彼は心友で

   


 





 二人が激闘を繰り広げる中、地面の影から湧き出る沢山のバケモノがいる最中。あたしは武器一つすら持ってない丸腰の状態で、オッドんのもとへと駆けていった。


「オッドん!」

「だめだ、!」


 その瞬間。あたしの足がピタリと地面に張り付いたように止まってしまった。動かなくなった。まじないを掛けられて、何にも出来なくなってしまった。

 あともう少し、目の前にいるのに彼へその手すら届かなくなって。それが悔しくて悔しくて。あたしは心の底から叫んだ。


「そんなの…イヤだっ!!!」


 直後、まるで凍り付いていたようだったあたしの身体が動き出した。それを見て驚いていたのはオッドんの方だった。


「なんだと…!?」

「フフフ…たまにいたわよね、ああやって感情の昂りで私たちの世界のスキルに干渉してきた愚かな子……目障りだから、さっさと消しちゃう?」

「止めろッ!」

 

 二人の中に飛び込むことが如何に無謀なことか。それは百も承知だった。

 それでも、あたしはどうしてもオッドんに言いたいことがあった。これが最期かもしれないならば尚更、言っておきたいことがあった。


「オッドん、あたし―――」

「やっぱり消しちゃいましょ」


 一瞬にして、魔王があたしの視界に入り込んできた。彼女は歪な笑みをあたしに見せつけながらそう言って自分の掌を向けた。


「―――


 次の瞬間。あたしの目の前が光り輝いた。その眩しさに思わず足を止めて、目も塞いでしまった。

 これがヤバい光であることはさっきので重々わかっていた。それなのに、いざとなると怖くなって、身体が全く反応出来なかった。


(ヤバい…あたし……)


 避けきれそうにはない。あたしは流石に死を覚悟した。

 








「―――無事か、花濱咲寿…」


 その声を聞いて、あたしはゆっくりと目を開けた。


「オッド、ん…」


 そこには尻餅ついていたあたしを守るように、覆いかぶさっているオッドんの姿があった。

 

「あ…ああ……」


 無理やり微笑むオッドんとは対照的に、あたしの顔は恐怖とショックで強張っていた。オッドんの右腕と右肩が、吹き飛んだように無くなっていたからだ。

 未だ降り続く淡雪に紛れて、オッドんの鮮血があたしへと散っていた。


「ごめ、ごめ……あたしの、せいで…」

「気にするな…こうなる宿命だったんだ……」


 滲む汗がその痛みを教えていた。なのに、オッドんは苦しそうな顔を一切見せようとしない。


「…言えなくて、すまない…この呪いは、俺が魔王と刺し違えたあの日―――俺の十七歳の誕生日に、必ずこうした死闘を続けた末に、死に…また転生する…これはそういう『宿命呪い』なんだ……」


 その無理やり作った笑顔がとても寂しそうで、悲しそうで。辛そうで。諦めたようで。


「だが俺が死ねば、魔王も自ら命を絶つ…だから、もうお前たちには…迷惑をかけない…安心しろ」


 それはまるで今生の別れの言葉みたいで。このとき、あたしはようやく自分が本当にだったことに気付いた。


「ヤダ!」


 あたしはその場から離れようとするオッドんの胸倉を掴んだ。

 

「前に言ったじゃん…あたしに一線越えさせたのはオッドんだよ。ファンタジーもバトルも勇者ももう関係ない! そんな悲しい顔してないで…あたしを、頼ってよ!」


 涙声で涙も流しっぱなしで。でも構いやしなかった。あたしは今持てる力を、勇気を込めてオッドんへ叫んだ。


「なんで…そこまで……」

「だって…あたしは……オッドの友達、だから」


 『好きだから』とは、言えなかった。

 流石にそこまでの勇気は出なかった。てか、そこで告っちゃったら魔王と同類になるような気がして言いたくなかった。







「―――これまで、何十、何千、何万回と転生してきて…色んな人物と出会った…助けてくれると言った仲間もいた、愛していると告白した仲間もいた」


 おもむろに、そう語り出したオッド。

 苦痛に歪みそうな顔なのに、無理やり笑おうとしながら。


「だが、その全て…魔王との死闘で死別した。辛い別れを繰り返した…そのうちに、人と巡り合うこと自体に疲れて……独り山奥に逃げ込んだこともあった。だが、それも魔王は許さなかった。これはペナルティだと、国一つ滅ぼして見せた…」


 魔王にとって、勇者との死闘これ遊戯ゲームなのだ。

 二人の運命を確かめるための戯れ。バケモノをけしかけて様子を伺って、勇者の動き方が気に食わなければ彼が嫌がる非情な先手を打って。そういう呪いゲームなんだって思った。

 そんな一方的な戯れに付き合わされ続けて、オッドはさぞかし辛い思いをしたことだろう。悲しい思いをしてきたことだろう。きっとそれは、愚かな子あたしなんかじゃ計り知れないものなんだろう。


「……すっかり疲れ果てて、これは宿命なんだと全て、諦めていた……だがな、そんな中で出会ったお前は、かつての―――勇者と呼ばれる以前の俺に、よく似ていたんだ。お前の存在がという一線を引いてしまっていた俺を、普通の俺に引き戻してくれたんだ…」


 そこにあった顔は、雄々しい勇者のそれなんかじゃなかった。孤独に苦しみ続けた少年の顔だった。


「もっと沢山…話しておけば、良かったな…こんなにも……友に、頼りたくなったのは久しぶりなんだ…」 

「あたしは、自分で言ったまじないには絶対責任持つから。だから、言って…?」


 溶け落ちていく雪や汗に紛れて、彼の瞳からその涙は零れ落ちた。


「―――咲寿…助けてくれ…」


 あたしはそんな彼の頬にそっと触れた。あたしが涙を流している暇なんてなかった。

 目いっぱいの力強い笑顔を見せつけて、言った。


「わかった。…!」


 その直後だ。

 オッドの胸元からギラリと輝く刃が突き抜けたのは。

 






    

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