痛みは約束で

   







 魔王も勇者も消え去って、そこには静寂とした夜の公園だけが残っていた。

 あの二人が死闘を繰り広げた、沢山傷つけた痕跡さえも、きれいさっぱりと消えていた。


「……あ、れ…私、なんで…こんなところで……?」


 と、それまで気を失っていた友達―――真琴が、ゆっくりと体を起こしながら目覚めた。

 困惑している様子だった。あの、阿鼻叫喚と言えるような光景も覚えていない様子だった。

 呆然としている真琴に安堵しつつ、あたしは真琴へと近付いた。


「良かった、平気そうだね…真琴」

「咲寿? 何、それ? コスプレの道具、とか?」


 真琴はあたしが手にしていた剣に気付いて、顰めた顔を見せた。そんな何も解っていない真琴を、あたしは力いっぱい抱きしめた。


「突然ごめん。あたしの友達になってくれてありがとう。でもね…もっと大切な友達を助けに行かなきゃなんだ。だから…さよなら」

「は? 何、言ってんのか、マジでわかんないんだけど…?」


 半分笑ってみせて、けど真面目なあたしを見て動揺もしている真琴。

 そんな彼女から離れて、あたしは笑顔を向けた。


「ちょ、ちょっと…まずちゃんと説明してって。それに大切な友達って…誰?」


 って言葉にあたしは胸がチクリと痛んだ。本当にもう、この世界でオッドのことを覚えている人はいなくなっちゃったんだ。多分、親族さえもオッドのことを忘れ去っているんだろう。


「大切な友達ってのはね―――生まれて初めて大好きになった人ことだよ」


 あたしの笑顔に、真琴は理解が追いつかないみたいで、ぽかんと開いた口が塞がらないでいた。

 そんな困惑しっぱなしでいる真琴は立ち去ろうとするあたしの服袖を掴もうとした。


「咲寿―――」

「行っておいでよ」


 けれど、その手を止めたのは後から目覚めていたもう一人の友達―――千和だった。

 

「よくわかんないけどさ。よく言うでしょ、最推しには全力前進ってね!」

「え、これってそういう話なの?」

「そういう話。なんでしょ?」


 緩い笑顔を向ける千和。あたしは千和にもがっちりと強く抱擁した。


「ありがとね、千和」

「どういたしましてー。けどってのはナシ! ちゃんとその大切な友達助けたら…うちらのとこに帰ってきてよね!」

「……うん」

 

 お互いに笑って、そんな様子を見ていた真琴も諦めたようでつられて笑っていた。

 その二人に、あたしはまじないを唱えた。


「―――だから、


 その言葉を聞いた直後、二人は無言のまま、ゆっくりと踵を返してそのまま公園の外へと出て行った。

 あたしのことも何も無かったかのように、自宅へと帰っていった。


「これで良いんだ…」


 二人にはこれからあたしがしようとすることを見て欲しくなかった。

 だから、一足早くあたしを忘れて貰った。

 だから、これでもう思い残したことはなかった。






 オッドと魔王は新たな転生を繰り返すため、その命を散らせた。どんな異世界へ転生したのか、例え勇者になったあたしでもわかり得ない。

 そんな魔王は散りゆく直前に言った。あたしの勇者の力は、オッドから分けられた借りものでしかないと。

 だから思ったんだ。それってもしかすると、あたしとオッドってで繋がっているんじゃないかって。

 あたしも命を落としたら、オッドを追いかけて同じ異世界で転生出来るんじゃないかって。


「ははは、相変わらず単純発想…違ってたら、ただの無駄死にになるってのにさ」


 そう思ってしまうと、急に『死』というものが怖くなった。

 生憎あたしは生まれもっての勇者なんかじゃないし、だから、世界平和とか魔王討伐とか、そんな大義とか使命とかなんて考えは正直よくわからない。

 だけどね。あたしの友達が―――大好きな人が『助けて』って『ごめん』って弱音を吐いてくれたんだ。頼ってくれたんだ。

 だったら、あたしはただただ受け継いだこの剣を振るうだけだ。勇者様にだってなってやるし、世界だって使命だって、その一線だって超えてやる。


「命を懸ける価値は、ある…!」


 あたしはずっと傍らに置いてあったまま―――地面に落ちていたその袋に手を掛けた。

 彼へプレゼントしようと思っていたマフラー。それをあたしは自分の首へと巻き付けて。

 それから、その胸元へ剣先を向けた。


「運命? ファンタジー? そんなもん知るか! JKの恋愛モードなめんなぁぁッ!!」









 長くて短い走馬灯が終わって。

 あたしの意識はゆっくりと暗い暗い底へと潜っていく。

 ああ、これが『死』っていうことなのかな。

 こんなにも何にもない光景を、恐怖を、オッドはずっとずっとずっとずっと繰り返していたんだね。

 そりゃあ心だって壊れかけるよ。説明するのも面倒になるよ。

 けどね、あたし、もっともっとオッドと話とけば良かったって、今凄く思うんだ。

 そうすればもっともっとオッドのこと分かり合えたかもしれないし、もっともっとオッドのこと好きになったと思うから。 

 だから―――待っててね、オッド。必ず約束は果たすよ!







   

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る