第10話

 立ち上がったリリはそのまま貴重品ボックスの前に行き、鍵がささったままの南京錠を持って戻ってきた。


「これは僕の勝手な見立てだけど、この南京錠は貴重品ボックスが設置された当初から使われている。傷や真鍮しんちゅうのくすみ具合で大体推測できる」


 リリの可愛らしい手のひらより二回りほど小さい南京錠を閉じ、鍵を回して開く。頑丈そうな金属音が鳴って、教室内に大きく反響した気がした。


「あまり大きな声では言えないけど、古い南京錠、特にシングルロックのものは鍵がなくても簡単に開けられるんだよ。こんな風にね」


 言って鍵を抜き取り、錠を閉じる。そして自身の前髪を留めているヘアピンを外してまっすぐに伸ばし、鍵穴に差し込んで数秒――カチン、と南京錠が開いた。

 どこでそんな技を身につけたんだろう……?


「今はこの方法でピッキングできないように南京錠も改良されているけど、これは十五年も前のものだ。この程度の錠ならネット動画を検索すればやり方なんていくらでも見つかる。便利だけど恐ろしいよね、インターネットって」

「…………」

「もちろん、十五年前にも対策品を作る動きはあったよ。でも、安価で販売されていたものはほぼ非対策だ。これみたいにね」


 話しながらリリは三度、同じことを繰り返した。いずれも数秒で解錠されて、リリが「こんな古臭ふるくさい南京錠に貴重品を預けられない」と言っていた意味がやっとわかった。


小波こばさんにその知識があって、ヘアピンのような細くて頑丈なものがあれば鍵がなくても貴重品ボックスを開けることができる」

「待って、リリ。小波渡さんがそれを知ってたって、どうしてわかるの?」

「わからないよ。知っていれば誰にでもできるというだけ。で、知っているか知らないかは自己申告しかなく、それがウソか本当か、僕らには確かめようがない」


 ひょい、と肩をすくめてリリは苦笑する。

 私は南京錠を受け取ってリリがやったようにヘアピンで鍵穴をごそごそやってみたが、一向に開く気配がない。やり方を知らないのだから当たり前だ。

 そんな私を見てもどかしかったのか、小波渡さんがひったくるように南京錠を手に取り、ささったままのヘアピンを少し動かすと――カチリ、と開いた。


「……言っとくけど、しずくはコレできないからな?」

「さっきも言ったよ。それは確かめようがないって」


 貴重品袋を盗んだのは自分だと示した小波渡さん。鹿瀬かのせさんをかばってのことだろうが、リリの言う通り、できないことは証明しようがない。


「そうやって南京錠を外した小波渡さんは、貴重品袋を持って保健室に向かった。そこで鹿瀬さんと合流し、袋を渡して、保健の先生を探しに行った」

「小波渡さんが教室の鍵を閉めなかったのは、急いでいたから?」

「それもあるだろうけど、閉めると不都合があったからだよ」

「不都合? どんな?」

「体育が終わって戻ってきたときに、ミコが教室を開けられなくなるだろう」

「…………。あ、そうか」


 教師に預けていた鍵は小波渡さんがすり替えた偽物にせものだから、私がそれで教室を開けられなくて鍵が違うことに気づく可能性があるのか。そうなると、鍵がすり替わったタイミングが問題になり、最後に使った小波渡さんに目が向くわけだ。

 けど、私が戻る前に教室が開いていたなら、わざわざ鍵を差し込んで開閉できるかなんてチェックしない。袋がなくなって起きる騒動のどさくさでフックにかけた偽物を本物に戻すことだってできそうだ。


「でも、教室が施錠されていなかったことがバレたら、結局は鍵の閉め忘れだと思われて小波渡さんが責められることになるんじゃ? 実際、そういう目で見られていたわけで」

「きちんと鍵を閉めたところを見たと証言したのは他ならぬ僕とミコだ。証人が複数いれば、小波渡さんから疑いを取り除く力は十分ある。それ以降、鍵は教師が持っていた。となれば、何らかの方法で教室の鍵を開けた犯人が袋を手に入れて、そのまま逃走したと考えるのが自然じゃないかな」

「南京錠だけ戻した理由は?」

「教室の鍵のすり替えを見破られても、南京錠の鍵を持ってなきゃ袋は奪えないって言い訳できると思ったから。意味なかったけど。それだけ」


 リリの代わりに小波渡さんがボソッと私の疑問に答えてくれた。

 教室とボックス、二つの鍵が揃っていないと袋を手にできないと思い込んでいた私は、リリが鍵なしで南京錠を開けて見せなければその言い訳を信じていただろう。


「袋を鹿瀬さんに渡したのはなぜ?」

「中身を調べるためだろうね。保健室のベッドで休むことになれば、周りはカーテンに仕切られて他人の目が届かなくなる。気分が悪い振りをすれば放課後までこもっても不自然じゃない。こっそり何かをするには絶好の場所だ」

「何かをするって……何を?」

「スマートフォンを調べるんだよ。そのために貴重品袋を盗み出したんだ」


 リリが言うと、ハッとしたように梁川やながわさんの表情が変わった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る