第5話

 窓際の席で後ろの席の子と話している小波渡こばとさんに目が行った。

 そうだ。私が施錠したあとに彼女が来て、忘れ物をしたからと言われて鍵を渡したんだ。

 もし彼女があのとき、きちんと鍵をかけていなかったとしたら、体育の時間のあいだ、誰でも教室に入ることができたということだ。


「ああ、考え事をしているところを悪いんだけど、そのときの小波渡さんは鍵をかけ損ねてはいないよ」

「え?」

「彼女が鍵をかけたあと、確認のために引き戸を開けようとがちゃがちゃやって、開かなかったのを僕は見ていたからね。それが彼女のお芝居でなければ施錠されていたということだ」

「じゃあ、誰が鍵を開けたの……?」

「そりゃあ、貴重品袋を持って行った人だよ」

「どうやって?」

「鍵を使ったに決まっている」


 当然だろうと言いたげなリリに問い返すと、またも当然だろうという顔で返される。


「ピッキングという手もあるけど鍵を使うことに比べて時間がかかるし、授業中とはいえ見通しのいい廊下でそれをやるのはさすがにリスクがある」

「待って、鍵は体育の先生が持ってたんだよ? 私が預けたところ、見てたよね?」

「見たね。鍵を預けていたところは」

「じゃあ無理でしょ。スペアキーがあるとしても、それは多分職員室とかに保管されてるだろうし。誰かがそれを持ち出していたらその場にいる先生が気づいてるでしょ」

「そうだね」


 反論すると、リリはあっさりとそれを認めて黙ってしまった。

 何が言いたかったんだろう、この子……。


「それにもし教室の鍵を開けて入ったとしても、貴重品ボックスの南京錠の鍵はどうするの。それも私は先生に預けたんだよ?」

「それは大した問題じゃない」

「……? どういうこと?」


 訊いても、リリは眠そうにあくびをしただけで答えてくれなかった。

 問題じゃないと言われても、現に鍵がなければボックスを開けられないわけで、犯人は教室とボックスの鍵、二つを入手しなければ貴重品を入れた袋を持ち出せない。南京錠を破壊するなら鍵はいらないけど、私がボックスを開けたときは違和感なく鍵を差し込んで解錠できた。壊されていたとは思えない。

 南京錠の鍵にスペアがあるのかどうかは知らないが、保管されているならやはり職員室になるだろう。何らかの方法で職員室から教室の鍵を持ち出すならボックスの鍵も一緒に持っていくと考えるのが自然で、だから『問題じゃない』ということになるのだろうか。

 仮に――犯人が教室とボックスの鍵を持っていたとして、体育の授業で無人になった教室にやってきて鍵を開ける。そして貴重品ボックスの南京錠を外し、貴重品を入れた袋を取り出す。ボックスの扉を閉めて、南京錠を取り付け、教室を出て逃走。

 多分こんな感じだろう。


「……なんで犯人は南京錠をかけたのに、教室の鍵を閉めなかったんだろう……」


 ふと湧いた疑問。

 犯人の手元には教室の鍵があったはずなのに。


「閉められない事情があったからだろうね」


 と、リリ。


「それって、教室に鍵がかかっていると犯人が困るって意味?」

「そうだね」

「なんで?」

「さあ。そんな気がしただけ」

「わかんないなら黙ってて。それともそのおしゃべりな口をふさいでほしいの?」

「キスで塞がれるなら大歓迎だよ」


 言ったな? それじゃあ遠慮なく。

 教師に見つからないように体の向きを変えて、リリと唇を重ねる。

 ……あ。梁川やながわさんがめんみたいな顔でこっちを睨んでる。怖っ……!

 私たちの関係を気持ち悪いとハッキリ言うくらいだから、女の子同士でこういうことをしているのは本当に嫌なんだろう。

 でも、だったらどうしてこの女子中学校を選んだのかという話だ。百合カップルが多いことで有名なのに。

 実際、私たちのように堂々とイチャついたりはしないが、クラスの中に何組かカップルがいる。梁川さんもそれを知っているはずなんだけど。

 というか、梁川さんも彼女がいなかったっけ……?


「ミコ? どうかした?」


 ぼんやりと梁川さんを見ていたせいか、リリが首をかしげて私の顔を覗き込んできた。

 なんでもないよ、と返し、梁川さんから事件のほうに意識を切り替えた。

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