などを本人や周囲の人間が付けるもので、人によっては複数あったりもする。


「うーん。ご覧の通り風来坊ワンダラーでね。特に困ってはいないんだが。…そうだ、風来のロミオロミオ・ザ・ワンダーとしておきましょう」

「いい加減なヤツだな。まあ、いいさ。渾名に貴賤なしってね。…冒険士最期の国グレートバークへようこそ、ロミオ」

「それ、冒険士仲間の間でもよく言われてたけど、どういう意味だい?」

「なんだ、知らないのか?……そうか、生きてこの国を出た冒険士がそれほど居ないから、真相が伝わらず謂われだけが独り歩きしてるんだな……」


 怖い話でも始めそうな声色でおどろおどろしく話し始める兵士に、ロミオは少しぎょっとする。が、


「なあに、この国の居心地が良すぎるもんで、ここに来た冒険士の多くが居付いちまうんだよ。そんなわけで我が国の異名が【冒険士最期の国アドベンジャーズピリオド】ってわけさ」


 §


 簡潔な入国手続きを終えたロミオは、兵士の紹介で冒険士の宿【月の導き亭】に向かっていた。冒険士の宿は冒険士にとっての拠点であり、仕事の依頼にありつける場所でもある。宿泊料自体はなんと無料タダ。代わりに店の手伝いや一定の依頼をこなすことが求められる。住み込みの用心棒兼雑用係…といったところだ。


【月の導き亭】は市場ひしめく大通りからは離れ、港側にある倉庫街のど真ん中という立地で佇んでいた。


(なるほど、これなら冒険士が深夜までバカ騒ぎしても近所迷惑にならないな)


 外に居ても内部の騒ぎ声が漏れ聴こえるほどだ。――まだ昼過ぎだが。


「おういらっしゃい!見ねェ顔だな新入りか!?」


 ロミオが店に入ると、大勢の冒険士たちが飲めや歌えやの真っ最中だった。カウンターから宿の主らしき、禿げ頭の厳つい髭面親爺が威勢よく声をかける。


「さっき入国したばかりさ。門番さんからここを紹介されてね」


 そのままカウンター席に着くロミオ。


「門番のジャンだな。いつもウチを紹介して、あとでタダ酒呑みに来やがるンだ。ちゃっかりしてるよ全く」

 ガハハと笑い、ロミオの前にエールを注いだジョッキを置く。


最初の1杯はサービスウエルカムドリンクだ。景気付けにんな」

「申し訳ないけど…」


 置かれたジョッキを押し戻す。


「おれ、下戸あまとうなんだ。甘いの、ある?」


 親爺は一瞬きょとんとしたが、ジョッキに入ったエールを呑み干し、またガハハと笑った。


 §


「それでお前さん、名前は?」


 注文通りの甘いのシロップたっぷりのミルクを用意してくれた。いい人である。


「おれはロミオ。風来のロミオ」

「そりゃいい名だ。冒険士なんぞどいつもこいつも風来坊だが、そのまま名乗る奴ァ見たことねェ!」


 またもガハハと笑い、


「儂はサムソン。かつては海魔クラーケンのサムソンと名を馳せた冒険士よ」


 とキメ顔で名乗ったものの、


「誰も呼んでねえよ海月のサムソン!」

「騙されんなよ新入りルーキー!」


 と周りから野次が飛んだ。


「うるっせェぞ海月って呼ぶなッ!」


 その昔、自作の船でグレートバークに向かおうとしたサムソン。しかし半日もしないうちに船は大破し、根性で泳ごうとするも途中で力尽きる。プカプカと海月のように浮かんでいたところを漁師に救助されて辿り着いた……という逸話を常連冒険士に聞かされた。


「なるほど、それで。でも――」


 顔を真っ赤にして怒るサムソンを見て、


海魔タコってのも、あながち間違いでもないような――)


 と思ったが口には出さない。


(――この騒がしい感じ。確かに居心地良いかも、な)


 甘いミルクで口を湿らせながら、ロミオは酒場の喧騒を眺めるのだった。



 §


 観測記録。


 惑星エーテリア――――自転周期は約24時間。公転周期は約8760時間。


 表面に水を多く蓄えるこの蒼く美しい星では、多種多様な種族が生息する。


 最大の人口を誇るヒューマン族をはじめ、エルフ族、ドワーフ族、オーク族などの亜人種、そして獣の特徴を有した獣人種アニマノイドが、それぞれ独自の文明を持つ知的生命体として繁栄している。


 エーテリアには大気を含む万物に【魔元素エーテル】という物資が宿っており、これらを操ることで様々な事象を引き起こす【魔導科学】という技術が発達しており、日々の生活を支えている。






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