仲間は傍らで

   







 


「ねえ…もう足大丈夫だから降ろしてよ」

「ダメだ。せっかくだから家の前まで送る」

「それ恥ず過ぎ…クラスメイトとか、いたらどうすんのさ…!」


 あたしはそう言って両手足をじたばたさせてみせるけれど、オッドんはびくともしないであたしを担いで―――いわゆるお姫様抱っこをして歩いていた。

 ただでさえ浴衣なんていつもとは違う格好で恥ずかしいのに、こんなことまでされて、会話すら何だか恥ずかしくなってきて、あたしの顔はずっと熱くて火照っているのがわかった。

 けれど、あたしを抱きかかえるオッドんの腕は何時にも増して力強くって。前世が異世界の勇者様っていうのも、納得のいく温かさだった。


「あ、あのさ…オッドん…」


  彼の顔が近くで緊張したけれど、この距離でこのタイミングならばと、あたしは言いたかったもう一つのことを、花火が燃え尽きる直前に言った。


「あたし、オッドんが戦っているところ間近で見続けたい。オッドんの戦い見届けたい。でもって一緒に魔王をやっつけようよ」


 無茶な物言いであることは百も承知だった。案の定オッドんは「ダメだ」と即答した。


「そう言った職やスキルを持っているならばまだしも…お前は一般人だろう。流石にそこまで巻き込むわけにはいかない」

「ヤダ!」

「子供か」

「この国じゃ後二年までは子供だし」


 邪魔には決してならない。迷惑なことはしない。だから一緒にいさせて。傍で戦っているところを見せて。

 そう必死に懇願するあたしに結局は根負けする形で、オッドんは同行を許可してくれた。暫くの間を置いた後、大げさなくらいのため息をついてから。


「勇者がそんなため息ついていいのー?」

「勇者だって人間だ。差別は止めろ」


 あたしは思わず「そうだよね、ごめん」と謝ってから笑った。オッドんはちょっとしてから、つられるように少しだけ笑っていた。





「―――だが何故俺の戦いが見たいんだ? 先日のような恐怖をまた味わうかもしれないというのに…」


 オッドんの質問はもっともだった。

 あたしは左に右にと首を傾げてから答えた。


「ファンタジーバトルっていうのを、生で見て見たいから…?」

「そんな理由か?」


 呆れた様子のオッドんに、あたしは笑って誤魔化す。けど実際のところ同行したいことに深い理由なんてなかった。

 強いて言えば『オッドんにもう逃げられたくはないから』ってところだろう。けれど、それを言うのは恥ずかしすぎて、口が裂けても言えなかった。


「そんな理由だよ」


 畳み掛けるかのように夜空へ次々と上がる沢山の花火を背景に、あたしはもう一度だけ笑ってそう言った。

 







 夏休みが明けて二学期が始まると、ちゃんとクラス内にはオッドんの姿があった。

 もう学校には来ないのかと内心ひやひやしていたけれど、それは杞憂だったみたいで。こっそりとその理由を聞くと「親戚に不登校が知られると色々まずいから」だって言った。

 この転生勇者様は案外この世界を満喫してくれているみたいでさ。ちょっとだけそんな一面に嬉しくなっちゃう。


「…で、早速今夜とか。バケモノ退治に行くの?」

「いや、魔物の出現は事前にその気配で察知出来る。だから俺は奴らが出現し悪事を働く前に出向く。といった感じだ」

「ふーん。なんか勇者っていうよりは特撮ヒーローみたいな感じだね」


 と、そんな話をしていると、あたしたちに割って入るようにクラスの女子たちがあたしとオッドんを見てきた。


「ちょっとちょっとー、新学期早々二人して何の相談?」

「こちとら花火大会で勝手に居なくなられるわ、その後二人一緒に居たっつー目撃証言も上がってるわで…咲寿ー、はぐらかさんでそろそろ何があったかちゃんと説明しろ!」


 ずずいと顔を近付けてくるクラスメイトにあたしは「そんなんじゃないって」と慌てて誤魔化した。

 どうやらさっきの会話自体は聞かれていないようだけど、花火大会の件はやっぱり酷い誤解が生まれてしまっているらしい。


「なんでもないって! 今も『二学期もこき使うから覚悟しろ』って言っただけだし!」


 そう言い訳しているってのに、ニヨニヨした顔でいるクラスメイトがなんだかちょっとムカついて。あたしは彼女たちを強引に自分たちの席へと引っ張った。


「だってそんな宣言わざわざする必要ないよね」

「二人共急に露骨に変わり過ぎなんだよね~」

「うっさいうっさい!」


 けれど、クラスメイトたちの指摘は間違ってなんかなかった。

 実際にオッドんの秘密を知るようになって、あたしたちは大きく変わった。と、思う。

 あたしもオッドんも自分で引いていた一線を越えたおかげかな。一学期のとき以上にクラスのみんなとも打ち解けられるようになっていった気がした。 

 オッドんも以前より笑うようになって、学生生活を楽しんでいるようだった。そんな彼を見ると、あたしも純粋に嬉しかった。多分それは保護者のような感覚だったと思う。

 そういうわけで、あたしは以前よりもずっとずっとオッドんの傍にいるようになっていった。




 オッドんの大きな変化はもう一つあった。

 親戚に頼んでスマホを買って貰ったことだ。むしろ親戚の方が逆に「スマホを買わないのか?」と心配していたくらいだったらしく、オッドんのそんな頼みに親戚さんは涙を流すほど大喜びして即買いしてくれたとかなんとか。


「魔物が現れそうなときはこれで連絡する」

「それは良いけどどれくらい直前で連絡くれるの? 流石に数分前で、とかだと無理なんだけど…」

「時間で言うならばおよそ十二時間前くらいには魔物の召喚を察知出来る。ちなみに今日は夜十一時頃、魔物が出現する。準備しておけ」

「スマホの必要性はっ!?」








   

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