愚痴はお互い様で

   








「―――てかさ、そもそも咲寿なんて名前もあんま好きくないんだよね。なんでこんな名前付けたんだろ…」


 結局オッドんに家の近くまで送ってもらうことになったあたしは、ここぞとばかりに親に対しての色んな悩み相談―――ってよりは最早ただの愚痴を洩らし続けていた。

 少しばかり汗ばむような暑さが残るものの、時おり吹く心地良い風がその火照った身体を涼ませてくれた。


「名前の意味を聞いてみればいいだろう」

「えー、それ言っちゃう? それ聞けたらこんなに頭悩ませてないってのに…」

 

 いつも必要以外は無口なくせに、この時のオッドんは珍しく凄く積極的で、妙に優しくって。

 あたしは自分でも気づかないうちにそんな彼に甘えてしまっていた。


「……花濱咲寿は困っている相手や間違っている相手には誰彼構わず突っ込むというのに、自分の関係となると奥手というか…躊躇ってしまうようだな」

「そ、そんなことないし!」


 勢いよく振り返って、あたしはオッドんへ頭を振ってみせる。

 

「誰だってそうじゃん。自分の深い部分話すのって想像以上の力使うっていうかさ…怖いじゃん」


 そう言ってからあたしは直ぐに後悔した。

 あたしはオッドんに向かって両手を合わせる。

 

「―――って既にこんなにも深い部分話してたね。ごめん、こんなつまんない話して…今日の話は全部忘れていいから」

「どうしてだ?」


 あんまりにも綺麗に「何故だ」って疑問符を浮かべているその顔が、ちょっとだけ癪に触った。

 普通に「うん」って言って頷いてくれりゃあいいだけなのに。何で聞き返すかなって。

 それが何だか気に喰わなくって、あたしはムキになった。


「だってそうじゃん。個人の事情とかめっちゃつまんない愚痴とかって、聞いてて楽しいわけないし。あたしだったら右の耳から左の耳へ受け流してるね!」


 ムキになったからとは言え、自分で言ってて凄くひねくれてるなってのがわかった。こんな事言っちゃってどう思われるんだろうか。幻滅されたかな…そしたら、何だか嫌だな。

 なんて考えを浮かばせてたら、暫く黙っていたオッドんが静かにその口を開いた。


「…俺にも当然、家族や友と呼べる者たちがいた。だが…今はこうして独りになって随分と経つ」

「え…?」


 オッサンは今まで自分の身の上話なんて誰にもしていなかった。特別聞きたいとも思ってはいなかった。それに話したくなさそうだったからあたし自身から聞いたことがなかった。

 それだけに、彼が突然そんな話を始めたのは意外だった。


「独りになってから気付いたんだが…話す相手もいないというのはなかなか堪えるものだ。そう感じてからは…他人の愚痴も怨み言だったとしても、聞いていて嬉しいと思えるようになったんだ……全く可笑しな話だがな」


 月光に照らされた、微笑んでいるようなオッドんの横顔。

 思わず見惚れていたことに気付いたあたしは慌てて顔を背けて、それから鼻で笑った。


「ふはは、オッドんてば何十年生きてる設定? それってなんかおじいちゃんが言う台詞っぽいよ」

「…そうだったな」


 あたしの笑いにつられるようにして笑うオッドん。

 その顔は今まで見た事ないような穏やかで優しい笑顔でさ。そんな顔されたせいでか、あたしは何でか胸の奥が熱くなっていくようだった。

 けど、何で急にオッドんの事情を話してくれたのか。なんて思っていたら、オッドんはそれを察したのか笑いながら言った。


「こんな取るに足らない私事はここに来てから初めてした。だから…これでお互い様、だろ」


 つまりはあたしを気遣って、わざわざこんな話をしてくれたみたいで。少しだけ申し訳ないなって思いながらも、あたしは『お互い様』って言ってくれたオッドんの律儀さというか、優しさに触れたことが嬉しかった。

 いつもは無口で不愛想で、何考えているかよくわからない奴なのに。

  本当は決して独りが好きな訳じゃなくて、考えたり悩んだりもしていて。そのことに凄く驚いた。

 それと単に冷たい奴なんかじゃない。本当は凄く優しくて思いやりのある奴なんだってこともわかった。


「確かに、そうだね」


 あたしは満面の笑顔を向けてやって、そう答えた。








 自宅マンションの近くまで来たところで、あたしはオッドんと別れるべく手を挙げてから一歩距離を置く。

 流石にマンションの前まで、っていうのは恥ずかしい気がしたからだ。


「はいはい、もうここでダイジョブだから」

「本当か…?」

「もう目と鼻の先だし。てかホントはあたしの家まで来たいとか…?」


 なんて冗談交じりに言うとオッドんは「そういうつもりではない」と即否定していた。

 そこまで否定しなくてもいいのに。なんて口先を尖らせていると、オッドんはおもむろにポケットからあるものを取り出した。


「うわ、可愛い…でも、どうしたのこれ?」


 受け取ったものは所謂アンティーク調の装飾がされている、古びたペンダントだった。けれどどこか神秘的なそれは、まるでファンタジーもののアイテムみたいにも見えた。

 オッドんはそれを唐突に「受け取ってくれ」って言ってあたしに差し出してきた。


「こ、こんなところで…突然、プレゼントって…!?」


 今度はあたしの方が思わずしどろもどろになってしまう。だって、男の人からプレゼント貰うなんて―――ホワイトデーだってなかったことだったから。

 動揺を隠せないでいるあたしに、オッドんはとても真面目な顔で答える。


「本当に物騒な事件や事故が多いからな。これは俺が古くから持っているお守りのようなものだ。持っていてくれ」

「古くから…って、先祖代々とかってこと? そんなん貰っちゃっていいの?」


 物騒な、と言ってもたかだかちょっとした破損事故やボヤ騒ぎみたいなものだっていうのに。オッドんてば、本当に真剣な顔をしていて。

 あたしはそれ以上断ることも出来なくて、思わず受け取ってしまった。

 立ち止まるオッドんを通り過ぎて、足早に去ろうとするあたしの後ろでオッドんは言った。


「それでは、また明日な」

「うん、また」


 あたしはそれだけ返すとすぐに駆け足に切り替えて、そのまま自宅へと帰った。






 自宅に帰ってからの話をかいつまんですると。

 そこに両親の姿はなかった。仕事があったから出て行ったのか、ただただ居たくなくて出て行ったのかまでは知らないけど。

 それよりもあたしは親の事情よりもオッドんの事情を知れたことに戸惑いながらも嬉しくなりながら、ちょっと浮かれていた。

 貰ったプレゼントも嬉しくて。でも気恥ずかしくて。それでもずっとずっとそのペンダントを眠り込んでしまうまでその夜は眺め続けていた。







 

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