第113話 コップの中の嵐 ⑤



 二十四人分の視線、四十八の瞳が集まる中で、道明寺菜桜が立っている。

最初は何秒か、だった時間が二分、三分と過ぎていく。


 彼女の前にいるのはチームジャパンのリーダー、マツオカ・ユウキ。


 骨折をした両脚の治療の為に横たわっている。

ズボンを脱いで・・・・・・ 布を下腹部に掛けているが、その下はパンイチの恰好だ。

道明寺は恐らく・・・・・・固まっている。


 回復魔法は患部の近くに手をあてないと効果が発揮されない。

親しくない男性の、生足に触れられないでいるのだろう。

昔、同級生だった中学三年生の時も、似たような事があった。


 あの時は逆で、彼女が触られた方だったが。

三年生に進学してすぐだ。男子が数人ふざけていて、道明寺菜桜にぶつかってしまった。

抱きつくような格好になった。

 

 彼女はそれで大泣きしたのだ。


 決していやらしい目的だったとか、セクハラじゃなく。悪ふざけしていた流れ弾だったんだと思う。

勿論ぶつかった者を含む男子たちは謝罪していた。

だが彼女は泣き止まず。

当時の担任はホームルームで取り上げて吊し上げ、女子の大半は彼女の味方になって責めたてた。


 ぶつかった男子はその後、学校に来なくなった。

嫌な思い出だ。

ぶつかったのが自分じゃ無くて良かった、なんて思った事がある自分を今でも殴りたくなる。

悪いのは男子生徒だろうけど。


 後に彼女の旦那になる鈴代春樹との関係を知ったのはその時だったと思う。

アンタッチャブルなんだって。同じ小学校出身のクラスメイトが言ってた。

 潔癖症な面があって、昔からハルキ旦那以外に触られるのを嫌がるんだそうだ。

その後しばらく旦那の方と付き合いがあったが、それについては「困ってるんだよね」と言っ笑ってるだけだった。

困ってるじゃ無くてどうにかしろよ、と呆れたのを覚えている。





 今日は元日本人が全員集まる日だ。ヌクトウと話してからは早かった。

二日後には集まる事になってしまった。

俺は断って欲しかったんだが、道明寺のグループも参加すると言い張って今に至る。


 チームジャパンに提示しろ、と迫った情報はちゃんと開示された。

一部からは不満も出たが、現在は治療の段階に進んでいる。

俺から順番に、回復魔法を使える者がマツオカにかけていっていた所だった。


 チームジャパンは治療費の問題で、何とか動ける程度の所までしか治していなかった。

両足の複雑骨折ということで、何度も回復魔法〝ヒール〟を掛ける必要がある。

一度掛けたら交代で、対象のマツオカが完治したと判断するまで何度か掛ける事になっている。


 

 数人の回復魔法が終わると、大分良くなって来ていると当人は言っていた。

出来るなら安静にして過ごしたかったと、裏では文句を言ってるらしいが。

 この世界に連れて来られた日本人には七日縛りがある。168時間以内に魔物を倒さねばならない。

入院なんてしてられない訳で、明日は我が身である。


 順調にひと回り、最後の道明寺さんが回復魔法を掛けたら交代で、俺から二周目が始まる。

ところだったのだが、どうやら懸念していた地雷が爆発したらしい。

だから不参加にして欲しかったんだがなぁ。




 俺が参加に出した条件は三つ。飲めない者は参加しないように伝えてもらった。

一度それで揉めた上で、条件を飲んで参加して来たのは彼女ら、道明寺のグループだ。



俺の出した条件は


条件①

 『参加する場合、パーティから必ず一人は回復魔法を使える者が参加する事』


 回復魔法を使える者はパーティにいない。けど話は聞く。なんて事は認められない。


条件②

 『参加した場合は、話の内容に不服な点があったとしても、回復魔法を使える者は必ず治療に参加する事』


 話は聞いた。でもやっぱ手伝わない、なんてのも駄目。


条件③

 『参加する場合、回復魔法を使えない者は〝ルーム〟で契約した店舗で買った物を一つ、手に持って参加する事』


 文句が出るとしたらこれだと思っていた。

だが、回復魔法を使えない奴が今回の集まりに参加しても何も出来ない。なのに話だけ聞く。というのも納得いかない。

話が終わった後にだらだらと情報交換なんてしたくない。

かと言って折角参加するのに何も得ず、手ぶらでも帰るのも癪だ。せっかくやるのに勿体ない。

なので入れておいた。



 繰り返すが、全員が承諾して参加している。

彼女にはこちらの世界に来た時に、直接パーティへの同行を誘われた。

まさか旦那以外の男に触れないのに、自分が回復役ヒーラーを務めるパーティに男を誘うとは思わないじゃないか!

なのに参加すると言うのだから、何とかなる算段があるのかと思っていた。

・・・・・・んだが、ね。何も無かったうえに、駄目だったらしい。


 あそこではヌクトウが前衛の筈。あいつにはどうしてるんだかね。

さてどうしようかと考えていると、道明寺菜桜は振り向いて言った。


「あの・・・・・・ ごめんなさい。ちょっと気分が悪くなってしまって」


 振り向いた彼女の顔は真っ青だった。

「菜桜」という声がして、直ぐに旦那の鈴代春樹ハルキが駆け寄る。


 思う事は多々あるが、今日は別にそっちを攻めるつもりはなかったんだが、ね。

既にここまで予想通りに進んでいて、チームジャパンを追い込みつつある。

なのであんまり手を広げたくないって事もあるけど。

あまり性的な意味に近い事こんなことで、女性を吊るしあげたくないというのが本音だ。



「あー、そう言えば道明寺って鈴代以外の男に触れないんだっけ」


だがどこにでも空気を読めない男はいるもんだ。

声の主はシラトリ・ヒロシ。

最近追放された、きっと鈍感系の主人公なんだろう。

鈍感すぎてどこのパーティにも入れてもらえてないみたいだけど。

 今日も早く来て、アオバのパーティとサユリサのパーティに一生懸命アプローチしていた。

こいつも中学の同級生だ。知っててもおかしくはない、が。まさかペラペラ喋らない、よ、な?


「ぐふ? それは何の話ナリか?」


「あ、えーっとね。中学の時なんだけどさ」


 追放された元パーティのリーダーのオークレディ、サクマに問われてシラトリは、ペラペラと昔の話を喋りだした。

へー、中一の時も男子に触られて泣いた? そう、拾ってくれた消しゴムを渡された時に、うっかり手にちょっと触れただけ????

それはえぐいな。俺だったらトラウマになるかも知れん・・・・・・・

なんて話を得意気に喋っていた。

そういやこいつ、前に俺の事もアオバたちに色々喋ってたとか。こんな感じでやったのかと思うと嫌悪感しか沸かないね。

こんな奴、俺は仲間にしたくねーな。




「はーーー!? だったらおれちゃんが怪我した時にどうすんだよ!? なんだよ道明寺、使えねぇんじゃんか」


「うるさい、お前には関係無いだろうが! 黙ってろ!」


 対してゴヘイは知らなかったらしい。余計な発言をしてヌクトウと揉めだした。

こいつも同級生だったんだけど・・・・・・


 んー? やっぱりおかしい事がある。

タカノって何でか、ゴヘイには何も言わないんだよね

俺には散々突っかかってくる癖に。

 突き落とした時もヌクトウは相槌が主だったんだよね。

チームジャパンと一緒になって「情報を出せ」ってうるさく言ってきたのはタカノだ。システムさんにアナウンスされた直後だったとはいえなんか引っかかる。

んー、まさかな? でぇきぃてぇるぅ????? ゴヘイとヌクトウが?

違う、ゴヘイとタカノだ。

うーん、これはゲスイ考え方かと思うけど。あり得そうで怖いな。


「ちっ、うるせーなヌクトウの癖に! だったらもういいじゃんか。道明寺を抜いて次行けよ」


「そうだね。出来ないって人に無理に治療させたってしょうがないよ。次いこう、アンタでしょ。やってよ」


 馬鹿とその恋人? (暫定)がなんか調子の良い事をほざきだした。

その次のアンタは俺な訳で、何でそんな勝手な事言い出してる訳?


「馬鹿じゃねーの? 都合の良いことをほざくな。俺が出した条件はここで完全に破られた、なのに、これ以上治療する理由もねーよ。この集まりはこれで終わりだ」


「はぁ~? 何言ってるのよ!? ここでやめたらナオが悪い事になっちゃうじゃない。アンタ空気読みなさいよ!!」


 タカノが喚く。そりゃーここで止めたら道明寺さんのせいだろうね。

でもそれは仕方が無い。条件とは約束だ。

約束を守れない奴と交渉を続けるつもりはない。俺が付き合うのはここまでだ。 



「ですね。そうなりますよね。私も条件を守られなかった以上これ以上治療を手伝う気はありません」


「同じくでござるな、治療をしたくて来てる訳ではござらん。話を聞いた、けど治療はしないという者が出た以上、拙者も参加はお断りでござる」


 俺がきっぱり断わると、続く者が現れた。

別に俺は帰るけど、残った人間でやってくれて構わなかったんだけど。


 だがそうはならないらしい。

 さて、それじゃ。ここから断罪を始めようか。

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