第104話 交渉


 仕方が無い、自分で話すとするか


 チームジャパンが二人だけとはいえ早々にここに来た理由はやはり、副支部長の件が要因だ。

カップラーメンを手に入れられるのはリーダーのマツオカで。

治療費については、そのマツオカが副支部長に泣き付いた。

「同じことが起きるなら駄目だが、和解すると約束するなら話を纏めよう」というような事を言われたと言う。それで向こうも接点を探していた。

そこを繋いだのがサクマのパーティ。

マシロ(ホクト) → サクマ(他) → 狐人 

こうやって繋がって、今日急に訪ねて来た。


 ただリーダーのマツオカは、怪我が万全でない事。この場所が街から離れている事。落とされた事がトラウマになっている事。それが理由で俺に会いたくないらしい。

怯えているので今日は二人だけ来たという。

 ついでにうるさいのを置いて来たのは纏まる話もまとまらなくなるから、と悪びれもなく言っていた。

そこだけは評価できる。だがどこまで本音だかは分かったものではない。

おそらくそれは正解で、連れて来ていたら話は進まなかっただろうけどな。



 ここで一つ疑問なのは「アキノに弁済させろ」ではなく、「何とかして欲しい」と言っただけだという所。

胡散臭いが今の所俺が弁済させられた話が出ていない。知らないのか、とぼけているのか。

 もしもそれが本当ならば俺の通帳からゼニー貨幣を引き出したのは、副支部長の独断という事になる。

収支のデコボコプラマイ平坦たいらにしなきゃならないのは理解出来る。

いくら副支部長でも、治療費として貸しにしてあるマイナスをゼロにする事は出来ないと見える。治療院にいる回復術師に払う給料もある。マイナスを力技で消すほどの権力は無い、となる。

で、その穴埋めに俺の金を回すと。

ひどく雑なロンダリングだ。


 ちょっと流れが理解出来る人間が見ればすぐ判明する工作だろう。

頭が悪いなら良いのだが、多分違う。別に賢いという意味でもないが。

それで問題ないと思っているだけだ。

 副支部長という役職を持ち、貴族の孫という血が流れている。それが全ての問題から守ってくれる、という立ち位置にいることを良く分かっているのだろう。

 事実何も出来ない、詰んでる。

俺がこう思うのが想定内で。なのでバレても問題ないと思っているのだろう。それもまたその通りである。悔しいねぇ。


 ま、現状は。なんだけど。

どうにもならないし、言われた通りやるしかない訳だ。

となると直近で最大の問題はチームジャパンの事ではなく、早く帰ってくれないと夕飯が食べられない事の方に戻る訳だが。

さて、どうにかしようか。


「んー、話中にごめん。マシロ、ホクト、ござる。俺も会話に参加して良いかな?」


「勿論、良いネ」「早く終わらせてよ」


 名前を呼んでない女子二人から返事が来た。

君らには聞いてないんですけど?

まー、みんな夕飯をお預けされてちょっとイライラして来てるからね。

サユリんだけでなく、調理の終わったアオバとナグモも俺の方に寄って来ている。

喋っても良いから手を出すなって事で、まーた後ろに立たれるのだろう。これも想定内。


「コウさーん」「すいません、お願いするっす」「お頼み候」


 交渉組もオッケーと。

話し合いの場が、俺のいたテーブルに変わる。

ちなみにアオバが作ってた錦糸卵はけっこう焦げたようだ。竈で作るのは難しいので、なるべく早くカセットコンロを手に入れてやりたい所。

その辺も探りたいんだよなぁ。


「さて、知ってると思うがアキノと言う。ここからは俺が、俺の判断で話すので他の七人とはまた別になると思って欲しい。何か決めるならば君らが帰ったらまた話して、改めて許可を取らねばならない。

 と言っても分からないだろう。だからそこから説明するよ?

君らは二つのパーティだが、俺たちは三つのパーティから日本人だけが集まって交流しているだけなんだよね。何かを求められても、個人の裁量でオッケーは出せない。

なので今日はここまでにして終わりにしませんか?

我々は夕飯の時間なのでお引き取り願いたい」


 周囲から「おー」という声があがる。マシロらははっきり帰れとは言えないからね。

俺が言うしかあるまい。


「えーっと、アキノはんと呼ばせてもらいまっせ。アキノはんらはここにいる八人で手を組んでいる。それでアキノはんがリーダーだと思ってたんですが・・・・・・

ちゃいますんか?」


「ちが」「違くも無いけど、リーダーではないかな?」

「決めると嫌がるの分かってるものね」「似たような感じっすかね」「実質リーダーネ」


「・・・・・・」

「・・・・・・」


 何か背後から勝手に声が漏れて来てるんだけど?

急に喋る人が増えたから、目の前の狐人が黙っちゃったじゃないか。

来た時名前を名乗ったんだけど、なんだっけな? 忘れた。後で確認しておこう。


 それにしても早く夕飯食べたいんじゃなかったのかな?

ジト目で見ると

「ごめん。黙ってる」と隣のリサから返って来た。後ろからも頷いている気配がする。

そうしてください。


「細かい事は省くが、情報交換を目的に集まってる。それを手を組んでいると評するかは見る人次第かな。

年長だからそれっぽい振る舞いをすることはあるだろうが、俺が1人で決めて全員が従う、そんな関係ではないよ。それを納得しないならそれで構わないが、とりあえず本題に入ろう」


「本題、でっか?」


「夕飯だから帰って」


「・・・・・・」


「そうだ帰れー」「帰レ帰レ」


 サユリサは黙る気が無いらしい。

リサリサは俺と同じくらいチームジャパンが嫌いだし、サユリんもこの狐野郎が嫌らしい。

仕方が無いと言えば仕方が無いんだが。俺年長者って自分の事言っちゃったんだけどね?

それっぽく扱って欲しい。


「いや、何も解決してへんのに帰れませんがな。ワテも帰ったら皆に報告せなあきまへんし」


 そして向こうも同じくなんだ。ある意味使い走り。

わざわざ来てくれたのはありがたいんだけどね。探す手間が省けたし。

夕飯時じゃなきゃもうちょっとまともな対応したんだけど。


「あのさ、面倒な駆け引きを止めて取引しないか?」


「取引でっか?」


 取引という言葉に狐野郎が反応する。

だがこの時点から見るのは狐ではなく、その横にいるオークレディのような巨体の女性。サクマに向かって話し始めた。


「あー、しゃーない。話が進まなそうだしな。怪我した奴の足を治療しても良いよ。その代わり他の日本人を全部集めてもらいたい」


「他の日本人でっか? なんでまた?」


 自分の方を向いてない事は狐野郎も分かったようだが、それでも相手は自分だと主張するように会話を譲らなかった。


「その場で足を治す条件として、現在先行して得ている情報を全部ぶちまけてもらおうか」


「・・・・・・それは出来まへんな。

いや、治すゆーてくれはるなら、多少の情報提供くらいするようには協力させてもらいましょ。ですが他の日本人を集めてぶちまけろ言う、そんな話は聞きけまへんて」


 やはりこの狐野郎も全権を持ってはいないらしい。

勝手に決めるとうるさいのがいるんだろう。それは容易に想像がつく。だが別に、そこを考慮してやる筋合いはない。

この時点で一度だけ狐人を見る。

なるべくがっかりした顔を浮かばせ、すぐに視線は移す。見る先は自分側の三人だ。


「じゃーこの話はナシで。マシロ、ホクト、ござるも、話を切り上げて良いよ。決裂って事でさ、さっさとお帰り願おうか。

あと夕飯は人数分しか用意してないから粘って居座っても出さ無いよ。追加を用意するつもりも無いし」


 この言葉に全員が驚いた。だが驚いた箇所が立ち位置かによって恐らく違う。

分かりやすく「えっ!?」という声が主にサクマのパーティメンバーから上がった。

だが一番反応したのはそちらではなく、マシロとホクトだが。

 これはしゃーない。副支部長に俺が、これ以上目を付けられないように二人は動いてくれた。それ故の話し合いの場だった訳だし。

だけどこれ以上引っ張ってもね。考慮も妥協も出来ない以上、続けるだけ時間の無駄なんだ。


「いや、コウさん。駄目っすよ」

「そうですよ。コウさんだって副支部長に仲良くしろって言われてたんじゃないんですか!?」


「別に仲良くしろとは言われてないよ。それはあっちのパーティだけじゃない?

俺はなんとかしろと言われただけ。しようとしたけど、断られた。無理なもんは無理だからしゃーない」


「いや、アキノはんも回復魔法を使える聞いてまっせ? マツオカはんを治してくれはれば良いんでは?」


 あっさり諦めた事に再度驚いたようだが、狐野郎が続けて言う。だが両手を広げてお手上げのポーズを取ってやる。

その上で狐野郎では無く、やはりオークレディサクマを見て言う。


「どっかの他の新人に無理矢理前衛させてた魔法特化パーティと違って、地道にレベル上げしてるもんでね。足の骨折を完全に治すのに魔力が足りる保証が無いんだな、コレが」


 オークレディがにやぁ と笑った。怖えよその顔、食われそうだ。

自分に向かって言われた言葉にピンと来たのだろう。アオバが頭は悪くない、と言ってただけはある、かな?


「ぐふふふふ。ワレ、意図を得た。

良かろう、良かろう。ワレも回復魔法は使えるが、足の骨折を完全に治せと言われると確かに心もとない。その条件なら協力してやっても良い。協力すれば治る可能性も高まろうぞ。

あとワレも冷やし中華食べたい。一人分くらい何とかならぬのか?」


「ナニ? その喋り方? 協力はありがとう。察しが良くて助かるわー。でも耳は悪いのかしらね?

人数分しか用意してないって言ってるでしょ。早く帰りなさい。この村には食事を出してくれるとこなんて無いわよ。

あ、コウさん。その条件なら勿論、私も協力しますわよオホホホ」


 サクマの言葉に返事をしたのはやはり、アオバだった。

隣でリサが「アオバこそその喋り方何よ」と言ったのはアオバには聞こえて無いだろう。

 仲が悪いっていうか、アオバが一方的に嫌ってるんだよね。

だからマシロがアポを取る事になって、彼氏のホクトがサポートに入った。という関係。

良好ないし、普通の関係だったらマシロとアオバだっただろうさ。



 意図が伝わればそれで良かったのでそれ以上突っ込むつもりも無かったが、ちょっと引きつつさっさと会話を引き継ぐ。


「ま、そう言うこった。個人で治せる範囲を超えてるから。

今二人が手伝ってくれると言ったが、それで治るって保証もない訳だ。どうせなら日本人を全員集めて協力させた方が良い。他に回復魔法を使える奴がいるかも知れないし」


 あと確実に回復魔法を使える事が分かっているのは道明寺菜桜だ。だが俺からは連絡はしたくない。

なんだかんだ一緒にいる事が多いのであちらに繋がりはあるだろう。


「いやいやいやいや、やはりそれは受け入れまへんがな。他の日本人に協力を求めるならアキノはんが情報を提供してくれればええやないですか? あんさんがマツオカはんを落としたから起きた問題でっせ? その責任感じてまへんのか?」


「え? 突き落とすくらい嫌ってるお前らの為に、落とした俺が協力すると本気で思ってるの? 別に俺は副支部長になんとかしろって言われたから妥協案を出しただけで、治したいとか仲良くしたいなんて微塵も思ってないんだけど?」


「「・・・・・・・」」


 この言葉に完全に沈黙したチームジャパンの狐人、そしてその後ろに来ていたエルフの二人。

ここで改めて当人がこの場に居る。なのに交渉の場に出て来なかった意味を察したようだ。

嫌われているのは自分たちでは無く、そいつを連れて来なければ話くらい出来るだろうと思っていたようだが、既に同じ枠組みの中にいるのだよ。



「別に俺は副支部長に『お前らが拒否したからこれ以上出来る事は無い』って報告するだけだぞ? あとは向こうがどう思うかだし。

仮にブチ切れられたとしても別の街に移動すれば冒険者は続けられる。前衛がいなきゃレベル上げも出来ないお前らと違ってソロでもいくらでもやりようがある。

システムがアナウンスする程度には情報を持ってるからな。

だがそれを他人の足の骨折治す為なんかに提供しない。騒ぎがデカくなったら黙って消えるだけだ。本気でヤバくなる前にな。

さ、話は終わりだ。俺たちは飯。お前らは帰る。かいさーん」


 そう言って立ち上がり、しっしと手を動かしながら麺を茹でるために竈に向かって移動する。

後はあっちが持って帰って考えるだろう。その結果次第じゃトンズラすることも話とかにゃならん。

なんでもう、自分で作り始めちゃった方が早そうだ。茹でるだけだし。当番とか無視でいいか。


「はい、かいさーん。さー帰った帰った」


 アオバが俺の真似? をしながら言ったので振り向くと、リサリサも立ち上がるが狐野郎の前に行くのが見えた。せっかく俺が手は出さなかったのにリサリサが手を出しちゃマズイでしょ。

何かやらかす前に止めなきゃ、と思ったらベロを出して片目を引っ張り、あっかんべーをしてこちらに向かって走って来た。そして良い笑顔で言う。


「もーお腹すいたー」


 子供か? 気が済んだんなら良いけどね。俺もだよ。腹減ったね。


 その後は狐野郎やサクマのパーティが居ないような空気を作って、食事の準備を始めた。


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