第92話 工房と鉄鉱石


 ネコ車と呼ばれる手押しの一輪車がある。その上には鉄鉱石。

品質は低品質から標準だ。それが山盛りになっている。


 そいつを押して来たホクトが俺の横で傾ける。

ズザザザッと音を立てて地面の上に鉄鉱石が山を作った。

そして空になった手押しの一輪車を押してホクトは外へと戻って行く。

ホクトがいなくなると今度はナグモだ。彼が鉄鉱石を運んでくる。


 床の上に山盛りになった鉄鉱石は、鍛冶炉に放り込む。

その役目は俺、そして〝ござる〟

平スコを山に突っ込んで掬い、炉の中で燃え盛る炎の中にくべていく。


 この鍛冶炉も魔道具らしい。

数百度、それこそ千度を超えるような熱を放っているのだろうが、外まではあまり影響がない。

さすがは魔道具だ。だがそこに鉄鉱石を放り込んでいれば、こっちの身体が熱を持つ訳で。

俺もござるもホクトもナグモも、暑すぎて既に上着を脱いで上半身は裸だ。

女子がいないってのはこうゆうときに遠慮しなくて良いから楽だ。


 結局ござるは仲間に迎え入れる事になった。

今回は鍛冶スキル習得の一環。

鍛冶工房の手伝いに来ている。

 他にアテが無いので、あれからも最初に行った工房に何度か手伝いに行っていた。

四度ほど通った所

「鉄鉱石から鉄を作るのに人手が欲しい。その時に来れないか?」

と声が掛かった。

 俺を含めて四人は欲しいとの事なのでナグモらに声を掛け、今に至る。



 この世界の鍛冶は地球とは違う。

俺たちが今、手伝いに来ているような街の鍛冶職人は、市販のインゴットを買うのが一般的だ。

インゴットから武器、もしくは防具を作る。


 買うインゴットにも何種類かあり、鍛冶職人が使う物だと〝鉄のインゴット〟〝鋼鉄のインゴット〟と来る。


鉄鉱石から鉄が作られる。

鉄から鋼鉄が作られる。

鋼鉄から武器が作られる。


これが鍛冶作業の大まかな流れ。

これで出来るのが一般的な武器防具だ。


 この鋼鉄の段階で何らかの手を加える事で、出来るモノはさらに強くなる。

魔物由来の材料だったり、宝石だったり、魔力の籠った何かだったりで変わった武器を作れるらしい。


 今やっているのはただの鉄作りだ。

市販の鉄鉱石を買って来て、そこから鉄を作っている。


 街の鍛冶職人が買える程度の鉄インゴットは品質があまり良くない。

平均からそれ以下の品質の鉄インゴットしか買えないとか。


 ではどうするか。

出来る鍛冶職人は鉄から作る。

さらに出来る鍛冶職人は、鉄鉱石から自分で集める。

俺が手伝いに来ていたこの鍛冶職人は、市販の鋼鉄インゴットでは物足りなかった。


 さらに上の武器を作る為に、今回鉄を作ることにした。

俺たちはそれに便乗して鉄を作る、その手伝いをする事で鍛冶スキル習得の足掛かりを掴みたい、という訳だ。


 これが重労働で、キツイ。

勿論大変だと覚悟して来た。だが、その覚悟の倍くらい大変だった。

 朝から交代で延々と鉄鉱石を運び、運んだ鉄鉱石を炉に放り込んでいる。

鉄インゴットはどんどん出来ているが、夕方までぶっ通しで大量に作る。


 鉄鉱石の放り込み口とは別の場所から出て来る鉄のインゴットを横目で眺めながら、何とも不思議な光景だ何て思いながら黙々と作業を続けた。




 運んでくる鉄鉱石が無くなって。

炉に放り込む鉄鉱石も無くなった。

一時手の空いた四人が見守る中、工房の主の声が響く。


「これで終わりだ!」


 その言葉で全高が俺の倍くらいある鍛冶炉が輝いた。

吐き出し口からは今までとは艶の違う鉄インゴットが流れ出て来て、炉は止まった。


「うん・・・・・・うん、うん。うん・・・・・・お前たち、よくやってくれた」


 高い所で炉の調整をしていた工房主が飛び降りて来て、最後の鉄インゴットを確認する。

最後に出て来る分は、その時作った材料の良い所を集めたモノになると聞いている。

ある意味で今日一日の作業は、そこに集約されると言っても良い。

満面の笑みで振り向いた工房主の顔を見るに、今回の製鉄は成功だったのだろう。

 何にせよ、疲れた。

現在の時刻は15時になる所。

朝は6時にはここに来ていた。そこから交代交代で、休み休みだがぶっ続けて作業していた。

さすがに疲れた。


「ちょっと休憩」


 そう言ってその場に座り込むと、「自分もっす」「同じく」「で、ござるな」と言って皆も続く。

「そうだな」と言って工房主も座り込んだ。

お前も疲れてたんかーい。ってそりゃそうか。ずっと炉と睨めっこだしな。

むしろ一番神経を使っただろう。

何にせよお疲れ様でした。

この後、鉄インゴットの片づけと鍛冶炉の掃除がまだ残っているけど。



 全ての作業が終わったのは16時を少し回った頃だ。

工房主に冒険者ギルドから預かって来た木片にサインをもらう。

これを冒険者ギルドに出せば報酬がもらえる。

とは言ってもこれで帰る訳では無い。


 鉄を作る。鋼鉄を作る。武器を作る。防具を作る。などなど。

全ての鍛冶には意味が有り、その全てに神が宿る。

鍛冶の神と言ったら酒であり、酒と言ったら鍛冶の神、らしい。

片付けが終わった工房に簡単な祭壇を作り、その御前に酒瓶を置く。

 工房主が何やら祝詞のような言葉を唱え、参加した全員で鍛冶の神へと感謝の祈りを捧げる。

一瞬身体が浮いたような感じがし、魔力が吸い取られた気がした。

が、気のせいだろう。魔力は使って無い・・・・・・ハズ。


 工房主が酒の封を開けて、最初の一杯は鍛冶の神へ。

残りは参加した全員で分けて飲み、必ず飲み切るのがこの〆の儀式のマナーだ。

鍛冶の神は飲み残しを嫌うという。本当かどうかは知らん。

ナグモとホクトは酒を飲みなれていないので、一口だけ。

ござるも飲めるので、残りは三人で充分空くだろう。

むしろ足りないくらいだが、そこは儀式だから。

お代わりを催促しちゃ駄目だし、自分で勝手に持ってきても駄目だ。


 そんな俺の気持ちを察したのか、工房主が俺の盃に注いでくれる。

当然、ちゃんとご返杯もした。男の礼儀だろう。


「正直途中で逃げられるかと思ってたんだがな。

誰も逃げず、最後までやってくれて助かった。最後に出来た鉄インゴットは高品質に届いていた。

俺が買える程度の鉄鉱石は低品質か、良い所標準が関の山だ。

それで高品質が出来るのは凄い事だ。自分の力だけでは難しい。ありがとう。お前に声を掛けて正解だった」


「そう言ってもらえるとこちらも嬉しいですよ。クタクタですけどね、幾分和らぐ気がします」


 百パー気のせいだし、単なる社交辞令だけどさ。

お礼を言われると嬉しい。言われないよりは全然な。

また頑張ろうって気持ちになる。

なるよな? 次参加するの俺だけだったり・・・・・・しないよね?


 この世界の品質は標準が中心に


 極上品 超高品質 高品質 上質 標準 低品質 粗悪品 塵屑 となる。

上には難く、下には易い。なので上の難易度表示が多い。

全体の量からすれば僅かだが、標準から低品質の鉄鉱石から、高品質の鉄が取れた。

なら成果は上々だろう。随分とご機嫌だ。

その後も飲みながら、前回雇った冒険者が逃げ出した話や、次に作ろうと思っているらしい武器の構想を聞いた。


「そういえば知ってるか? 鍛冶スキルの話なんだが、ただ闇雲に武器防具を作り続けるよりも、鉄や鋼鉄を作る作業を行った方がレベルの上りが早くなる、と言われているんだ。

実際街の工房の職人よりも製鉄所の職人の方が鍛冶スキルのレベルが高かったりする。

これが不思議な所で、だからといって製鉄所の勤め人に良い武器防具が作れるかって言うと、そうでもないんだがな」


「それは初耳ですね。ですが面白い話です。もしかして今回のこれで鍛冶スキルを取れちゃうかも? なーんてそう上手くはいかないでしょうけど」


 何て笑って答えつつも、横目で三人を見る。

〝ござる〟のベースレベルはサユリサと同じく6。ナグホクのベースレベルは7。

スキルを習得しやすくなる祝福〝千早振る天賦〟の効果範囲内だ。

 同じく俺も、だが俺は先日 〝先駆者〟の祝福も得ている。

こいつはレベル1になるスキルの習得率が10%上昇するという壊れスキルなので、三人とはあまり比較にならないかも知れない。ちなみにその部分は教えていない。


「はっはっは。取れたら凄いが、難しいだろうよ。

だがその時は教えてくれ。何ならうちで働くか? お前らなら真面目そうだしな、歓迎するぞ」


 作業が終わったってのに相変わらず上半身は裸で、ざんばらな長い髪を振り回して工房主が嗤う。

別に工房で働きたいとは思わないが、工房の設備は使いたい。

最初は気難しいおっさんかと思ってたが、何度か来てるうちに多少態度は柔らかくなった。

そのうち設備を貸してくれないかなーとは思ってる。

そう思って横目で鍛冶施設をチラ見した、


 それを気づかれたらしい。


「なんだ? 何か作りたいモノでもあるのか?」


「いえ、現在は自分に何が合うのか探ってる最中なんです。意中の得物相手はいないですね。

ただこいつをどうにかしてやりたいと思ってまして」


 露店で買って以来、常に腰袋にいれてある錆びた斧を見せる。

鍛冶職人だし何か感じてくれないかな~、という打算もある。

持ち手の部分を補強すれば錆びたままでも使えると思うのだが、補強する材料と道具が足りない。

今はビニールテープでグルグル巻きにしてあるが、これだと持ち手からすっぽ抜ける。

なので振り回せないでいる。


「ほう、ちょっと見せてみろ」


 そう言って工房主は斧を受け取った。

「む!」と言ってひっくり返したり、持ち上げたりして見ている。


「外して良いか?」と問われたので頷く。

すると持ち手の部分を外した。そして持ち手に埋まっていた部分の錆びを落とし始めた。


 そっちじゃなくて刃の部分をどうにかして欲しいんだけどね。

やってくれてるのに文句は言うまい。

しばらく見ていると錆が落ち、輝きを取り戻した芯の部分には文字が刻まれていた。

その部分を俺たちに見えるように差し出してくる工房主。読めって事だろう。

まだござるは文字が読めないので、ホクトが代わりに声を出して読んだ


「えーっと、結婚を祝して。ゼン・クニトモって書いてあるっすね」


 ふむ。工房主の名前は確かゼンと呼ばれていた。

依頼書に書いてある本日の就労先の工房の名前は、クニトモ工房だ。


なるほど。なるほど。










『システムより奏上。

プレイヤー名 『 アキノ・コウヨウ 』 及び

『 ナグモ・アカネ 』 『 クロセ・ホクト 』 『 オオハシ・ケンタ』

 の

スキル〝鍛冶術〟 の 経験値獲得を確認。

特典スキル〝千早振る天賦〟の効果によって経験値が重複します。

スキル〝鍛冶術〟 の 経験値獲得指定行動 を 確認。

特典スキル〝千早振る天賦〟の効果によって経験値が追加されます。スキルの取得条件を達成。


スキル〝熱耐性〟 の 経験値獲得を確認。

特典スキル〝千早振る天賦〟の効果によって経験値が重複します。スキルの取得条件を達成。



・・・


・・・・


・・・・・


主神からの許可を確認。

上記四名に、スキル〝鍛冶術〟〝熱耐性〟 を 次レベルアップの際に添付します』

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