第6話
五限目終了のチャイムが鳴り、教室の外がにわかに騒がしくなった。他所のクラスから野次馬が集まっているのだろう。普段ではありえない人数のシルエットが廊下側の窓に映っていた。
「トイレに行きたい者は行っても構わないが、おしゃべりは控えてほしい」
担任が釘を刺す。クラスの半数以上が貴重品ボックスに入れたスマートフォンを奪われたことで、SNS経由の拡散を抑えられるのは幸運と言っていいのかどうか。まあ、リリのように自分で管理していたおかげで難を逃れた人から漏れるのは止められないだろうが。そこは個々人の
「ミコ、僕はちょっと席を外すよ」
「ん。行ってらっしゃい」
小柄な体でぽてぽてと歩くリリの背を見送り、案の定教室の外で出待ち(?)をしていた他所のクラスの人だかりに阻まれて慌てる姿を微笑ましく観察していると、リリがいた私の前の席に誰かが来て座った。
「ついていかなくていいの?
からかうように言われてそちらを見ると、派手めな格好の
普段は
「けど、面倒なことになったよなぁ……」
「うん。鍵を扱ってたのが私だから、みんなの視線が痛いよ」
「いいじゃん、
はあ、と深くため息をつく小波渡さん。
援護? 何の話だ?
「あたしさー、体育の授業中に抜けたじゃん。
「……誰に?」
「預けたものを盗られたやつみんなに。直接言われなくても、雰囲気でわかんだよ。空気読むのは得意だからさ。なんでたまたまケガをした鹿瀬を保健室に送っただけで疑われなきゃなんないんだか。つーか、あたしも財布を預けてたんだから同じ被害者だっての。はぁ……」
再び深いため息。
確かに、なんとなく私たちにクラス中の視線が向いているような気はする。容疑者二人が話しているのだから当然か。
「そういえば鹿瀬さんは? いないみたいだけど」
「膝のすり傷は大したことなかったけど、持久走で気分が悪くなったみたいで、保健室のベッドで寝とけばって言っといたよ。寝てるかどうかは知らない」
「知らないって……」
「保健のセンセがいなかったんだよ。だから鹿瀬にそう言って、あたしはあちこち探したんだけど見つかんなくて、職員室にいた他のセンセに事情を話して、そのままグラウンドに戻ったんだ。だから鹿瀬が今どうなってるかはわかんないって」
無責任な。
でも、なるほど。小波渡さんが保健室に鹿瀬さんを送り届けたあとに一人になる時間があったから疑われているわけか。まあ、同じ理屈でいくと、鹿瀬さんも一人になっていたわけだけど。
「でもさ、小波渡さんと鹿瀬さんが保健室に行ってるあいだ、教室とボックスの鍵は体育の先生の手元にあったんだよ。二人に盗むのは不可能じゃない?」
「だよな。なのにこいつらときたら、あたしを疑うんだよ。冗談じゃないって」
クラスを見回し、不満げに呟く。大声で言わないのは空気を読めるからなのだろう。ピリピリしている人を刺激しても現状で得になることなど何もない。特に彼女のグループのボス的存在である梁川さんも被害者だから、なおのこと刺激すべきじゃないと思う。
「まあ、しかたないかも。体育が終わって戻ってきたら教室の鍵が開いてたんだし、最後に鍵をいじった私たちが疑われるのは」
「それ。あたしはちゃんと鍵かけたかんな?」
「わかってる。リリも小波渡さんがちゃんとロックされてるか確認してるのを見たって言ってるから」
「助かるわー。神前って変な奴だけど、わりとセンセの覚えがいいっつーか、信用されてるっぽいから証人には持って来いだわ」
言って小波渡さんは安堵したように表情を緩めた。
あまり接点のない私に話しかけてきたのはその確認のためか。
しかし――
「私の彼女を変な奴とか言わないで? それともやっぱり梁川さんのグループの人ってみんな私たちみたいなのを気持ち悪いって思ってるの?」
「あ……いや、悪い。そういうつもりじゃない」
冗談めかした表情を急に真面目に変えて、小波渡さんは声を
「那須野も知ってるだろーけど、
「…………」
小波渡さんに素直に謝られて、私はどう反応していいものやらわからなくなって、上手く言葉が出なかった。
ただ、『グループって面倒くさいんだなぁ……』というようなことを思い、小波渡さんに少しだけ同情の気持ちが湧いた。
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