雪夜は狂気で
『クリスマス、いつもの時間にいつもの公園で待つ』
スマホでそれだけ連絡を入れて、あたしはクリスマスの夜を迎えようとしていた。
彼からは『わかった』の返信どころか既読スルーされちゃってて。
それでも構わず公園に行った。
いつもよりも肌寒く、空は灰色の雲がずっと覆っていた。天気予報ではホワイトクリスマスになるだろうとのことだった。
「―――あ、ホントに雪降ってきたじゃん…」
額に当たった冷たい感触に空を見上げれば、ちらほらと真っ白い羽のような雪が降ってきた。
恋人にとっては心地良いものかもしれないけれど、あたしにとってはただただ冷たいものにしか感じない。
流石にこういうのは頼るべきじゃないと思ったから、友達の援護もここにはなくて。
あたしはたった独りぼっちのクリスマスを堪能中だった。
そこから、事態が動き出したのは間もなくのことだった。
「―――こんばんは」
突然の声にあたしは驚いて振り返った。声の主は真っ白い肌に黒い長い髪が特徴的な美女。あたしとは真反対な清楚系って感じだ。
奇妙だったのはこんな雪の降る寒い夜だというのに、彼女は真っ黒なタイトのドレスしか着ていないということ。コートどころか手袋といった防寒具でさえ身につけていなかった。
「こ、こんばんは…」
一応挨拶を返したあたしは軽く会釈した後、すぐにその人から遠ざかろうと思った。なんだかとても不気味だ。直感がそう言っていた。
それに街灯に照らされた彼女の影が、何故か大きく歪んでいるように見えた。
「…貴方が今回の演出なのね…?」
何を言っているのかよくわからなくて。だけど何故か足が動かなくなった。
いや、動かなくなったのは竦んだとかっていう理由じゃなく。物理的に動けなくなっていた。
あたしの足下、その地面からはまるで爬虫類のような両手が出ていて、あたしの足を掴んでいたのだ。
「なに、これッ!?」
「逃げなくていいのよ…ちゃんと役さえ演じてくれれば、怖いことなんてしないのだから…」
三日月のような、けれどとても歪な口許の笑み。真っ赤に光る瞳はまるでこの世のものではないようで。
と、そう思ったところであたしはこの美女の正体に気付いた。咄嗟にそれを口に出そうとした、そのときだった。
「なにこれなにこれ、どういう状況!?」
「あの、あんま変な絡み方するようなら警察呼びますけど…?」
地面から生えてきた謎の手に拘束されていくあたしを見て、急いで飛び出してきた二人―――友達の姿が何故かそこにあった。
「なん、で…来てん、の…?」
恐怖なのか、拘束されているせいなのか、上手く喋られないあたしへ、友達もまた震えた声で叫んだ。
「友達だから見守ろうと思ったに決まってんじゃん!」
「あの…もしもし警察ですか…」
激情的に叫ぶ千和と冷静に警察へ電話している真琴。二人のそんな様子を見てあたしの目頭は熱くなってしまう。
だけど、これは二人がどうにかなる相手じゃない。あたしは目いっぱいの声で叫んだ。
「だめ、逃げて…ッ!!」
しかし、その声は虚しく轟いただけだった。
次の瞬間。突然二人の足下で起こった爆発が、二人を吹き飛ばした。
「邪魔な端役は必要ないわ―――
あたしの傍らで不気味に笑う美女は、そんな
吹き飛んだ二人は二転三転と地面を転がって倒れた。一瞬最悪の状態を想像してしまったけれど、とりあえず呼吸はしているようで、あたしは胸を撫で下ろした。
「やっぱり…あんた、異世界の人……」
「異世界の人って…ちょっと言葉が足りないわね。私はね……」
そう言いながらあたしの首元へと伸びる美女の指先。降り続く雪よりもずっとずっと冷たい指先。
その感触にあたしは思わず眉を顰めた。と、そのときだ。
「―――
いつもよりも焦った声だった。あの中二病っぽい呪文ではない、本当の心からの言葉。
だからこそあたしは余計に、これがいつもとは違う状況なのだと理解した。
「ッ……!?」
彼の叫び声に反応して、あたしと美女の身体は磁石が反発するかのように互いに引き離され飛んだ。
同時に拘束していた謎の腕からも解放され、あたしの身体は宙へと投げ出された。
「…オッドん!」
地面に叩き落とされそうだったあたしを受け止めたのは、まるで勇者のように映って見えるオッドんだった。
けれど、いつものオッドんと違ってその横顔にあの冷静な表情はなくて。あるのはいつも以上の焦りと怒りだった。
「会いたかったわ、勇者様…今回は自ら現れてくれないのかとドキドキしていたのよ…」
その一方で美女は吹き飛ばされたはずなのに転んだ様子どころか動いたという証拠もなくて。余裕たっぷりの不敵な笑みを浮かべていた。
しかもそれがどこか嬉しそうな、楽しそうな顔付きで。あたしは恐怖というよりも気持ち悪さを感じた。
「言われずともちゃんと現れてやる…だから毎度世界の者たちを挑発するのは止めろ…!」
「あらあらそんなに怒った顔しないで、勇者様…私は貴方と相まみえられるのならば、そんな
二人の会話についていけなくって、あたしは困惑顔でオッドんを見つめた。そんな表情に気付いたオッドんもまた、複雑そうな顔をして、抱きかかえていたあたしを静かに下した。
「オッドん…あの人は…誰…?」
あたしの言葉にオッドんは顔を顰める。困った顔をしていて、それがあたしの胸を無情なくらい抉る。
「フフフ、その子に何も教えてないのね…まあ、端役に毎回毎回説明するなんて面倒ですものね…」
くすくすと、妖艶な笑みを浮かべる美女。
「代わりに教えてあげるわ。私は魔王―――勇者様に呪いを掛けた、運命の相手よ…」
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