第105話 無賃宿泊
突然の来客の合った翌日、夕方。
冒険者ギルド受付職員のゴンザレスの前に、アキノコウヨウのパーティが帰って来た。
「おかえり、あんちゃん。今日はまた随分と、大変だったみたいだな」
濡れ鼠でところどころに泥の付いているコウヨウとバイロイを見てゴンザレスが言う。
狼人族のバイロイは前腕や脛に種族の特徴を現すような体毛が生えているが、そこまで泥で真っ白だ。
「あんまり言う事聞かないんでちょっとな」
「ついにアキノは切れたニャ。バイロイは頭から泥ン中に放り込まれて危うくゴブリンと一緒に始末されるとこだったニャ。恐ろしい話ニャ」
「お、おう。それで上から下まで泥まみれなのか・・・・・・・」
「チッ、ゴンザレスのおっさんよぅ。やりすぎだって言ってやってくれよ」
「ガハハハッ、冒険者同士、男同士。時にはぶつかりあう事も大事だぜ、バイロイのあんちゃん。稼げてるうちはそうやって多少揉めてもなんとかなるもんだろ?」
「ケッ、確かに前の町にいたときよりは稼げてるけどよ。納得はしねぇからな。覚えてろよ」
そう言うとバイロイは、コウヨウとの間にぶら下げて運んでいた猪の魔物に目をやる。
本日の成果だ。向きを変えて露わになったそれを見てゴンザレスは「ほほぅ」と感嘆の声をあげる。
先日のレベルアップ以降、このパーティはかなり順調だ。
正式な担当契約こそしていないが、よく担当する職員としてゴンザレスは嬉しく思っていた。
影魔法を扱えるようになって、やっとコウヨウが本腰を入れて活動し始めた事が大きいのだろう。
そして四人目のメンバーの加入。
人数が増えた事、特に前衛という事で三人では狩れないような魔物も討伐対象に入るようになった。
この猪の魔物も討伐推奨レベルは12からで、普通ならば冒険者ランクアップ後のパーティが六人フルメンバーで狩るモノだ。ランクアップ前の新人が三人もいるパーティで始末するのは驚きだ。
見た所メンバーに怪我も無く、獲物にも余計な傷は無い。
さぞかし上手くやったんだろうとゴンザレスは思った。
だがその分上手くいかなくなったらマズイだろうな、とも思った。
問題児ではあるが、あまりにもバイロイの扱いが悪い。
コウヨウが、それくらいしなければ抑えられない。ということはやはり、爆弾ではあるのだ。
その役目をコウヨウが担っている事で、女性二人が遠慮している感じもある。
どちらも、特にマドロアは元々は大人しい性格だ。
そういう意味でも悪い影響があるのだろう。
そしてそのコウヨウもまたちょっと雰囲気が悪い。
前はもっと余裕があった。だが今は焦って見える。
その原因を知っているのが悩ましかった。
「あんちゃんは、今日は特に機嫌が悪そうだぜ」
思い切って精算が終わった後にゴンザレスは聞いて見た。
「あぁ、昨日呼んでもない客が押しかけて来てね。その上寝床が無いだの、飯が無いだの大騒ぎしやがったんで、ちょっとうんざりしてんだ」
「そうか、なんか大変だったのか? 力になれることなら相談にのるが」
「いや、それでこの後ミケアの家に謝りに行かなきゃいけないんだよ。馬鹿が無賃宿泊しようとしやがったから。なんで相談は大丈夫。
まー俺が代表して借りたんだから、謝りにいくのは当然なんだけど、ケチだの心が狭いと言われるとね。その通りだと分かってても、言われると気分が悪くてな。
なんで態度が悪かったらすまん、今日は見逃してくれ」
「そうか。人数増えると面倒も増えるよな。だが筋を通すのは大切だ。ちゃんと頭を下げに行くってのは大事だと思うぜ」
ゴンザレスに送り出されて、コウヨウはミケアの家に向かった。その道すがら
「悪かったな。せっかく離れを貸してくれたってのにこんな事になって。
もし俺抜きであそこを借りたいって言って来たら、昨晩の事を踏まえて返事をするようにしてくれ。それで貸しても俺は責任を取れんし」
「謝る事じゃないニャ。おみゃーはちゃんと断ってくれたって知ってるニャ。
親にはウチからも貸さないようによく言っとくニャ。
でもやっぱ、仲間を呼ばれるのはちょっとニャ~。そうなるとウチの家じゃ見切れないからニャ。空いてるトコを貸して副収入と思ったけど、難しそうだニャ」
ミケアに謝るコウヨウ。
結局あの後、サクマのパーティは勿論チームジャパンの狐人とエルフは帰らなかった。
泊まるとこが無いと言い、「一晩くらい大丈夫」と言って一緒に泊まろうとした。
これに激怒したのがコウヨウ。
そして激怒したコウヨウに、激怒したのがマシロだった。
口論の末追い出したが、それ以降マシロとの関係が非常に悪くなっている。
マシロからすればサクマのパーティは、彼女が声をかけたから来ている。
そしてサクマ、ではなく。その相方の小さい方がマシロと高校一、二年生と同クラスだったというそれなりに近しい関係だ。
それはコウヨウも理解出来る。だが何も夕飯時に、全員で来る事はないだろうと思っている。
仮に八人が、野営が許されている場所でキャンプでもしていた時に来た。だったのならそこまで強硬に追い出さなかっただろう。
だが昨日居た場所は、コウヨウのパーティメンバーの実家だ。離れとは言え敷地内である。
一人当たりいくらと金額を決めて、借りている場所だ。
金を払ったから好きに使って良い、という条件では無い。離れに入ろうとするのは勿論だが、〝ルーム〟に入るからと言って離れの前の庭で過ごされても迷惑だ。
取った宿やホテルに、知り合いの知り合いが勝手に転がり込んで泊まろうとしてきた、くらいの嫌悪感があった。
この先も同じことをやられてはたまらないし、好きに使って良い場所だと思われる訳にはいかなかった。
ミケアの両親には謝罪し、元日本人には貸さないようにお願いするつもりでいる。
「副収入を駄目にした事は申し訳ない。俺が出来るお詫びとしては、本業で稼がせてやるくらいなんだけど」
「うん? そりゃーそれはありがたいけどニャ。最近は結構稼げてるしニャー。そんなことよりマドロアの事を考えてやって欲しいニャ」
「考えるねぇ~、何を? って聞いたら怒るか?」
「どう思ってるかなんて、とっくに察してる筈ニャ」
「んー、察してるといえばそうだけど。好きっていうより依存かな、と思ってるよ。俺抜きだと冒険者として立ち行かなくなってきてるし」
補助魔法使いのマドロアは単体では活動出来ない。
それはコウヨウがあまり真剣に向き合って来なかった所だ。二日に一度、それくらいの頻度で一緒に行動する事がこれまでは望ましかった。
これまでは。
「別にそれでも構わないと思うがニャ。それを踏まえてちゃんと向き合ってあげて欲しいニャ」
「ふむ、そうだね。せっかくだからその方向でちゃんと向き合う事にする。ただしあっちが逃げたら何も進展しないから、そこは文句言うなよな」
別に嫌いじゃない。それがコウヨウの本心だ。
そして、相性も悪くないだろうと思ってる。タイミングも。
元々コウヨウは自宅に他人を入れるのが嫌いだった。
例え自分の友人でも、アポなしで泊まりに来られるなんて絶対に許せないタイプだ。
それが今後も知り合いの知り合いが、同じ元日本人だから。などという理由で訪ねて来ると思うとうんざりだった。
だったら情報交換だけで良いのだ。食事会やお泊り会など必要無い。
そして情報もある程度は出揃って来ている。
個別に時間を取って試してからでないと、話す事が無い。
覚えただけで影魔法も召喚魔法も鍛冶スキルも、まだ良く分かってない。
少し試行錯誤の時間が要る。
彼女が望むなら一緒に仕事する日を増やしても良いかも知れない。
二人でならいくらでも試しようがある。
「とりあえず一緒に仕事する日を、三日に二日くらいの頻度にしないか聞いて見るよ」
そんなコウヨウの言葉を聞いて「ニャンか違う」と思うミケアだった。
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