第94話 Falling from
(リサ視点)
嫌な奴らに見つかった。
こちらに向かって歩いてくるのは元日本人。
先頭にいるのは最近出来た仲間の、昔の知り合いだという四人組だ。
集まりで何度か会った。
その人たちはまだ良い。
問題はその後ろ。
こっちの世界に来た時に、一緒だった四人がいる。
その中でも最も大嫌いな男が叫んだ。
そして先頭の女性を追い越し、前に出ようとする。
「あ、おい、お前、何でそいつと一緒にいるんだ! 俺ちゃんは許さねぇぞ!」
こいつが嫌いだ。
こいつはわたしを物として扱った。自分の意思の無い物だと。
そして自分に従うモノだと勝手に思い込んでいる。
女をそんな風に扱う男が、世の中に多いのは知っている。
その中でもこいつは最悪だった。
別の世界に放り込まれた直後で、一人だけの女の子供。そう見て高を括ったのだろう。
好き放題やってくれた。
触られた。髪を引っ張られて、服を何度も脱がされそうになった。
ブレザーの上着はこいつのせいで少し裂けた。
その場にいた、他の奴らも嫌いだ。
それを見てニヤニヤと笑ってた。
まぁまぁと口では言いながら、一切止める事はなかった。
わたしが抵抗しなければこいつらも参加していただろう。
流されていたら何をされていたか分からない。
こいつらと居る間は、ずっとその恐怖と戦っていた。
〝わたしが誰と居ようが自由だ。アンタには関係ない。
お前とか呼ぶな。アンタにそんな呼び方をされる筋合いは無い〟
あの時も何度も言った。
何度でもハッキリ言ってやる。
そう思って立ち上がった。
だがわたしが叫ぶその前に、既にわたしは背中の後ろだった。
「訳分かんない事言いながら、俺の仲間に近づくんじゃんねーよドカス」
後ろを振り向く事なくそう言った。コイツ。
他の仲間がコイツを頼りにするのが分かる。
最近はサユリさんも随分距離を詰めた。男が苦手だと言ってたのに。
考えてみるとこうやって頼りに出来る大人は父さん以来かも知れない。
そしてコイツと、向こうのアレが死ぬ前は同い年だったなんて。
分かってはいても、信じられない。
右手にはフォークを持ち、左手は腰の後ろに装着している、今日借りて来たという斧に伸びている。
「そこにある全ては俺の武器。そう言えるのが俺の理想かな」
そう言っていたのはつい先日だ。スキルの習得に関して協力しないか? と持ち掛けられた時。
目指すものを聞いたわたしに、理想をはっきり言えたのはコイツだけだった。
そう笑って語ったコイツが、本当にそれを体現しようと努力している事は知っている。
仲間の誰よりも長く訓練所にいて、誰よりも自分に厳しく鍛えている。
訓練所から戻っても、暇さえあれば魔力操作の鍛錬だ。
かと言って考えなしでもなく、人よりも細かく調べていたりする。
カトラリーのナイフとフォーク、それですらコイツの手に在れば
投擲術のレベルは既に2で、短剣術と体術のレベルも同じだと言う。
それが嘘ではない事は接していれば分かる。
教わっていれば痛感する。スキルを持つ者との差。
訓練所で見た投げナイフは外れた事が無く、武術初心者は木剣を持っても槍を持っても、短剣の木剣であしらわれた。
だからだろう。
「働きたくない」そう言ってたござるですら、これからはスキルの習得に全力で協力するでござると言いだしたくらいだ。
使える魔法は火水風土の四属性に回復魔法。今は影魔法の習得方法を模索していて、武器戦闘のスキルは数種類持っている。
準備が整ったら〝錬金術〟のスキルを私たちにも教えてくれると言う。
その〝錬金術〟スキルも既に2で、次にレベルが上がったら〝召喚魔法〟のスキルが出るのは確実で。
何だか分からないけど多分もう一つ何か術がつくスキルを覚えている可能性があらしい。
聞けば聞くほど訳が分からない男だと思った。
だけどコイツから教わる事は本当にいっぱいあった。
コイツがいなかった日本人の集まりでは、レベルが上がればスキルは自然に覚える、という意見が優勢だった。だから最初は何をおいてもレベルを上げるべき、と。
言い出したのは、最初に一緒だった四人の男たち。
反対意見もあった。だが大きな声で遮って、強引に話を押し切ったようなものだった。
そいつらは今はチームジャパンと名乗っている。
日本人の恥さらし。
わたしたちの居ない所で、「自分たちは他の
「自分たちに逆らえばその二十五人が黙っていない」 と脅された人が、新人冒険者の中にはいっぱいいて、それが怖くて言う事を聞いてしまい、酷い目にあった新人冒険者もいるらしい。
中にはわたしたちを逆恨みしてる人もいるらしい。
本当にどうしようもない奴ら。
あいつらは日本人の集まりで言ったその言葉を実行する為に、無理矢理他のパーティの人間に自分たちのパーティの盾をさせてレベルを上げていた。
背中を向けた男は、どこで調べて来たのか言っていた。
ベースレベルは8、10、13、15、18、20と壁があるらしい。
「順調なら気にしない、鼻で笑って終わり。でもそうじゃないって事は上手くいってないか、このまま続ける事に不安があるか」
あいつらのやり方じゃいつか必ずどこかで躓く、と。
前衛のレベルの方が高く無いと、そのやりかたでのレベル上げは成立しないのだそうだ。
システムのアナウンスは一緒にいた元日本人全員と、離れた場所にいたござるにも聞こえていた。
なので他の日本人にも聞こえているのは想像が出来た。
ここに来たという事はその通りで、行き詰って来ているんだろう。
多分来るだろうね、とみんなで笑って話していた。
本当にその通りになって、笑えないから困る。
「来たら俺が追い返すからいいよ。どーせ俺から聞きだしたいんだろうし」
確かにそうは言っていたが、こうやって率先して動き、庇われてしまうと自然と口元がニマニマしてくる。
疑ってはいなかった。してくれるだろうとは思ってた。
でも、いざされてみれば。
改めて、頼りになる大人が自分の傍にもいると実感できる。それだけで安心する。
強くあろうと、男なんかに負けない、ずっとそう思っていた。
こっちに来てから強く思っていた。
ずっとどこかで不安が消えなかった。
変な奴だけど。
目つきが悪いが、別に悪い男じゃない。
静かだと思ったら、物凄く冷ややかな目で眺めてる時もある。
なのにやることが時々めちゃくちで、困る男でもある。
ござるが合流した時だってそうだ。
誠意をみせようとござるは精一杯頭を下げた。
土下座をしてみんなに頼んだ。
都合が良い事はわたしだって分かっている。
でもそれが、あの時にござるが出来る精一杯だったと思う。
対してコイツはやり返した。
土下座を。
意味分からなくて、マシロもアオバもパニックになった。
だってそうでしょう? コイツが土下座する意味がないんだから。
「ん? 別に協力関係になるのに反対はしないよ?」
必死に二人に立つように言ったわたしたちに、コイツはあっさりそう言った。
「じゃー何で土下座なんてすんのよ!?」
「こんなのただのポーズで、しても意味が無い。
って覚えておいて欲しかっただけだよ」
土下座なんてただのポーズ。したところで意味がない、とそう言った。
ござるを馬鹿にするつもりはないらしい。
今回はそれで良い。
でも今後、誰かに土下座をされて頼まれたからって、それで折れて欲しくない。
だからやって見せたんだそうだ。
「武道をやっていたんだから、座礼くらい毎日してたでしょ? 対して変わらないじゃん」だって
確かにそうではあるんだけど。
だがそうじゃないとも思う。詭弁だ。座礼は座礼。土下座は土下座。
だが違いは説明出来なかった。
だがその機会はすぐに来た。
「アナウンスの内容を聞かせてもらおう思いましてな」
悪びれもなく狐人が言い、他の日本人も追従した。
予想通り聞きに来た。殆どチームジャパンとコイツの元同級生が騒いでただけだけど。
対しコイツは
「はははっ、勝手すぎるだろ。何様だ?
レベル上げの手伝いをしなきゃ情報を教えないって言いだしたのは、チームジャパンって名乗ってるお前らなんだろ?
同じ日本人だから? だからなに?
それだけじゃ駄目。手伝わなきゃ教えないって方針で始めたのはお前らじゃねーのか?
なのに自分らが聞けば何でも答えてもらえると思ってんの?
聞きたいなら力づくで聞きだしてみろよ」
そう答えた。
結局これにアレとか元同級生が騒いでグダグダになって。
酒場の中という事も有って店主が怒って包丁を振り回し、階下から冒険者ギルド職員もやってきて騒ぎが大きくなる。
その中で確かに出た。
「何なら土下座でもしまっせ。して謝ったらええんやろ?」
というセリフ。
もし本当にされたらどうなっただろうか?
先にコイツがやって見せてなかったら?
もしかして絆される仲間も出たかも知れない。
そうなったらまた違った展開だったかも知れない・・・・・・
結局この騒ぎはコイツが、最悪の方法で〆る。
二階から、吹き抜けの所から。
落として、笑ってた。
「はははっ、これ一度見たかったんだよね。酒場で冒険者同士の喧嘩はマスト。
酔っぱらいが喧嘩して二階から落ちるのはここの支部の名物だって聞いてたんだけど、俺が来てから一度も起きてないし」
そんな理由で人を突き落とさないでよ・・・・・本当に。
「大丈夫、足から落としたし。
回復魔法のある世界じゃ、二階から落ちたくらいじゃそう簡単に死なねーって」
じゃないわよ、もう。
本当に・・・・・・バカ。
コイツは自分が悪者になるのは構わないんだろう。
けどさ、それを嫌だと思う仲間がいることも知って欲しい。
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