愛は永久不変で

   







 さざ波が聞こえる海辺に建つ、一件の民家。

 そこへ一直線に駆ける一人の男は、ノックもせず扉を開け放ち叫んだ。


「アザレア! 遂に生まれたんだね!!」


 男性は急ぎ足で部屋の奥―――ベッドに横たわる女性へと駆け寄った。


「そんなはしゃがないで下さいな、あなた…本当、いくつになっても子供なんですから…」


 そう言って女性は疲弊しきったその身体で、それでも心からの笑みを零す。


「仕方がないだろう、念願の我が子なんだからね!」

「そのために漁もそっちのけですか…?」

「全く手につかなくて…それにここ最近の天変地異のせいで、そもそも何にも釣れやしなかったよ」


 男性はそんな言い訳を述べつつ、目の前の女性―――自分の妻がとても悲しげな顔をしていることに気付く。

 最近は不穏な情勢が続き、噂では大昔、勇者によって消滅したはずの魔王が復活したとも聞く。そんな不運な世界に生れ落ちてしまった我が子を悲観してしまったのだろう。

 これは失言だったと、男性は頬を掻きながら急ぎ近くの窓を開けた。

 外から注がれる穏やかな潮風。その遠く、地平線の彼方には青い海と青い空が何処までも続いている。


「…そういえば、産婆さんが言っていましたよ。この子の泣きっぷりは…大物になれるんじゃないかって」


 くすくすと、笑ってみせる妻アザレアの顔を見てから、男性はぐっとその拳に力を込めた。

 無理に笑う彼女の傍らで、安らかに眠る我が子も目に入ったからだ。

 父親になったのだという実感が、それまで浮かれているだけだったこの男性を奮い立たせていく。


「生まれた子は女の子? それとも…男の子?」

「とっても元気な女の子ですよ」


 アザレアはゆっくりと起き上がると、生まれて間もない我が子を抱きかかえ、父親となった男性へ優しく手渡した。

 託された男性はおっかなびっくり、恐る恐るといった具合で、それでも優しく大切に我が子を抱きかかえる。

 

「ちぃちゃいな…」


 思わず漏れた言葉と笑み。


「そうだ、早速名前を決めなくちゃね」

「まだ気が早くありませんか…?」

「いやいや、そんなことはないさ。名前っていうのは親から子へ贈る大事な最初の『おまじない』でもあるんだからね」


 そう断言こそしたものの、男性は直ぐにこれといった名前が浮かばず。暫く唸り声を上げるだけとなる。

 そんなひたすらに悩む様子を見兼ねて、アザレアはくすくすと微笑みながら「ゆっくり考えて良いのですよ」と言った。

 だが、そのときだ。男性は閃いたとばかりに目を大きくさせて叫ぶ。


「そうだ! さっき家に向かう途中とても美しい花が咲いていたんだ。とても目に焼き付いて離れなかった…その名前にしよう!」


 得意げに鼻息を荒くさせる男性に、驚き思わずキョトンとしてしまうアザレア。


「あら…親から子へ贈る大事な最初の『おまじない』は、目に付いた花の名で良いんですか?」

「……こういうのは突然の閃きも重要なんだよ。だってその方が運命めいているじゃないか」

「そういうものですか…?」


 首を傾げるアザレアへ、男性は強く頷きながら「そういうものさ」と言った。

 そうしてまた、男性は自身の胸で眠る我が子を見つめる。

 こんなにも父親が騒がしくしているというのに、すやすやと安らかに眠り続ける赤ん坊。

 もしかすると本当にこの子はかの伝説に聞く勇者のような、世界を揺るがす大物になるやもしれないと男性は穏やかな笑みを零してながら願った。


「―――君の未来が明るく安らかなることを願うよ…愛しい我が子、スターチス」










    ~ fin ~






 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

君が勇者のスターチス 緋島礼桜 @akasimareo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ