彼女は魔王で
「ま、おうって……」
あのバケモノたちをまとめる王だから、てっきり似たような獣みたいな外見だとばかり思っていた。
けれど、目の前にいるその魔王はどう見ても人間の女性―――しかも美女にしか見えなかった。
「……てか、『運命の相手』って何? 勇者のオッドんを呪ってこんな世界に転生させておいてよく言うよ!」
それよりも、あたしが引っかかったのは『運命の相手』って言葉だった。それって恋人同士とか、好きな人にとか、そういうときに使う言葉じゃん。あたしはそれがどうにも気にくわなかった。
「言葉の通りよ。何にも聞かされていないお嬢さん」
その言い回しが余計にピキっと、あたしの何かに触れてくる。苛立たせる。腹立たせる。
「私と勇者様はかつて、元居た世界で死闘を繰り広げていたの…熱く溶けてしまうかのような苛烈な戦い…そして、その戦いの中で私は気付いたのよ。こんなにも激しい感情をぶつけてくれたのは
彼女は断言した。『この死闘こそ愛の証なのだ』と。愉悦感に浸っているような、恍惚とした顔で。
「
その戦いの結末だけはオッドんから聞いていた。魔王とは刺し違えたんだと。そのせいで二人は共に命を落としたんだと。
「だから私は死の間際にね、お
「ずっと…?」
あたしは急いでオッドんの方を見た。振り返った先のオッドんは俯いたままあたしと目を合わそうとはしない。
「そうよ、私たちはもうずっとずっとずっとずっとずーっと死んでは生まれ変わってと、転生を繰り返しては死闘を繰り広げている…
高らかに笑うその様子は魔王というよりも、まるで魔女といった感じで。あたしは思わず言葉を失った。魔王への恐怖というよりもそのイカレっぷりに、だ。
「ずっと…転生、してたの…?」
「そうよ。勇者様を倒しても私が後を追いかけて死ぬし、私を倒したとしても勇者様は強制的に死ぬ呪いが掛けられている…そのおかけで、この世界で丁度99万9999回目になるわね」
無言で居続けるオッドんに代わって、魔王は楽しそうに語っていた。まるで自分のことかのように、得意げに。
一方であたしの中ではドンドンと憤りが募っていった。魔王に対しても。自分に対しても。
「そんな…一方的な感情なんて、運命でも愛でもない…ただの不幸な
「あらぁ、知らないの貴方? 愛することも
悔しくて堪らなくて。あたしは更に言い返そうとした。が、しかし。
「止めろ咲寿!」
突然オッドんがあたしを押し倒した。あたしはオッドんと共に地面に倒れ込んだ。
その直後、二人が立っていたはずの場所が、真っ白に光り輝いていた。
「―――
閃光、という言葉が相応しい輝きだった。
その閃光が魔王から放たれ、そして輝きが止んだ後。そこには言葉通り何も無くなっていた。背後にあったブランコも、ブロック塀も、その奥の民家までも。山の向こうまで塵芥となって消えていた。
「あ、あ……」
嘘のような現実の光景に、あたしはまともな悲鳴さえ上げられなかった。
何もかもが冷たく感じてしまいそうな中で、抱きしめてくれているオッドんの温もりだけが、頼りだった。
「花濱咲寿…心配するな。絶対にお前の平穏は守るから…」
だけど、その温もりも優しい言葉を残してあたしから離れようとした。やだ、行かないでって叫びたかった。けれど、そう言える声すらあたしは出なくなっていた。
「―――信念貫きし光の精霊よ、我が剣と化して力を与え給え!」
あたしをその場に残してオッドんは魔王へと駆けていった。立ち向かっていった。そうして剣を振り上げ、魔王が生み出すバケモノと鍔ぜり合っては薙ぎ払っていった。
何回かバケモノ退治に連れて行って貰っていたっていうのに、そんなものの比じゃないくらいにその戦いは激しさを増していった。
沢山のバケモノたちはそこらで倒れているあたしや友達たちなんか目もくれずオッドんだけを狙っていて。だけどオッドんはそれで怯む様子もなくて。むしろバケモノたちを圧倒する力を見せつけていた。
(ホントに、勇者みたいじゃん……)
その一騎当千と言えそうな実力は、まさに勇者という字が当てはまる。
けれど、その凄まじさを見せつけられればられるほどに、あたしはオッドんとの距離がかけ離れていくように感じた。越えられない深い深い一線が目の前に出来上がっていくような気がした。
(そりゃそうだよね…何回も転生してたんだし…)
知らなかった。それも当然だ。彼はそんな話してくれなかった。教えてくれなかった。もし聞いていたら、答えてくれたのかな。
どんな世界を転生していたのかとか、どんな人たちと出会ってきたのかとか。どんな最期を続けてきたのかとか。
あたしが呆然とその場に座り込んでしまっている間にも、勇者と魔王の死闘は繰り広げられていった。周囲の家々を、街並みを破壊して。辺りに悲鳴と叫び声を轟かさせて、恐怖と絶望をまき散らして。
「これが…二人の、オッドんの運命なの…?」
愉しそうに悦に浸る魔王と相反するかのように、オッドんはとても苦しそうな横顔を見せて。これが最期だという覚悟の顔を見せていて。あたしも思わずオッドんと同じ顔をしていた。
「やっぱ……だめだよ、それじゃあ…!」
居ても立っても居られなくなって、気付けばあたしは自分を奮い立たせて駆け出していた。
彼らが見せつけてきた
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