理は呪いで
こうしてあたしは
確かにそこで出現するバケモノはゲームやアニメなんかとは違う生々しい不気味さと恐怖さを持っていて。毎度あたしの足は竦んだ。思わず狼狽えるし震えはいつまでたっても止まらなかった。
「―――爛々と燃ゆる炎の精霊よ、我が剣にその猛りを宿し給え」
けれど、あたしの傍にはいつもオッドんがいた。オッドんの隣にいれば、なんにも不安になることなんてない。
流石は魔王を倒した勇者ってだけあって、どんなに凶暴そうなバケモノが出現してきても、彼はあっという間にそれらをなぎ倒していった。
「いつ見てもカッコイイよね、その魔法? みたいなの」
塵芥のようにバケモノが消えていくのを確認してから、あたしはオッドんの傍へと駆け寄る。
オッドんは汗一つ流していない何食わぬ顔で、手にしていた大剣を何処かへと消し去った。
「魔法、か…確かにこの世界の言葉だとそうとも呼べるかもしれないが……俺が使っているこの
そう言いながらオッドんはあたしが手渡したペットボトルを受け取るとキャップを外して一口、水を飲み込む。
「魔法の詠唱というのは平たく言えば発動条件であったり契約の合図だったりすると思うが……俺が元々いた世界で使っていたこの
「言葉に?」
説明するより見て貰った方が早いと、オッドんはおもむろにペットボトルを逆さまにした。キャップがされていなかったペットボトルからは、タプタプと水が音を立てて地面へと零れ落ちていく。
少しだけ無言でそれを見つめるオッドん。しかし次の瞬間―――。
「
オッドんの掛け声と同時に零れ落ちていた水はピタリと、まるで時が止まったかのように動きを止めた。
「すごっ!」
「言霊という言葉があると思うが、要は文言自体に決まりはなく強い願いを言葉に乗せて発することで
時間が経つと再びペットボトルの水はビチャビチャと地面を濡らし始めた。
地べたに広がっていく水溜りを見つめた後、あたしは顔を上げるなり歓喜に湧いた。
「なんか『言葉に心を込める』とか、ファンタジーっていうよりはメルヘンよりな感じだけど…でも凄いじゃん! じゃあさオッドんの世界に行ったらあたしも『いたいのいたいのとんでいけー』って心を込めたらホントに傷とか治しちゃえる?」
あたしは至って真面目に聞いていたはずなのに、オッドんにしたらあたしの言動は可笑しかったらしく。何故だか突然破顔して彼は笑い始めた。
「俺の
「えー、だって『空を飛べ』って叫んだら空だって飛べるってことでしょ?
それって楽しそうだしすっごいヤバい世界だなって思うじゃん」
あたしは少しだけ口先を尖らせてそう呟く。すると、オッドんはその笑顔を解いて、言った。
「俺としてはこの異世界の方がもの凄く恐ろしい。感情も願いも心も無い言葉でも、人を意図も容易く貶められるだからな…」
静かに歩き出していくオッドん。その真剣な横顔を見て、あたしは慌てて隣に並んで叫んだ。
「あ、あたしはそんな言葉使わないからね! 人傷つける発言とか絶対しない!」
後々冷静になってみればこんなタイミングで言う台詞じゃなかったなって、思う。何を考えてたんだか、あたしは。多分、彼のその顔が何処か怒っているようにも見えたからかもしれない。
突然の、脈絡のないようなあたしの言い訳に、流石のオッドんも『何を言っているんだ』という少し呆れた顔をしていた。
けれど、オッドんのその表情は少しだけ意味合いが違っていた。
「何を言っているんだ…出会った当初は散々俺に言っていただろう」
「え、えっ!?」
思わずあたしは足を止める。
自分の胸に何度も聞いても、このときのあたしには心当たりなんて一つもなくて。
「もしかして…
そう言って頭を下げて謝罪することしか出来なかった。
「いやそこじゃないんだが……あだ名の件に関してはもう過ぎたことだ。それに、今となってはそのあだ名があって良かったと思っている」
意外なオッドんの言葉に、あたしは急いで顔を上げた。
「え?」
「その過去があるおかげで、今こうして友達になれたんだからな」
その言葉と微笑みは、まるで大爆発のような衝撃をあたしに与えた。
破壊力がありすぎて、自分がどんな表情で、どんな顔色になったかなんてもう覚えてはいない。てか、彼がイケメンだってことをあたしはそのときまですっかり忘れていた。
「友、達…」
「先にそう言ったのはお前の方だぞ、花濱咲寿。自分で言った
彼は至って真面目なんだろうけれど。あたしにしては意地悪にしか聞こえなくて。
あたしは顔中どころか耳の先まで真っ赤になりながら、オッドんと一緒に深夜の町中へと消えて行った。
『―――あと、もう少し』
どこからともなく聞こえてきた、そんな空耳を心の片隅に残しながら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます