第112話 コップの中の嵐 ④
多分俺のパーティ加入話が難航すれば、そちら方面で話を振って来るつもりだったんだろう。
「言うと思った」という後出しじゃんけんにならない為に釘を刺したつもりだが、だんまりになるとは。しない方が良かった可能性もある。もう遅いけど。
単純にダリーシタの街にいる日本人に足りないのは、圧倒的な指導者だろう。
チームジャパンにはそんな器の奴はいないし、他グループにもそんな奴はいない。
いたらやばかった。
真っ先に日本人間で大戦争を始める必要があっただろう。
魔物のいる世界で誰かの言いなりで生きるなんてまっぴらごめんだ。
今いるのは口だけの奴らだから、そこまでしないで済んでいる。
理想は自然に分岐して、小さなグループが乱立。各々がそれぞれって感じだったんだがな。
特に自分が楽しようって奴が、周りを従わせようとしているのが腹が立つ。
一番の問題はまとめる能力がないことに、まとめたがる当人が自覚が無い。
断る奴は我儘だと思っているから、しつこくて話が長引く。
「考えてみると・・・・・・・」
「ん・・・・・・どうした?」
ちょっと飲みながらおつまみをつまんでいると、ボソッと何か言われてた。
保存食用のクッキーが固いんだよね、アオバ作の。そちらに集中していた。
〝ルーム〟があるから必要ないと思うんだけど、彼女は必要になると言って現地産の材料でなんか色々保存食試してる。
その試作品をたまに出してくるのだが、正直不評だ。感想を聞かれて毎度、返事に困る。
俺は他の日本製のお菓子なんかと合わせて飲み込んで、誤魔化しちゃうんだけど。
普段は食べないで残すお菓子だが、それが出た日だけは全部食べている。
持って帰って誰かにあげるのも可哀想だしね。
さて、そんなことよりヌクトウだ。なんだって?
「いや、ハルたち以外で中学の同級生と酒を飲むのは初めてだと思ってな。
それがお前だってのが不思議でな。まさか死んでからこうやって機会が巡って来るとは思わなかったから、な。不思議なもんだと思っただけだ」
「そうか・・・・・・ゴヘイは、いや、何でもない」
あれとは飲まないんだろうけど。余計な事を言う所だった。
別にあいつの話を聞きたい訳じゃない。
「飲む訳ないだろう。定宿を知られてるからよく押しかけて来るが、入れずに追い返してる。
お前はどうだ? 誰かと・・・・・・まだ付き合いがあったりしたのか?」
「ん~、何人か飲み行ったな。共通の知り合いだとナッツとかな。もう何年も前だけど」
「ナッツか、懐かしいな。元気にしてるのか? 今は、いや違うか、死ぬ前は何をしていたんだ?」
ナッツとは夏川という名の同級生で、ヌクトウたちと同じバスケ部でエースだった。
背が高く190センチほどあり、中学三年生時の背の順で俺たちの後ろにいた男だ。
バスケットボールの推薦で少し離れた学校に進学した。
ヌクトウ、俺、スズシロ、夏川という順で並び、よく顔を会わせてたので俺とも親しかった。その縁で修学旅行で一緒の班でもあった。
「高校で膝をやったらしくてな。バスケ部を辞めてからは大変だったらしい。とび職をやってて、偶然仕事中に会って、それから年一くらいでたまに飲みに行ってた。だが、結婚するって九州の方に行っちゃったからそれ以来だな」
「そうか・・・・・・ とび職ね・・・・・・ ふーむ。ま、今は言うまい。
だが結婚してたのか。そうか、そこはおめでとう、と言うべきだろうな。それを聞いただけ今日は来た意味があったかも知れん。それを話せばハルたちも喜ぶだろう。
・・・・・・元気にしてるか、どうしてるか、と話した事があってな、会いたがってたんだ」
そう言ってヌクトウは缶ビールを一気に飲み干した。
古い知り合いに会うとそんな話になるよな。俺も懐かしく思う。
ただ残念な事に、ナッツはあまり会いたがっていなかった。少なくとも最後に会った時は。
俺と同じ理由で。それをいうタイミングでは無いから今はしないけど。
彼も俺と同じく、その修学旅行の時にこいつらとは距離を取り始めた。
だが今はノスタルジーに訴えかけるような話をするべきだろう。
あと共通の知り合いは誰がいたか。俺も人付き合いが良い訳じゃないからな、話題が少ない。
二時間ほど話してヌクトウは帰って行った。
「あっさり帰っちゃいましたね。別に〝ルーム〟に入って寝るだけですから、いても構わなかったんですけど」
「置いて来た三人が心配だって言うんだから引き留める理由もないしね」
定宿があり、そこで他の三人が待っている。
自分がいない間にチームジャパンが押しかけて来て、何か起きたらと心配になったらしい。
「コウが煽るカラ。心配になったヨ、悪いオトコ」
「だって一緒に行動したくないんだもん。しょうがないよね」
嫌がらせで奴らのパーティへ入ることも考えてはみたんだ。
そこで女子二人と思いっきり親しく接してやるとか、ね。
でもそんな事しても、結局何もなら無い。得るモノは無く、時間を無駄にするだけだ。
その時間で他の事を進めた方が絶対に良い。
そもそもタカノとは合わないし、道明寺は苦手なんだ。一緒にやりたくない気持ちがはるかに勝る。
「結局、条件を飲めない理由は何なんっすか?」
「えっ? 聞いててわかんなかったの?」と何人かの女子がホクトに呆れた顔をした。
女子の方がこれは察しが良いか。
ヒントはチームジャパンのリーダー、マツオカは茄子みたいな顔の男だってこと。
「んー、内面的な事はあんまり言いたくないなぁ。
それを理由に断ってくれるのが一番なんだけど。そこまでして参加したい気持ちが分からんのよ」
そこで駄目なら俺にだって無理だと思う。なのに自分が回復役割を務めるパーティに入って欲しいとか意味が分からん。
いや、理由は分かるんだけどね、前衛不足だろう。俺が死んでも怪我しても、構わないんだろうよ。チームジャパンと同じ思考だ。
「結局なんにも話が進まなかったわね」
呆れたようにリサリサが言いながら、俺に新しい缶ビールを取ってくれた。
残り少なくなっている飲みかけを飲み干して、それを受け取る。
最初はつっけんどんなんだけど、慣れて来ると面倒見が良い子だよ。
逃げて来た女性冒険者を仲間にしたりとかな、なかなかできることじゃないよ。
最も、だから男が勘違いするんだろうけど。
優しくされたからって、自分に惚れていると思っては駄目です。
そもそもお酒を取ってくれただけだし。
ちなみに先に買って残った缶ビールはヌクトウに持って行かせた。
ちょうど四本残ったから。温くなっていた事もある。
ここにあるのは新しく買ったモノだ。なのでキンキンに冷えている。キンキンは言い過ぎか。
「ま、毒を混ぜれたからオッケーだよ」
その為に缶ビールを持って帰ってもらった。
こっちに来てから飲んでないなら、効果覿面だろうさ。
「前衛と、そうじゃないポジションだと、見方が違いますもんね。やってみれば分かるだけど、前で実際に魔物と戦うって、思ってる百倍くらい大変です。怪我もすれば、精神的なストレスもある。そりゃ後衛だってストレスもあるし、怪我だってするでしょうが。
結局何だかんだと言ってくる人は、自分はやらないで言ってる訳ですからね。細かい感覚の違いが、いずれ意見の食い違いになるでしょうね」
自分がやってみてよく分かったとアオバが言う。
ヌクトウを選んで呼んだ理由を、分かってもらって嬉しいよ。
「それに報酬の問題もござろう。ゲームなんかでは均等割りが普通でござるが、今は前衛職の装備が急ぎでござるからな」
「ゲームだとパーティ全体視点だからね。そこが違う。送り込まれた俺たちは個人だ。
誰もがみんな最初に自分の装備を整えたがるもんね。それは仕方が無いんだけど、前に出ないつもりの人の意見が日本人じゃ優勢だからさ」
ござるとナグモがゲームを例に例えた。
全員が魔物と直接戦った事のある俺たちは、ある程度前衛よりの装備を固める方針で一致している。
日本製ではなく、現地産の冒険者装備を優先して買うべき、とも。悪目立ちを防ぐためだ。
なので先に貯めるべきはこちらの世界のゼニー貨幣だ。
「現状魔法火力で押しきれてござるからな。確かに後衛だって装備を整えねばいかんでござろう。
だが前衛が整っていれば後衛の装備は、まだ何とかなるのでござるよ。それが出来るのは今だけでござる、
だがそこを理解出来ぬのは、同じ魔物と戦っていてもレベルが上がれば入る経験値が減るというのを正確に認識していないからでござろうな。今後も魔法で押し切れる、そう思う者の意見でござるからして」
レベルが上がれば、魔物から入る経験値は減る、そして弱い魔物からいずれゼロになっていくだろう。
という事はそれだけ強い魔物と、いずれ必ず戦わなきゃならなくなる訳で。
その時慌てて装備を整えても遅い。
そこは多分奴らも分かってるんだろうけど、考え方が悪い。前衛が現状で、単なる肉壁扱いだ。
だから平気で報酬を踏み倒す。好待遇を約束しないで、ただ声だけ掛けてくる。
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