転校生はパシリで

  







 オッドことオッドんを最初はパシリみたいに色々こき使ってやろうなんて考えていた。決してイジメようってわけじゃない。そういうスキンシップ的な感じでいこうというつもりだった。

 だから、それからの学校生活は彼に色々適当な理由をつけては命令していた。



「ねえオッドん、消しゴム忘れた! 貸してー」


「オッドんて足速そうだからリレーの選手とかどう?」


「あ、オッドん。掃除用具上のバケツ取って」


「オッドんオッドん! 次音楽だけどさ―…」


「あのさ、オッドん…修学旅行の記念にあれ買ってよ!」



 意外だったのはそんなあたしのわがままみたいな頼みを、オッドんは素直に聞き入れてくれたってことだった。

 体育祭、修学旅行のときだって、 面倒な掃除のときだって、クラスで頼まれた作業だって。放課後まで手伝ってくれたこともあって、相変わらずの無愛想ながら黙々とやってくれた。

 おかげで彼は一学期が終わる前には『無愛想な転校生』から『花濱の係長』なんて呼ばれちゃうような始末で。それでも彼はそんな肩書きにも気に留めず。あたしが無理難題を押し付けたとしても、言う通りにこなしてくれた。まあ、どう考えても無理過ぎる頼みごとには流石に「無理だ」とツッコミ入れてたけど。




 けれど正直なところ、ここまで一緒に手伝ってくれる人とか、そんな風に言い返す人とか―――あたしのクラスにはほとんどいなかった。

 クラスの雰囲気もあったし、あたしがそうさせなかったせいもあるからまあ仕方ないとこもあったんだろうけど。だからかな、彼の言動に一々ビックリしちゃっていた。

 気が付けば「ありがと」なんて、喜んで言ってしまう自分もいて。あたしは次第に自分の中で無意識にオッドんを頼るようになっていた。

 オッドんも転校したての頃よりは随分とツンツンが抜けて穏やかになっていて―――それでも時おり何処か一線を引いているなってところもあったけど―――それがオッドんの良さでもあって、あたしには丁度心地よかった。

 本当に彼は変わった男性で面白い男性で飽きない人だなって、あたしは思うようになっていった。








 夏の季節がやってきた頃、あたしは始めて学校の外でオッドんと出くわした。

 今まで毎日学校では顔を合わせていたけれど、一緒に下校したことはなくて、偶然外で出会うなんてこともこれまで一度もなかった。


「……おい、花濱咲寿」

「ひゃうッ!?」


 公園のベンチに座っていたあたしに突然の声。驚いて振り返った先にはオッドんが立っていた。

 初夏にしてはとても暑い日だったせいか、彼の額には少しばかり汗が滲んでいた。


「うわ、こんなところで会うなんてやっぱこの町って小さいね」

「……こんな時間に何をしている…?」


 オッドんがそう聞いてくるのも無理はない。今は深夜一時を過ぎたところだ。


「あー…ほら、友達とカラオケ行ってたら遅くなって? ちょっと暑いから涼んでた感じ?」

「…嘘だな。朝倉千和も日向真琴も今日は別の用事があると聞いている」

「いや何でアンタがスケジュール知ってんのさ」


 そうツッコんだところでオッドんからちゃんとした説明が返ってくるわけもなく。ただ黙って真っ直ぐにあたしだけを見つめてきて。その視線に耐え切れなくなってからあたしは渋々と口を割った。


「……よくある話だって。家庭環境の問題ってやつ? 今絶賛夫婦ゲンカ中でさ。だから家に帰りたくないんだ」


 それはもう、本当によくある話だ。お互い顔を合わせりゃケンカばっかりの冷めきった夫婦。それでも別れないのは今の生活環境が変わると何かと面倒くさいから。

 だから、なるべく顔を合わさないよう互いに家を出て別居生活を送っている。


「で、今回は運悪く偶然出くわしちゃってさ…互いの罵り合いから始まって近所迷惑ギリギリレベルのケンカまで発展したってわけ」


 おそらく今はもうそのケンカも終わっている頃だろうが、それでも二人が家から出て行くまではあんな場所には帰りたくなかった。


「夫婦の諍いは多少なりとも理解出来るが…何故花濱咲寿が被害を被る必要があるんだ? ケンカは止めろと一言言えば良いじゃないか。もしかして…お前は両親に愛されていないのか?」


 オッドんはいつになく饒舌だった。こんなにも喋るのは初めて聞いたかも、くらいだった。


「まあ…そこそこ、って感じかな。定期的に顔見には来てくれるし」


 ただタイミングが悪いとあたしなんて眼中になくなるんだけどね。そう付け足してからあたしは笑う。だけどオッドんは笑わない。至って真面目な顔で答える。


「まだ親に愛があるというのならば、お前はもっと親を見限らず向き合ってみるべきだ。今話し合わなければ後々後悔することに繋がりかねない…」


 まるで説教みたいな言葉に、あたしは思わず鼻で笑って返す。


「はは、オッドんてばホント真面目だよねー…ま、どこの家庭にだってフクザツな事情はあるんだし、余計なお世話って感じだけど。今日はこのまま家に帰るよ」


 そう言うとあたしはベンチから立ち上がって帰路に立とうとする。オッドんを通り過ぎて、逃げるようにさっさと。


「待て」


 だけど意外にもそれでお別れ、ってことにはならなかった。

 オッドんはあたしの後を追い駆けて隣に並んだ。


「最近は物騒な事件や事故が多い……だから、家まで送ろう」

「良いって別に」


 そのウザさにあたしの足取りは更に速くなっていく。けれど、オッドんも負けじとあたしに並ぼうとする。


「ホント、平気だから…ッ」


 思わず手で払おうとしたあたしは、その拍子にオッドんと目が合った。

 街灯のない薄暗い道だったけど、それに負けないほど明るい満月に照らされたあたしの顔を見て、オッドんは驚いた顔をした。


「泣いて、いるのか…?」

「見んな、馬鹿っ…!」


 なんて言われるとムキになって我慢したくなるっていうのに、涙はとめどなく零れてしまって。

 そんなあたしを見て、流石のオッドんも戸惑っているようだった。


「オッドんのせいだよ! オッドんがあたしのこと、なんも知りもしないくせに…正論めいた口出ししてきて! あたしの何がわかってんのさッ!!」


 あたしだってケンカを仲裁したことくらいあった。もう止めてって。そんなケンカするくらいなら別れた方が良いじゃんって言ったこともあった。

 しかし、そう言っても両親はあたしの言葉なんて聞いているフリをしているだけ。それで結局は「だけどね」「そうかもしれないけどな」なんてグチグチと言うだけで、何も解決しようとしない。

 だからあたしは両親に希望を抱くことを諦めた。もう下手に係わらない方が良いって、それが賢いって思い至ったわけなんだ。

 だから、とやかく言って欲しくはなかった。特にオッドんには。


「確かに……お前のことを俺は何も知らない…だが、それも話し合っていけば、お互いを知り合うことは出来る。話したくないならそれで構わない。が、もっと俺じゃなくとも周囲の者を頼ってくれたって良いんだ」


 いつになく話しかけてくるし、『頼って良い』なんてオッドんの口から初めて聞いた。

 あたしは急いで両腕で涙を拭って、そして無理やり笑った。


「…マジで変わってるわ、オッドんて。ただのクラスメイトにそんな熱く語るとかさ」

「そ、そうなのか…?」


 熱血漢の一面にはどうやら本人も自覚がなかったらしく。きょとんとしていた。そんな今まで見たことのない不意打ち顔に、あたしは深夜だっていうのに思わず声を上げて笑っちゃった。







   

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