贈り物は聖夜で

     







 十一月に入って直ぐのある日。

  あたしはこの日もオッドんと待ち合わせして二人で下校をしていた。

 日暮れの早くなった町並みを眺めながら歩くオッドんへ、あたしは何となく口を開いた。


「こないだ中間終わったと思ったらもう来月には期末だってさ。やんなっちゃうよね」

「そうだな…」


 最近のオッドんはこんな調子だった。どこかぽかんとしているというか、うわの空というか。時折寂しそうな顔さえ見せていることがあった。

 けれどその微妙な変化に気付いている人は誰もいないから、本人は隠せているつもりのようだった。

 だから、あたしだけが彼の小さな変化に気付いていた。

 なのにあたしは、その理由を聞けなかった。それは単純に聞いてはいけないような気がしたからだ。


「あのさ、オッドんの前世の世界もやっぱテストとかってあった?」

「いや、どうだったか…なかったと、思うが…」

「もー、覚えてないの?」


 おもむろにオッドんの足が止まって。あたしもまた、つられるようにして足を止めてオッドんの方へと振り返った。


「すまない。戦いの記憶ならば何とか残っているんだが…色々なことがありすぎて、日々の記憶はあまりよく覚えていないんだ」


 その言葉を聞いた瞬間、それがズシリと胸に重くのしかかってきて。あたしは失言だったと察した。

 そうだよね。勇者として生きていたって、当然何もかもが良い思い出なわけじゃない。それに最期は魔王と刺し違えたって言っていたし。

 気まずい空気が流れ始めて、夕陽を背にするオッドんの顔が見れなくなって。あたしは慌てて話題を替えようとした。


「あっと…じゃあ、じゃあ。今から楽しいことやってけば良いだけだよね。魔王なんてちゃちゃっと倒しちゃってさ」


 あたしは急いで笑顔を作ってオッドんを見上げた。オッドんは視線を反らして「ああ」って答えただけだった。


「この世界だって嫌なこと多いかもだけど、楽しいことだって沢山あるんだよ。美味しいケーキとかクレープとかお洒落なカフェとか」

「食べることばかりだな」


 そう言ってようやく苦笑してくれたオッドん。あたしは満面の笑顔で誤魔化した。


「そうだっけ?」


 そうして歩いていたら、いつの間にかあたしたちは公園に着いていた。

 ベンチの傍までやって来ると、オッドんはおもむろに歩みを止めた。


「花濱咲寿…」

「どうしたの?」


 いつにも増して真剣な表情に、あたしは思わず狼狽えた。何か、イヤなことを言うんじゃないかって直感がして。あたしは思わず彼の話を遮った。その告白から、ついつい逃げてしまった。


「あのさ! あのときの夜に出会った場所ってここだよね」


 そう切り出して、あたしはそのベンチへと座り込んだ。

 立ち尽くしたままでいるオッドんを促すように、あたしは隣の席をバンバンと力強く叩いた。

 オッドんは少しだけ戸惑った後、その隣へと腰を掛けた。


「そう言えばそうだったな…」

「あのときに貰ったペンダントさ、実はちゃんと肌身離さず付けてんだよ」


 あたしはそう言って首に掛けていたペンダントを取り出して見せた。するとオッドんは知っていたというような顔で微笑んでくれた。


「これのお礼さ、ずっとしなきゃって思ってたんだよね。なのにずるずるとなんか返せずじまいだった……そうだ! オッドんは誕生日いつ?」


 本当はいつかお礼しようしようとずっと考えていた。ただ、その理由を作るチャンスがなくて。今回の話題はそれのだと思った。


「誕生日は…十二月二十五日なんだ」

「―――って、クリスマスじゃん! ケーキ一個分損しちゃう人!」

「そう、なのか?」


 仮に誕生日が過ぎていても『じゃあクリスマスで』って話を振ろうと思っていたけど。まさかクリスマスが誕生日だなんて。これはもう一択しかない。って思った。


「じゃあさ、じゃあさ。あたしがクリスマスに誕生日プレゼント用意してあげるよ」

「いや、別に用意しなくても良いんだが…」

「ヤダ!」

「またそれか…」

 

 膨れるあたしに呆れるオッドん。こうなったら先に根負けして折れてくれるのはいつもオッドんの方で。

 だけど今回はやけに言葉に詰まっているようだった。きっとプレゼントを貰うことに抵抗があるのかなって、勝手に思ってあたしは妥協案を提示した。


「じゃあオッドんも用意してよ、クリスマスプレゼント」

「それはお前が欲しいだけだろう?」

「ふはは、ばれたか。でもお互いにプレゼント交換なら良いでしょ? 約束、約束!」


 あたしはそう言うと指切りのために小指をオッドんへ向けて突き出した。未だ困惑したままのオッドんだったけど、あたしは強引に彼の小指と自分の小指を絡めて言った。


「約束したからね! このまじないの責任は絶対守ること!」


 そう言って意気込むあたしを見て、オッドんは静かに苦く笑っていた。






   

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