再会は唐突で

   







 それから時期は移り変わって。夏休みに入ろうとしていた。

 しばらくはオッドんとも会えなくなるのかって思うとほんの少しだけ寂しさはあった。

 だからあたしは気恥ずかしさに耐えながら、仕方なしにオッドんとL〇NE交換でもしてあげようと思った。


「いや、俺はスマホ持ってないんだ」

「ええっ!? ウソでしょっっ!? 今どき小学生だってスマホ持ってるのに!!?」


 思わず裏返った声で確認したけれど、隠し持っているという感じもなくて。

 あたしの気恥ずかしさは悔しさに変わって終わった。






 こうして去年と変わらない夏休みが幕を開けた。

 勉強なんてそっちのけ。クラスメイトと遊びに行ったり家でゴロゴロしたり遊びに行ったり。そんな毎日が続いた。

 でもやっぱり、そこには今まで感じたことのないつまらなさがあった。

 アイツが―――オッドんがいないせいだ。

 

「のび〇に構いたくなるジャイ〇ンの気持ちが今ならわかるかも…」


 ベッドに寝転がりながらそんなことを呟いていたあたしは、ついには居ても立っても居られなくなって外へと飛び出した。

 ほぼ寝間着姿のまま、スマホだけ持って。しかも時刻は夜だっていうのに。

 いや、夜の方が都合よかったんだ。だってアイツと町で出会ったのもこうした蒸し暑い日の夜だったから。




 夏休みに入ったっていうのに未だ不穏な事件や事故が続いていたせいか、町は不気味なくらいに静かだった。

 人通りのない道なんてより一層と静まり返っていて。幽霊が出ても可笑しくないくらいに街灯も薄暗いまま、真っ暗で怖かった。

 そんな思いの中、あたしはオッドんがいるかもしれないという淡い期待を胸に、公園へ向かっていた。いなかったらいなかったで、それでもいい。そんときゃコンビニでアイスでも買って帰るだけだ。

 イチかバチかが過ぎるその賭けの結果は―――ハズレだった。この前オッドんと出会ったあの公園には、当然人の姿なんてなかった。


「まあ…わかりきってたけど」


 あたしは自分にそう言い聞かせながら、元来た道を戻ろうとする。

 と、振り返ったその通りのずっと奥に、気が付くと街灯のわずかな灯りに照らされている人影を見つけた。

 もしかしてオッドんかなって思ったのが半分。そしてもう半分はヤバい奴か幽霊かもしれないって思った。

 もう心臓が飛び出そうなくらいビビったんだけど、とりあえず平常心を保ちつつ。あたしは痴漢だった場合対策でスマホを強く握り締めながら、その道を通り過ぎようとした。

 けれど、それが恐怖の始まりだった。





「ギャギャギャギャギャアアアッ!!!」


 それは人影なんかじゃなかった。

 ヤギみたいな頭なのに鋭い牙を剥き出していて、コウモリみたいな翼が生えていて二足歩行している―――バケモノだった。

 すぐに作り物だって思ったんだけど、突然そんな格好のが大声をあげられたら誰だって驚かずにはいられない。

 あたしも例に漏れず、悲鳴をあげながらその場から逃げ出した。


「キャアアアッ!!!」

 

 我ながら女性らしい悲鳴だったな、なんて冷静に思いながらもあたしは必死に走った。

 スマホで通報する余裕もなかった。謎のバケモノは何故かあたしを追いかけて来たからだ。

 背後から嫌ってほど伝わってくる殺気みたいなものが、更にあたしの恐怖を掻き立てる。

 コイツにもしも掴まったらどうなるんだろう―――いや、答えは一つだ。このバケモノは確実にあたしを殺す気だった。


(どうしよう、怖い……誰か助けてッ!!)


 そんな、叫んだのか心の悲鳴だったのかもわからない助けを求めていたあたしは、ある程度走った先で足を縺れさせて転んでしまった。

 急いで起き上がろうとしても一度止まって足はもう竦んで動けなくなっていて。それなのに、後ろから迫り来る足音とバケモノの不気味な鳴き声が止むことはなかった。

 ああ、もう、あたしダメなのかな。って流石に諦めかけた、その時だった。









「―――咲寿ッ!!」


  バケモノは突然一刀両断されて、そこから真っ黒な液体を吹き出させた。

 まるで返り血のようなソレが暗雲の夜空に散る中。

 崩れるバケモノの向こう側から―――あたしの目の前に現れたのは、大きな剣を握っていたオッドんだった。


「レッサーデーモン…下級魔物がまさかこんな場所に湧き出ていたとは」


 あたしの頭は異常事態の連続で、パニックで、どうにかなりそうだった。


「……無事か、花濱咲寿…?」


 まるで焼け焦げた何かみたいにぐずぐずと音を立てて崩れていくバケモノ。

 そんな光景にお構いなしって感じで、オッドんは穏やかな笑顔を向ける。それが返って恐怖を駆り立てる。

 黒い液体なんかはもう、あたしの目には血液にしか見えなくなっていた。

 

「ハッ、ハァッ……オッドん、それ…ドッキリでも、笑えないって」


 荒い呼吸のまま、ようやく出した言葉はそんな皮肉みたいなものだった。


「花濱咲寿…これは……」


 大パニック過ぎて涙も出てきて。そんな状況下でオッドんとやっと会えたとか、助けてくれたんだとか、考える余裕なんて当然なかった。


「アレって、何の技術…最新のVR? 新手のドッキリとか…?」


 早まる鼓動をなんとか抑えながらそう尋ねたけれど、オッドんはすぐにさっきまでの表情を変える。真剣な眼差しになって辺りを見回すなり、オッドんはあたしに背を向けて、改めてその大剣を構え出した。


「すまない、話しは魔物を退治し終えてからだ」


 そう言うとオッドんは地面を蹴り出し、どこかへと駆けていってしまった。

 置き去りにされたあたしは気付くとさっきの公園からほど近い場所にあるサッカー場へ逃げ込んでいた。壊れていたフェンスの隙間から侵入したせいで腕には剥き出しのフェンスによって傷ついた痕があった。


「痛っ…」


 血が出てるほどのその痛みが、これは夢なんかじゃないことを教えていた。

 

「なんなの…これ…悪い夢だって、言ってよ……」


 あたしは信じ難い現実を前に、今まで見て信じてきたものをズタズタにされたような気分になって。思わずそんな言葉を嘆いた。

 バケモノへの恐怖も勿論あった。けれど、それ以上にあたしはオッドんの意味わからない言動に、酷く裏切られたかのような気持ちになっていた。







   

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