第9話

 リリが何を言っているのかわからない。

 だけど、三人が即座に反応したことで、リリが彼女らの触れられたくない何かを知っていることはなんとなく察しがついた。


「何のことかわからないんだけど。それに私には神前かんざきと話すことなんて何もないわ」

「うん。だから僕は君たちにと言ったんだ。君たちは何も話さなくていいよ」


 梁川やながわさんの言葉にリリはにこやかに返した。

 小波こばさんと鹿瀬かのせさんは押し黙ったままじっとリリを見ている。


「さて。もったいぶった話になるとミコが寝てしまうから、先に貴重品袋を持ち出した人を名指ししようか。と言っても、この状況ならミコでもわかるだろうけどね」

「…………」


 ごめん。この三人が関係者だろうということはわかるけど、犯人かどうかに関しては何も言えないです。

 小波渡さんも鹿瀬さんも梁川さんも、犯行は不可能なんだから。


「貴重品袋を持ち出したのはだ」


 しかしリリは、ハッキリと名指しした。

 小波渡さんの表情は変わらない――が、鹿瀬さんの顔色がさらに悪くなる。なぜ当人ではなく鹿瀬さんが怯えるのだろう。


「いやいや、小波渡さんには無理だって話したよね? リリも言ったよね?」

「覚えがないね」

「言ったでしょ!」

「僕は一言も。小波渡さんに関しては、ミコが施錠したあとにやってきて鍵を開けて教室に入り、出てきたときに施錠して閉まっているかどうかを確認していたということだけ」

「じゃあその時点で教室は鍵がかかってたってことでしょ。そのあと体育の先生に教室とボックスの鍵を預けたんだから、小波渡さんに教室を開けることはできないじゃない」

「できるよ」

「どうやって?」

使

「はぁ……?」


 何を言っているんだ、リリは。意味がわからない。


「ごめん、私にもわかるように説明して」

「そうだね、じゃあミコに質問しよう」

「質問? ……どうぞ」

「この教室の鍵のキーナンバーを覚えているかい?」


 キーナンバー? それって確か、鍵の山と谷の高さとパターンを決める何桁なんけたかの数字のれつのことだったと思うのだが。


「……ううん。知らない」

「だろうね。普通はそんなもの気にしないし、記憶していない。だから、わけだ」

「あ……」


 ここでようやく、リリの言いたいことが理解できた。


「小波渡さんは私から受け取った教室の鍵をと入れ替えて、教室を閉めるときに使ったをずっと持っていたってこと?」

「そう。ミコが返してもらって体育教師に預けた教室の鍵は偽物にせものだったんだよ。キーホルダーを付け替えるだけなら、二十秒もあれば十分可能だ」

「持ってたって、どこに? 体操着にポケットはないよ?」

「鍵の一つくらい、どこにでも隠せるよ。ずっと握っていてもいいし、短パンのゴムを通しているところに押し込んでもいい。下着や靴下の中も王道だね。まあ、右の靴の中に隠していたことは明白だけど」


 リリの指摘に、ピクリ、と小波渡さんの眉が跳ねた。


「なんでわかった? 隠すとこを見てた?」

「終始右足を気にする不自然なフォームで走っていたら、僕でなくてもわかるよ。前回の持久走よりいちじるしくタイムが落ちていたようだし」

「…………」


 反論できないのか、リリに険しい視線を向けるだけで口をつぐんだ。

 しかし、私は周回カウント担当で走っている彼女を見ていたはずなのに、全然気づかなかった。


「そうやって教室の鍵を手に入れた小波渡さんは、授業を抜け出したときに教室に入り、貴重品袋を抜き取った」

「リリ、質問」

「どうぞ」

「小波渡さんが授業を抜けたのは鹿瀬さんが転んだからだよ。そんな偶然を見越していたって言うの?」

「偶然じゃない。鹿瀬さんが協力していたんだからだよ」


 言って、リリはうつむく鹿瀬さんに微笑みかけた。

 鹿瀬さんが、小波渡さんに協力……?


「持久走で体調が悪くなったと言えば、保健委員と一緒に保健室へ行くことになるだろう。そのためので転んで膝をすりむいたのは予定になかっただろうけど、ともかく、鹿瀬さんが協力すれば小波渡さんに空白の時間を作ることができる」

「なんで鹿瀬さんがそんなことをする必要があるの?」

「小波渡さんのさ」

「……え?」


 そうなの? と鹿瀬さんを見る。うつむいたままの彼女の顔はうかがえなかったが、小波渡さんの手をぎゅっと握っているのはわかった。


「そうだよ。鹿瀬はあたしのカノジョだ」


 観念したように告白して、小波渡さんは彼女の肩を抱き寄せた。

 それを見ていた梁川さんの表情が強張る。百合カップルが嫌いだというから当然の反応だ。


「けど、神前。なんでわかった? あたし、学校じゃそんなりを見せた覚えがないんだけど」

「転んだ鹿瀬さんに肩を貸したとき、『しずく』と名前で呼んだのを覚えているかな? 予定にないケガを負わせて動揺し、無意識に呼んでしまったのかもしれないね」

「……とんでもないミスだ」


 やれやれ、と苦笑しながら頭を振る。

 あのときリリはグラウンドに大の字に寝転がっていたのに、よくそんな一瞬の会話を聞いていたものだ。


「それに気づいたのは僕だけじゃない、梁川さんもだ。……いや、もっと前から知っていたかもしれないね。それこそ、付き合い始めたときから。確証はさっきまでなかっただろうけどね」

「…………」


 リリの指摘で小波渡さんが顔色を変えて梁川さんを振り向く。

 梁川さんは黙していたが、否定する様子がなくリリの言葉を認めているようだった。


「そうして二人で校舎に入り、鹿瀬さんを保健室に向かわせ、小波渡さんは教室へ走ってすり替えておいた鍵で中に入り、貴重品ボックスを開けた」

「ボックスの鍵は?」


 きっぱりと断言して、リリは席を立った。

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