第4話
なんともトゲのある口調と目つきで、
持久走のタイムでリリを上回ったのにまったく相手されなかったので不愉快なのだろう。その腹いせなのかもしれない。
そんな梁川さんに向かって、リリは苦笑しながらため息をついた。
「梁川さんは人の話を聞かない人なのかな。それとも理解力が足りていないのかな」
「はぁ?」
からかうように言い返すリリ。梁川さんの
「ミコがボックスを開けたところを見ていたのは僕だけじゃないんだ。それは僕らに無関係な証人が何人かいるということ。……僕を
「そこにいたのがみんなグルだったら?」
「ありえないね。ミコは他人を取り込んで犯罪行為を実行するほど頭が良くないし、そもそもこのクラスに友達はいないんだ。共犯なんてありえないよ」
ふふん、と偉そうに反論するリリ。キスはおあずけだ。あとでブッ飛ばす。
「大体、財布を返せと初めにせっついた子の後ろに君もいただろう。自分で見たものも信じられないのかい? それとも君自身もグルだと言うつもりかい?」
「何を……!」
「やめろ、
担任が不穏な二人に割り込む。リリはひょいと肩をすくめ、梁川さんはふんと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。それで引き絞った弓のように緊張していた空気が少しだけ緩む。
普段は眠そうにぼーっとしているのに、意外と
ともかく。
担任の仲裁でひとまず一触即発状態は解除されたわけだが、事態は何一つ好転していない。
「とりあえず、この話はここで中断だ。昼食を取っていない者は今から始めてくれ。購買で買うつもりだった者は申し出なさい。他の先生に頼んで買ってきてもらう。財布を貴重品ボックスに入れていて持ち合わせがない者は立て替えておく。それから、五限目と六限目は特別に自習とするが、教室待機は守ってほしい。トイレに行きたい者は先生に申し出てくれ。いいな?」
一気にそれだけしゃべって、担任はクラスを見回した。誰にも異論はなく、全員がうなずいた。
重苦しい雰囲気の中で昼食が済み、そのまま自習の時間となった。担任とこの時間に手の空いている教師が二人で自習を監督しているが、クラスメイトのほとんどはヒソヒソと何かを話していて、勉強などしている者はいなかった。貴重品を預けていた者が勉強よりそちらを気にするのは当然のことで、
持ち物検査と教室内の捜索、先ほどの教師の話とリリや
本当に空気が重い。
ついでにスマートフォンが返ってこないと思うと気も重い。
「買ってもらったばかりのスマホが……」
「ミコはスマートフォンのことばかり言っているようだけど、財布は気にならないのかい?」
「数百円と学生証しか入ってないからね。スマホのキャッシュレス決済アプリにお小遣いの全額が入ってるから、そっちのほうがダメージなんだよぅ……」
「なるほど、それは一大事だ」
それほど深刻そうに感じない調子で言って、リリは私の頭を撫でてきた。その手つきが優しくてなんだか泣けてくる。今すぐギュッと抱き締めてキスしてやりたい。
「で、ミコ。訊きたいことがあるんだけど」
「何?」
「体育が終わってから貴重品ボックスを開けるまでの行動を、なるべく正確に細かいところまで思い出してくれないか」
「なんで?」
「必要だから」
「…………」
妙に
ええと――
少し早めに体育の授業が終わり、ストップウォッチを回収してそのまま更衣室に直行し、着替えた。そのあと体育館内にある体育教官室へストップウォッチを返却し、預けてあった教室とボックスの鍵を受け取った。先に戻っているだろうクラスメイトを待たせるわけにはいかないからダッシュで教室に戻って、教室の鍵を黒板のそばのフックに引っかけて――鍵はそこに置くのが決まりだから――、早く財布とスマートフォンを出してくれとボックス前にいたクラスメイトの見ている前で南京錠を外して、扉を開けたら中身が空っぽだった。
「……という感じなんだけど」
「ほほう。ミコが戻ってきたとき、ボックス前に人だかりがあったんだね?」
「うん。購買でパンを買いたいって人が早くしてって」
「体育教師から返してもらった教室の鍵はずっとミコが持っていたんだよね?」
「そうだよ。さっきからそう言って……」
ふと。
リリが何を言いたいのかに気がついた。
「私が戻る前にみんなが教室内にいたってことは……鍵が開いていた……ってこと?」
「らしいね」
言われて初めて、教室の鍵を開けた覚えがないことに気づく。
だからみんな、私に冷たい目を向けていたのか。
私が鍵を閉め忘れたから盗まれたと思っているんだ。
「わ、私はちゃんと鍵かけたよ……!」
「知ってる。僕も見ていたからね」
「じゃあ……どうして……」
「ミコが閉めたあとに教室の鍵を操作した人がいるってことだよ」
「それって……」
無意識に、私の視線が小波渡さんに向いていた。
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