第102話 信用問題


 冒険者ギルド、副支部長室。

椅子に腰かけたままの副支部長の前にコウヨウは立っていた。

肩書の割に若い副支部長だが、調度品は年齢に見合わず値が張る物が置いてある。

 その中でもひと際値段の張りそうな事務机を挟んで、二人は向かい合う。

机の上に一つ、コウヨウから見れば値段に見合わないように見えるカップラーメンが置いてあることだけが違和感だった。

その置いてあるものを見て、良くない話だろうとコウヨウは察していた。


「喧嘩両成敗、というのが冒険者ギルドとしての裁定だ。血気盛んな冒険者だ。口論では済まず手が出る、くらいはするだろう。それはいい。

だが今回の君たちの件についてはそうはいかないんじゃないか、改めて記録を堪忍して私は考えた。

君にも言い分はあるだろうが、二階から突き落とすという行為は喧嘩の域を超えている。真似する輩が今後現れてもいかん。

とはいえギルドが一度下した裁定を覆すのも、な。体裁が悪い。

次は無い。そう肝に銘じたまえ」


 椅子から立ち上がると、後ろを振り向き窓の外を見ながら芝居がかったようにそう言う副支部長の男。

コウヨウからはどのような表情で言っているのか見えなかったが、ろくな顔をしていないだろうなと思っていた。


「今回の件、掛かった治療費を君に持って欲しいそうだ。

詳しくは聞かなかったが七日縛りがと言っていた。それで分かると。

彼らはその為にギルドに借金をして何とか歩ける程度に回復させただけで無理して仕事をこなしているらしく、随分大変らしい。

これは善意からの忠告だが、あまり追い詰めないほうが良い。どこかで譲るべきだ。揉めたとはいえ同郷なのだろう?」


 後ろを向いたままで言う善意の忠告とは?

そう言いたいがコウヨウは黙っていた。何を言っても自分の意見が通らない事は分かっていたから。


「ギルドカードの残高を確認させてもらった。これから入るポイズンオレンジトードの報酬があれば今回の治療費は支払える。

喧嘩相手が借金して支払った治療費は君が持ち、今回の件はそれで終わりにしたまえ。

それでも相手の足はまだ完全で無いのだ。それも君が治してやれば良い。回復魔法を使えるのだろう?」


 相手は冒険者ギルドの副支部長だ。

コウヨウの貯金残高まで把握されている。

ポイズンオレンジトードの報酬は解体して納品した分。そして丸ごと納めた五匹のうち、二匹分の報酬しか支払われていない。

 先に二匹だけが買い手がついたからだ。コウヨウに入った報酬は丸ごとが一匹で二万ゼニー。これが二匹分。

二匹が売れた事で評判になり、買い手が殺到した為に残る三匹は遅れていた。その分はこれから支払われる事になっており、いくらが支払われるかもまだコウヨウは知らない。

だが先の二匹より安くなることはないだろう。


 その報酬を含めて丸ごと、奪われる事が勝手に決まる。

素晴らしきは貴族制度。封建主義というブラック企業も真っ青な洗礼を今、コウヨウは味わった。


「繰り返すがこれは忠告だ。追い詰める必要はない。そして同じことを繰り返すな。


相手方も誤解があると言っていた。同郷の者相手に揉めたいなどとは思っていないそうだ。悪い事は言わない、きちんと話し合った方が良いだろう。

では退室したまえ」


 結局後ろを向いたまま、前を見る事のなかった副支部長に頭を下げるとコウヨウは部屋をでた。

途中すれ違った冒険者ギルド職員がコウヨウの顔を見て後ずさったが、そんなことはお構いなしにゴンザレスの受付に向かう。








 ゴンザレスはアキノを真っすぐ見ていた。

その眼を見ながらも、一つ大きく深呼吸をしてアキノは口を開く。


「『次は無い』って言われたよ。今度揉めたら俺だけに責任を取らせるからな、ってことだろうよ」


「あー・・・・・・なんだその、副支部長がそんな事言い出したのはかっぷら何とかってのが理由なんだろ? あんちゃんには何とか出来ねぇのか? 多少無理し手でも何とか出来るならしとけばどうだ? そうすりゃそこまで面倒な対応しねぇと思うんだが」


「それは無理だね。奴らが調子に乗ってるのは・・・・・・正確にはあの中の一人しか知らないんだけどさ。実家が太いからなんだよ」


「実家が太い? どうゆう意味だ? なんかの隠語か?」


「親が金持ちで裕福って事。俺よりも遥かに援助が期待できるんだよ、その中の奴ってのいつは。

ま、誰がカップラーメンを提供したのかまでは分からんけど。提供する代わりに、どうにかしてくれとでも頼まれたんだろうさ」


 アキノは小さく、「で、あからさまに態度を変えた」と言ったのをゴンザレスはしっかり聞いた。

頷く事で返事をし、だがそれ以上その件については言わない。


「あー・・・・・・・親かぁ。

そればっかりはなぁ。確かにが強いと有利なんだよな、冒険者にしろ、何の職業にしろ」


 当の副支部長が実際にそうなのだ。だからゴンザレスにはその言葉を否定出来なかった。

副支部長は、この街を治める公爵の孫に当たる。

冒険者ギルドは国をまたぐ組織ではあるが、どこにでも好きに支部を作れるという事にはならない。

裏ではこういった事情が存在している。


(あちゃ~そう来たか。こればっかりはあんちゃんを責められねぇな。

肉体的、魔力的、能力的なモンだけが才能じゃねぇ。親ってのも持って生まれたモンだからな。才能の一種と言えるだろうよ。

出来ればコウのあんちゃんにはチームジャパンの対抗になって欲しかったが、そういった理由があるとちっと辛ぇだろうな。

それにしてもあのくそボンボンが、余計な事ばっかり考えやがる。お貴族様にゃ冒険者のガキの事情何てお構いなしだろうがよ、ガキはガキで必死に生きてんだぞ)


 現在最速でレベルアップをしている新人パーティ・チームジャパンと名乗る面子を思い浮かべ、苦い顔になるゴンザレス。

目を掛けているアキノとは逆に、ゴンザレス個人はあまり評価していない。クソガキの集まりだと思っている。

だがそれでも間違いなく優秀な新人であり、集まりでもあるのは分かっていた。


( ちっ、あんちゃんとは方向性こそ違うが、優秀なのは間違いないからな。

何しろ登録したての新人ながらレベル3の魔法を使うガキが二人いて、残る二人もレベル2の魔法を扱うって話だ。

レベルの上げ方はムカつくが、それが通用してたってのはそれだけそのガキどもが魔法に長けているって事だ。新人離れした魔法で、確実に魔物を処理しているからこそのレベルアップ速度だろうよ。

冒険者ギルドとしてはそこに価値を見出さざるを得ず、これまでも強く出られないでいた。あんまりガミガミ言って、他の支部に移動されちゃ目も当てられねぇからな。

魔法に長けた新人が、すぐにまた出て来るとは限らねぇ。多少問題を起こしても、この街で活動して欲しいのが上の本音だ。追い出す原因を作ったら、その職員が上に咎められる)


 これが有能な魔法使いというだけでなく、人間性も優秀なら良かった。

だがチームジャパンというパーティは、他の冒険者を使いつぶすタイプだ。

自分が良い目をみるためには、他人がどうなっても気にしないという考え方をする者。平気で他人を食い物にするだろう。

 元冒険者だったゴンザレスは勿論、ギルド職員もそういったタイプが冒険者の中に存在する事を理解している。

だからこそ警戒し、対策を立てていた。

例え有能な魔法使いであろうと、他の冒険者を使いつぶして良いとは思っていない。


 大半の職員は、だが。

中にはやり方は問わないという職員もいる。それでも良いから結果を出して欲しい、と思う職員も、だ。

特に上の役職についた者ほどそう考えることをゴンザレスは知っていた。


「あんちゃん、短気は起こすなよ?」


「しないって。人を瞬間湯沸かし器みたいに言うなよな。そんな短気じゃねーよ」


「すげー分かりやすく、面白くねぇって顔をしてたぞ?」


「他を当たってくれと言った時からこうなるとは思ってたんだよ。悪い予感が的中すると、何とも言えないや~な気分になるじゃんか。それだけさ」


「なら良いんだけどよ。本当に短気を起こすなよ?」


「大丈夫、大丈夫。今は影魔法がアクティベートしたから気分が良いんだ。あんな奴らどうでも良いよ。相手にせず楽しくやるよ。

あぁ、さっきミケアに聞いてた影魔法とバイロイの件だけど。俺とバイロイにそこまで差は無いよ。影魔法もそこまで有効でもない。

ただバイロイも生活がかかってるから、問題を起こさないように一応考えてるだけだよ。組む時にそれは言ってたから、揉めるのは一日の最後にしてるってだけ」


「あんちゃんは時々よくわかんない言葉を使うよな? あくてぃ何とかは使えるようになった、で良いんだよな? それも、だけどよ。なんで一日の最後に回すと差が無いって言いながら、あんちゃんが圧勝できるんだよ?」


「うん、影魔法は使えるようになったであってる。やっとね、長かったぜ?

出来るのは分かってたけどなかなか使えるようになんなかったから、そういう言い回しになってる。故郷クニの言葉だよ。気にしないでくれ、方言みたいなもんだ。

 で、バイロイだけど組む前に聞いてた通りの奴だったんだ。魔物を見つけりゃ突っ込んでいくし、逃げても勝手に一人で追いかけて行くしでね。

まるで待ての出来ない駄犬だね。あ、狼か。ま、たいして変わらんな。

 なんで一日走り回ってるから夕方には体力残ってないんだよ。へとへとで勝てるほど俺も弱くないってダケ」


「なぁ、それって別にやり合わなくても良いんじゃねーのか?」


「駄犬だからね。向こうの希望なんだよ。何か言われたら、そいつと戦わないと気が済まないタチらしい。俺が勝てば話は聞くって言ってるから、当面は大丈夫じゃないかな。

ま、マジで聞くだけで何も改善しないんだけどさ、アイツ」


「駄目じゃねーか!」


「はっはっは。その辺含めて面白いから大丈夫だよ。剣術は確かに上手いんだ。勉強になるし、戦力になる。ミケアも自分で抜けるって言わない限り、追い出したりしないから安心してくれ」


「あー、仲良くやってくれ。パーティは上手くいってるのが一番だぜ。で、どうするんだ? 治してやれって言われたんだろ?」


「回復魔法はまだレベル1だし、俺だけじゃ無理じゃねぇかな?」


 回復魔法レベル1の〝ヒール〟単体では浅い傷を治せるくらいだ。

二階から落とされた男は足の骨を折っている。それも両足だ。

どの程度治っているかにもよるが、ヒールなら何度も掛ける必要が有るだろう。

だが目の前のアキノは新人では優秀とはいえ、レベルはまだ低い。

怪我の具合によっては魔力が持たないだろう。


「まぁ、そうだろうな。じゃーどうする? 治療費を出してやるのか?

骨折は結構金がかかるぜ? しかも両足だ。錬金術スキルの方も要るんだろ? まだ足りなかったよな?」


「あー金は無い。これまでの治療費は俺持ちだって言われた。もう全部出されたかららしいから、出しようが無いね。錬金術スキルの方はこれで完全に駄目になったな」


「はっ? ちょい待てよ。いくら副支部長だからってそんな事勝手に・・・・・・しねぇよな?

さっきの清算の時入れただろ? って金額まで確認してねぇな。ちょっとギルドカードを貸して見ろ」


 ゴンザレスの言葉に首から下げた冒険者ギルドのカードを渡すコウヨウ。

少し前から百均コンビニで買ったプラケースに入っているが、それについてもノーコメントで通している。ケースの上からでもギルドの魔道具には通る。それは何度もやっているので確認していたゴンザレスは手早くカードを通した。


「・・・・・・今日の精算分しか入ってねぇ。何やってんだ、ったく!」


 冒険者ギルドの支部長であろうと、副支部長であろうと冒険者個人の通帳から勝手に引き出す事など出来ない。ただしそれは不可能なのではなく、信用上やってはならないことだからしない、という意味でだ。

この作業が出来る魔道具は貴重な魔道具で、この冒険者ギルドにも数台しか置いてない。そして必ず誰かが見える位置にある。

副支部長の部屋には無く、カードは目の前の少年がずっと胸にぶら下げて過ごしていた筈だ。

となればカードを通さずに、別の場所でその取引を行ったのだという事になる。


「あんちゃん、副支部長の部屋で」


「してないねぇ。なるほど。信用問題なのね」


 目の前の男の前世が日本人という事など知らないゴンザレスには分からなかったが、会話の流れでコウヨウは不正があったことを察していた。

銀行員や会社員、横領事件など珍しくもない世界で生きていた男だ。

それで後半はかなり小声で言っており、ゴンザレスにも続けて「誰にも言わないって」と言って薄く笑ったことで察している、という事はゴンザレスにも伝わった。

それは吹聴すれば碌な事にならないのは分かってる、という共通の理解でもあった。


「ま、騒いでも仕方が無いし、一つずつ片づけるよ。とりあえずは知り合いの、回復魔法を使える奴に相談かなぁ。この後会う約束してるし。合流したらまた来るよ、じゃあな」


 そう言ってアキノはカウンターから離れて行く。

勿論その前に、残る残金は全て引き出して、から。

この日アキノコウヨウにとって、冒険者ギルドはお金を預ける上で信用出来ない組織という認識になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る