彼女は勇者で

  







「―――茶番はもう良いかしら? 本当はもっと勇者様と愛死合あいしあいたかったけれど…流石に利き腕を失ったら愉しみも半減ですものね」


 四つん這いになっていたオッドを貫いた魔王の刃。その刃先はあたしの胸にまで届こうとする寸でのところで止まっていた。

 けれど、オッドの胸元―――心臓からは致命傷だと思えるくらいの真っ赤な鮮血が、淡雪と混じり合いながらあたしの胸元を濡らした。

 そんなあたしたちの奥で、くすくすと不気味に笑う魔王。


「これで私の20万3341回目の勝利ね。さあ…早く次の世界に転生しましょう」


 そう言って、魔王は風前の灯火となっているオッドの背中へと擦り寄った。狂おしいほど愛おしそうな表情を浮かべながら。

 異常とも言えるその姿を見て、あたしは恐怖や憤りというよりも同情のような感情が芽生えていた。

 ああ、この魔王って奴は愛死合あいしあうっていうのろいに罹っちゃっているんだ。争うことを愛し合うことと勘違いしちゃっているんだ。

 だからこうしている間もずっと、オッドの目を見ようとしない。オッドのことをちゃんと見ていないんだって。


「―――咲、寿」


 と、浅く速くなる吐息を続けながら、その口端から鮮血を零しながら、オッドはあたしを見つめて言った。


「ごめん……」


 その瞬間。オッドの身体はまるで白い砂のように崩れ落ちて散っていった。


「あ…あ……!」

「フフフ…私と勇者様はまじないのおかげで死ぬときはこうして砂塵となって散るのよ。跡形もなくなって、そうしてその世界の記憶からも記録からも抹消されてしまう…だからこれは私たち二人だけの秘密の死闘なの」


 雪に混じって消えた砂塵の向こう側から覗く、まるで少女みたいにはしゃぐ魔王の姿。

 だけど、あたしはそんな愉悦に浸る魔王なんかよりも、オッドの最期に心が震えた。

 ごめんって、何?

 最期に何で謝罪の言葉を選んだの?

 あたしを巻き込んだから?

 あたしが、本当は何も出来ない非力なJKだから?

 言ったじゃん。あたしはさ、約束は守る方なんだよ。

 それが、大好きな人だってわかったなら、尚更に。

 だって、例えあたしの方が圧倒的に弱いとしても―――この想いだけなら絶対誰にも負けない自信があったから!







「さてと…それじゃあそろそろ勇者様を追いかけなくっちゃ」


 魔王はそう言ってオッドを貫いた剣を手に取り、自分の胸元へその刃先を向けた。のろいを続けるために、後を追いかけようとしていた。

 

「待っててね、愛しい愛しい勇者様―――」


 歪な笑顔で、そう囁いていた。

 が、次の瞬間。

 剣を握る魔王の両手が吹き飛んだ。

 苦痛よりも先に、驚愕に表情を歪めた魔王。視線は直ぐにがあった方へ向いた。





「―――ホント、ヤンデレだかメンヘラだか知らないけどさ…いい加減あたしの友達を解放してくんないかな」


 きつく睨む魔王の視線の先―――そこには勇者オッドの剣を握り構えるあたしが立っていた。


「な、んで…そんな…勇者様の力を継承したというの? しかも、無力な異世界の小娘如きが…!?」


 と、魔王はあたしの胸元でさっきから光り輝いているに気付いた。

 

「そのペンダント……まさか『女神の奇跡』!? 装備者の願い事を一度だけ叶えるという…そんな極レアアイテムを今までずっと引き継ぎ隠し持っていたのね、勇者様……」


 魔王は両手が吹き飛んだ事態よりも、勇者の力が継承されたあたしに恐怖するかのように睨み続けていた。

 だけど、直ぐにあの不敵な笑みに戻して、魔王は叫んだ。

 

「フフフ…けれど、勇者の力を得たとしても…言葉の深みを知らない世界に生きる小娘が私たちのまじないを打ち負かそうだなんて、片腹痛いわ…!」


 次の瞬間。魔王は自身の周りに沢山のバケモノを召喚した。

 待つ暇も与えないよう、バケモノたちはその牙や爪を向けてあたしに襲い掛かろうと駆け出した。

 あたしは、勇者の剣を振りかざして叫んだ。


「―――!」


 直後、バケモノたちはあたしを中心に巻き起こった旋風によってあっさりと吹き飛ばされた。


「―――!」


 宙へと投げ出されたバケモノたちは地面へ叩きつけられる直前で、そこから突き出た岩の棘に次々と突き刺されていった。

 バケモノたちは悲鳴のような叫びをあげながら、塵芥となって消失した。

 数えられる程度でしかないけれど、勇者オッドの戦いはこの目で見て焼き付けてきた。

 だから、勇者オッドの戦い方はしっかり覚えている。

 だから、勇者オッドで負けるわけがない。

 だけど、魔王の目的はあたしを倒すということではなかった。

 バケモノを蹴散らしたその奥で、魔王は両手が吹き飛ばされたその身体を、バケモノの腕で貫かせていた。


「なっ!?」

「フフ、フ…愚かな小娘……が貴方になったとしても、このまじないはものだから…私は引き続き彼と転生を繰り返せる……」


 その胸元から、ドロリと真っ黒な鮮血が流れ落ちた。


「それに…貴方の力は所詮勇者様から分けられただけの借りもの……そんな力じゃ、私たちの呪いには勝てない…」

「勝てるよ。だってあんたが言ったんじゃん。呪うことも愛することも力の出処は一緒だって。愛の力だったらあんたには負けない!」


 魔王はあたしを睨んで、そしてあざ笑いながら言った。


「それじゃあ……追いかけられるものなら、追いかけてみなさい…フフ、フフフフ……!」


 そう言って、魔王は黒い砂塵となって散っていった。

 魔王も勇者オッドも消えて。そこには、雪が散り続ける公園と静寂さだけが残った。







   

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