第11話

 スマートフォンと聞いて、この話の冒頭にリリが言った『画像』だの『動画』だののことを思い出した。

 梁川やながわさんのスマートフォンに保存されているものを消せとかなんとか。


小波こばさんたちの目的は梁川さんのスマホだったの?」

「そう。梁川さんのスマートフォンからデータを消すことが目的だったんだ。しかし、しゅよく手に入れたものの、目的を果たすためにはロック解除が必要だ。普段から梁川さんのそばにいる小波渡さんならパスのタイプや桁数けたすうくらいは知っていたかもしれないけど、そのものズバリを知っているわけはない。手当たり次第に試すしかなくて、それは保健委員で付き添っただけですぐに授業に戻らなければならない小波渡さんには不可能。だからその作業を鹿瀬かのせさんが担当した」

「でも、パスなんてそんな簡単に……」

「そうだね。単純な四桁の数字のパスワードでも、全通り試すのに何時間もかかる。しかし、小波渡さんたちはそれでもやるしかなかったんだ」


 だよね、と言いたげにリリは小波渡さんと鹿瀬さんを見た。

 二人はどう答えていいのかわからないと互いの顔を見合う。


「タイムリミットは放課後までと考えていたと、僕は思う。おおよそ三時間半。そのあいだにパスワードを突破してデータを消せたなら、それでよかった。しかし――できなかった。少なくとも、では、まだロックは解かれていなかった」

「ああ、そういうことか……神前かんざきわざだったのか……」


 忌々いまいましそうに小波渡さんが吐き捨てる。


「おかしいと思ったんだ。しずくが予定より早く教室に戻ってきたし、袋の中身もそのままだった。パスをクリアしてデータを消したらあたしのスマホにメッセを送るように言っておいたのに、それもなかった」

「時間までにロックを解除できなかった君たちがを推測し、僕はそれを阻止しなければと思った。そのためには鹿瀬さんに僕が事情を知っていることを話し、穏便おんびんに済ませる方法を提示するしかなかった」

「雫はそれに乗って、袋をそのまま教室に持って来たわけか」

「ごめん……さゆちゃん。わたし……」


 繋いだ手をぎゅっと握り、鹿瀬さんが涙を浮かべた。それを小波渡さんさゆちゃんぬぐってやる。

 リリはそれを無感情な目でじっと見ていたが、やがて梁川さんに向き直った。


「さて、貴重品袋の盗難についてはこれで明らかになったわけだ。無事、梁川さんの手元に貴重品も戻った。

「…………」


 おや、と思った。

 リリがこんな恩着せがましいことを私以外に言うなんて滅多にないのだ。

 何を考えているのだろう?


「そこで、僕は図々しく梁川さんに報酬を求めようと思うんだけど、どうだろう?」

「それがデータの消去ってわけ?」

「そうだね。それが鹿瀬さんとのだから」

「…………」


 梁川さんがリリを睨みつける。


「あのデータはあんたに関係ないでしょ」

「ないよ。ただ、それを君が持っていることで困る人間がいるし、君自身が困ることになる可能性がある。そんなものはさっさと消去するに限る。そう思わないか?」

「私が困るかどうかなんて、あんたにわかるわけ……」

「内容はなんとなく推測できる。そのデータはニトログリセリンと同じだよ。強力な武器になりえるけど、扱いを間違えば君自身を吹き飛ばすことにもなる。聡明なる君ならそれくらいわかるだろう」

「…………」


 リリにしてはずいぶん一生懸命な説得だ。さっきから本当に彼女らしくない。

 いつもリリに敵対心をむき出しにして反発する梁川さんが圧されているくらいだから、その異常性がわかるというものだ。

 ひょっとして……いや、それはない。ないと思う。

 それより今は事件の話だ。

 しかし……そうまでして消去させたい『データ』ってどういったものなんだろう。それほど危ないものなのだろうということは理解できるけど……内容がすごく気になる。


「ハッキリ言ってあげようか」

「何を?」

使鹿。武器にすらならないんだよ。彼女は絶対にしゃべらないから」

「な……」


 リリの言葉で梁川さんの顔色が変わった。それは驚愕の表情だった。

 いや、脅すとかしゃべるとか、本当に何のことだろう。私だけ置いてきぼりになってる。

 まあ、この状況で説明を求めるのも野暮だろうから黙っておくけど。


「なんであんたがそれを……⁉ まさかしゃべったの⁉」


 慌てて鹿瀬さんに詰め寄る。

 素早く小波渡さんがその間に入って、今にも掴みかかりそうな梁川さんを制した。

 リリは梁川さんが落ち着くまで待って、話を続ける。


「言っておくけど、僕は鹿瀬さんから何も聞いていない。それどころか、彼女はと思うよ」

「それでどうしてデータのことや脅していることを知ってるのよ⁉」

「推測だよ」

「推測……?」

「去年、わけもわからず恋人から別れてほしいと言われた君は、プライドを大変傷つけられた。納得できる説明がなければ引き下がれなかったのだろう。そう思った君は彼女に何度も問いただした。だが、彼女は絶対にしゃべらなかった。そこでごうを煮やした君は、彼女にとって表に出されては困る『動画』を使って白状させようとしたわけだ。よくあるパターンだね」

「…………」


 反論がない。その通りだと認めたようなものだ。


「それでも彼女はしゃべらなかった。君は動画を本当にバラまいてやろうかと考えたろうね」

「…………」

「それを察知した小波渡さんはゆうがないと焦り、事件を起こした。みんなは金銭目的だと思ったかもしれないけど、僕はそうじゃないとすぐにわかった。金銭目的なら教室内で財布から現金を抜き取ればいいし、換金しづらいスマートフォンまで持ち去る理由がないんだ。だから目的は金銭以外で、考えられるのはスマートフォンの中身、とりわけ端末に保存されているデータではないかと思った。六限の前の休み時間の時点で袋を持ち出したのは小波渡さんだとわかっていたし、鹿瀬さんも関わっているとわかっていたから、梁川さんのスマートフォン――その中のデータが目的だと確信した」

「何者だよ、お前……怖くなるわ」

女の子ミコに恋するただの中学生だよ」


 小波渡さんが呆れたような、恐れたような口調で呟くと、リリは小さく笑って、冗談めかして返した。


「小波渡さんこそ、彼女から相談されもせず、彼女の様子を見ているだけで事情を悟るなんて、空気が読めるなんてレベルじゃない洞察力だよ。それにいくら彼女のためとはいえ犯罪に手を染めるなんて、簡単にできることじゃない。愛が深いんだねぇ」

神前かんざきに褒められると気持ちが悪いんだけど」

「それはどうも」

「礼を言うとこじゃなくね?」


 言って、小波渡さんは小さく笑い飛ばした。

 そのやり取りを苦々にがにがしく見ていた梁川さんが舌打ちすると、リリはそちらに向き直った。


「さっきも言ったけど、そのデータの流出を食い止めるために、小波渡さんたちは事件を起こしたんだ」

「どうして、そこまでして沈黙するの? 私はただ理由を知りたいだけなのに」

「それは、梁川さん。君が自身の立場に無自覚だからだよ」

「立場……?」


 呟いて、梁川さんはリリの言葉に眉をひそめた。

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