第101話 受付カウンターにて


 ダリーシタの街、冒険者ギルド。

そこに受付担当として在籍する職員ゴンザレスは今日もカウンターにいた。

今日も一日頬杖をついたまま。


 冒険者ギルドが発行している冒険者証は特殊な魔道具であり、近隣ではここでしか作る事が出来ない。

故にこの街の冒険者ギルドは周辺の支部の統括を担い、一番大きい規模を誇っている。


 故に受付カウンターは数も多く、そこに立つ者は整った者が多く選ばれている。

顔採用と兪やされるほどに。

 その中で元冒険者であり強面で、トラブル対応の為に雇われているゴンザレスの前にわざわざ並ぶ冒険者は多く無い。


 もうすぐ日が暮れようかという頃、最近よくゴンザレスの受付を使う新人が冒険者ギルドの扉を潜って入って来た。肩に一人、別の男を担いで。

その新人は後ろに前髪で顔を隠した女と槍を持った猫耳の女が続く。二人の女性冒険者を引き連れてゴンザレスの前に歩いて来た。


「よう、あんちゃん。今日も駄目だったか。これで三度目か。まぁなんだ、苦労かけるな」


「引き受けた以上仕方が無いさ。これはこれで勉強になるかいいよ、良い経験だ」


 男の名前はアキノコウヨウ。

ニフォン村という、元冒険者だったゴンザレスですらどこにあるか知らないような小さな村の出だが、今季の新人で一番ステータスに恵まれた男だ。おかげで有望株との呼び声高く、他の受付職員の間で密かに争奪戦が行われている。

だがそれでいてなかなか手のかかる男で一部では問題児扱いされてもいて、そんなところもゴンザレスは気に入っていた。


 アキノは担いでいた男をゴンザレスの前のカウンター近くの椅子に座らせると、回復魔法を掛け始める。

担がれていた男もまた問題児だ。

 名をバイロイという。冒険者登録は一年前。

 狼人族の十六歳でベースレベルは11。

盾と片手剣術を得意とする前衛系アタッカータイプだが、猪突猛進で協調性が一切無い。

近隣にある別の町の冒険者ギルド支部に所属していたが、パーティの指示をろくに聞かない問題児だった。

先日、今季登録したばかりの新人パーティからも追い出された。その件でついに支部では所属するパーティのアテが無くなり、その支部よりも規模の大きいこの街に移動して来た。


(パーティの斡旋を何度もして、支部がそれでも手元に置いとこうとしたのは若手の中じゃ突き抜けて剣術が上手ぇからだ。この狼人族のガキは剣術道場の家の四男。チビの頃から剣をおもちゃ代わりに育てられた。実際そっちの支部の若手じゃ相手にならねぇ存在だった。

それをコウのあんちゃんはこれで三度、あっさりぶちのめして連れて帰って来るとはね)


 このバイロイは先日、冒険者ギルドのお偉いさんと面会した時に、交換条件でアキノに引き取らせられた男だ。

問題児は問題児同士。上の考えそうなこった、とゴンザレスは思うが面白くなくもあった。

 ちょうどその時期、アキノには別の新人から複数人からパーティへの参加の打診が来ていた。

そちらを受け入れてもらおうと根回しをしていたゴンザレスにとって、この件はなんとも微妙な扱いの案件だ。

 このバイロイを預かる事になった為に、ゴンザレスが斡旋しようとしていた三人の事は断られてしまったからだ。

「バイロイが落ち着くまで新しく人を入れるのは様子を見るよ」

そう言って断られてしまえばゴンザレスとしては引かざるを得ない。


 そんな流れでパーティに入ったバイロイが、意識を失った状態で担がれて帰って来れば何があったかは察せた。



「そんな勉強になる、なんてほど楽な相手じゃねぇはずなんだがなぁ。やっぱりあんちゃんはどうかしてるぜ。ミケアの嬢ちゃんらはどうだ? 見てたんだろ? 上手くやれそうか?」


「うニャー? ウチらは問題ないニャ。どうせ喧嘩するのもアキノだし、任せておくから大丈夫ニャ。そもそも喧嘩相手にすらニャって無いしニャ」


「おい、それどうゆうこった? コウのあんちゃんはそんな強くなってるのかよ?」


「影魔法ニャ。外れ魔法なんて嘘ばっかりニャ」


「影魔法・・・・・・?

いやいやいや。俺もそれを使えるって奴を何人も知ってるが、そんな圧倒的に強くなるような魔法じゃねぇぞ?

それに使えるようになったばっかだろ? こないだレベルが上がってあくて何とかされたって喜んでたんじゃねーか。しかもそれ以来変なババアの夢を見るようになったとかって、それで怒ってたのも確か影魔法関連だからとか言ってたよな? どうゆうこった?」


「知らないニャ。聞いてもよく分からニャいし、詳しく教えてもくれないニャ。自分で聞けニャ」


 ミケアの言葉にゴンザレスはアキノを見る。

だが軽く微笑んで「清算よろしく」と言って荷物を広げだした。答える気はないらしい。

回復魔法を掛けられて意識を取り戻したバイロイも立ち上がって「さっさとな」と言って横に並ぶ。

 その顔には不満が滲んでいるが、これ以上騒ぐ気が無い事はゴンザレスにも分かった。

前回と同じだ。揉めてもまた行動を共にしているのは負けた事を受け入れて、それでもなお一緒にいるのだろう。

アキノと同じく、自分の荷物から本日の狩りの成果を広げていくバイロイ。

仕方なくゴンザレスは先に清算を済ませる事にした。




 清算が済んだ後、話を聞こうと思ったゴンザレスだったが邪魔が入った。

副支部長にアキノは呼び出された。

 時間は掛からずに戻って来たが、戻って来たアキノのその顔は明らかに不機嫌だった。

他のパーティメンバーは既に帰路についた。他に誰もいないカウンターでゴンザレスは問うた。


「あんちゃんよー、なんか言われたのか?」


 先日の騒動時、副支部長がアキノにかっぷらめとかいうモノを求めた事は知っていた。

その話は無理だと断ったが、その時にアキノが何件か交渉をした事も一緒にいて聞いていた。


 その一つが調合室の使用許可と値引き。

〝調合室〟は冒険者ランクEと〝錬金術スキル〟もしくは〝薬師〟スキルを所持している事で許可が下りる設備だ。


 元々錬金術スキルを持つアキノに、レンタルがあると教えたのはゴンザレスだった。

アキノにはティルナノーグという保護者がいるので、その時は使う事になるとは思っていなかったので雑談の一つだった。

だがその保護者たちが、王都に行ってなかなか戻って来ないでいる。


 錬金釜だけを借りれると思っていた彼は、手持ちの回復ポーションがなくなったらしくその件を聞いてきた。細かい条件を教えるとショックを受けていた事をゴンザレスは覚えている。

話を聞いた副支部長は代わりに、他所の支部から放り出された問題児、バイロイをアキノに押し付けた。


(それだけじゃなく他にも、条件出したり出されたりしてるんだよな~このあんちゃんはよ。

普通の冒険者は冒険者ギルドの上役と交渉なんてしないってのにっ全くよぅ)


「なんかさ」


「おう? どうした?」


「俺が突き落としてやったカスの足を治してやれってさ」


「・・・・・・・なんでまた急に?」


「『君は回復魔法を使えると聞いてる。面倒になる前に自分で治せるなら治してしまったらどうだ?』だってさ。

これ見よがしにテーブルにカップラーメンが置いてあったよ。つまりはそう言う事なんだろうさ」


「ふむ、なるほど。

つまりどういうこったい、あんちゃんよ?」


 ゴンザレスにはアキノ言う言葉の意味が分からなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る