第91話 ござるでござる ②



(甘い)


とにかく甘い。微妙な甘さだ。

とは言っても甘味が悪い訳ではない。

カレーには合わないと思っている、それだけだ。

辛ぇって言うくらいだからな。辛い方が良い。

熱い辛いカレーを、はふはふ言って食べたいのだ。


 別に何でもかんでも辛く味付けをしろ、と言ってる訳じゃない。

作る前にも言ったが、別に辛党じゃないしな。

 そこに置いてあるタバスコ? それはなんだって?

売ってたから買った。それだけだ。

どうせカレーを食べるなら辛い方が良い。甘口だから買った。

百均コンビニなのに四百円もした。結構高い。

最もナグモに殆ど使われたんで、今日開けたのにもう半分以上無いけど。


 あいつは辛党らしい。カレーも辛口が希望だった。

寿司のわさびもこいつが殆ど一人で使ったとか何とか。


 俺とホクトは中辛希望。男は常に真ん中を行かねばならん。

俺は別に辛口でも良かったけど。通る訳なかったし。

市販のルゥの辛口なんてしれてるんだけどね。なのに甘口・・・・・・むぅ。


 そして甘口希望はアオバ以外の三人。

で、迷った挙句にアオバも甘口にベット。最初に甘口の票を採決したのが良く無かったな。

 そこであいつが甘口に逃げなければ、三票づつで再投票だっただろう。

多分再投票ならナグモが中辛に来て、勝った。

勝てた筈の戦いだったのだ。


 その場合、お子ちゃま舌どもがギャーギャーうるさかっただろうけど。

だからしゃーない。

 俺たちは我慢すれば甘口でも食える。カレーはカレーだし。

でもお子ちゃま舌は辛口を食えない。この差は大きい。

こればっかりはなぁ。

とは言ってもだ。今後、甘口のカレーばっかり食わされるのも辛いのだよ。

さて、どうしょ

「コウ、聞いてるカ?」


 横からサユリんに突かれた。

聞いてませんでした。

今後どう対応しようかと思ってね。

心を無にしてカレーを食べていた。とでも言おうか。勿論嘘です。

甘口ってなんだよ甘口って。

タバスコかけた所はタバスコの味しかしねんだけど・・・・・・?


「あー、ごめん。カレー久しぶりで」


「ほら、甘口でも美味しいでしょ?」


「ソウデスネ」


 マシロににこやかな笑顔で尋ねられたが、そりゃ頷くしかない。

上からかけられたタバスコの鮮やかな赤さは、彼女の純真無垢な瞳には映らないらしい。

かかってる所は辛いけど、そうじゃない所は甘いという不思議。

かけすぎると辛いだけだからなぁ。

ナグモみたいにドバドバかける気にはならんのだよ。

それでも結構かけてるけど。


 前向きに考えよう、玉ねぎ、人参、じゃがいもは地球の物と似てる。

それが確認出来たのだから良かった、そう考えよう。

さすがにまったく同じ物、ではなかったけど。カレーに使っても大きな問題はなさそうだ。

次は玉ねぎを増やして、中辛と甘口のルゥを半々でやってみないか頼んでみるか。


「次はシチューでもいいかもね」


 横から発せられたアオバの言葉に、皆が頷う。

それだ! 三種類の辛さがあるカレーよりシチューの方が安全だ。


「シチュー、良いと思います」


 全力で同意しておいた。

今後はシチューだけにしようぜ。







「・・・・・・」


 食後の片付けが終わった後、ミケア邸の離れの一室。

車座になった八人の間に微妙な空気が流れる。


 理由は簡単。

犯人はヤス。じゃ無くて奴。〝ござる〟だ。

本来は今日はアオバとマシロが、サユリサにスキルの習得の協力を要請する予定だった。

その話をするにも部外者がいるとね。

彼は「働きたくないでござる」の〝ござる〟だし。

スキルの習得の協力なんてしてくれるとは思えない。


 じゃー〝ござる〟が来た時に追い返せば良かったか、というとそうも簡単な話ではない。

サユリサが直々に連れて来た訳だし。

「はっ? いきなり来て何言ってるの? お前に食わせるカレーなんてねぇよ」

何て言ったら大顰蹙だっただろうよ。

 とはいえこのままの流れは良くない。ここは俺が泥を被らざるをえないだろう。

一応いる中で最年長だしね。

となると潤滑油が要る。潤滑油と言えば?


「さて、俺は酒を買って来るけど。飲むの付き合う人いる?」


「アイヤー、ワタシ欲しいネ」


 そう、お酒だね。別にシラフで何とでも言えるけどな。

飲んでたから、でちょっとだけ言い訳が聞く。


 俺の言葉に酒好きのサユリんが真っ先に、変な言葉で反応した。。

ちなみに私の仕込みでございます。

なんかエセ中国人っぽくてええじゃないか。昔そんなアニメがあったとかなかったとか。

水を被ると猫になるんだっけか。

どうせならサユリんも、水を被ったら猫人族になれば面白いのに。


 空気を読んだアオバから「小さいのを一本だけ、飲んでみます」と声があがり、それに追従する声が他からもあがる。だが残念、先着二名で打ち切りなのだ。

ブレザー学生服組は飲む練習をしている最中だ。一度にあんまり多くに飲ませるのも良くない。

 この世界は十五歳からお酒が飲める。

ということは今後、飲む機会が訪れる可能性がある。

なので俺のいるときに少しずつ慣らしていく、という方針だ。

 この村は街の外にある。だが街の範疇だ。

常駐している兵士がいて、定期的に見回っている。なのである意味広い街の中より安全な面がある。

街だと目が届かない所まで、村では目が届く。

比較的安全な場所でもある。ついでに言えば、もうしばらくしたら〝ルーム〟に入るし。

俺とサユリんにもう一人くらいなら、飲んでも大丈夫だろう。



 買って来たビールを分けて缶を開ける。

シュポッという音を立てた缶をぶつけて三人で乾杯ー。

それを羨ましそうに見ている〝ござる〟


 いーーだろー。仲間に入ればこうやって楽しく飲めるんだぜ?

毎日、とは言わないけどね。

サユリんとはすっかり飲み仲間よ。はっはっは。

なのでそのサユリんに聞く。


「それでござるくんの事なんだけど」


「呼び捨てで、〝ござる〟と呼んで欲しいでござる。他の皆さまも是非」


 サユリんに話しかけたのに、遮って当人が口を挟んできた。

そういや徹底してるんだっけか。ここは譲れない所のようだ。


「うん、じゃー〝ござる〟 

今まで合流しないって言ってるって聞いてたんだけど。どんな心境の変化?」


「姫が作ったカレーがどうしても食べたかったでござる」


「あっ、そうですか」


 ストレートに聞いたらストレートに返ってきた。

『働きたくないでござる』の〝ござる〟だけあって欲望に忠実だな。

見た目はただのおたくなのに。

それもか。世間で言うおたく像。彼はそれを忠実に再現してる気がする。悪い意味で。


「じゃー合流はしないんですか?」


 本人がカレーは食べた。もうここに用は無いというならそれで良いだろう。

日を改めてまたサユリサには話をすれば良い。

 そう思ってたら、横からアオバが口を挟む。

その顔は真っ赤だ。マシロに寄っかかっている。

これは酔ってる自覚がなく、高揚しているパターンかな?

どうやら彼女にお酒はまだ早かったらしい。

近づいて飲みかけの缶ビールを取り上げて、ペットボトルの水と取り換える。

勿論、先に買っておいた。


 取り上げた缶ビールはどうするか。

俺が飲むわけにもいかない。なのでサユリんの前に滑らす。

そのサユリんに缶ビールは確保された。

ら、リサリサが横からその缶を取り上げる。


 それを見ていたござるが一つ咳払いをした。

そして話し出す。


「拙者は最初の契約でネットを、次の契約で動画サイトと結んだでござる。

一度死んだ、とはいえそちらの楽しみを捨てたくない。今もそう思ってござる。

だが、姫たちはそちらの皆様方と組んで、先に進みたいご様子。それは分かってござった。

そこに先日、アキノ氏の名前でのアナウンスでござる。

拙者が想像していた以上に先行している、と驚愕したでござる。

拙者としては置いて行かれたくない。姫たちと離れて、生きる術はござらぬ。

故に今更こんなことを申し上げるのも不愉快と存じますが、重ねてお願いするでござる。改めて仲間に入れてはもらえぬでしょうか?」


 そう言うと〝ござる〟は、再び土下座の体勢になった。

やっすいな~こいつの土下座は、そう思ったが何も言葉が出ず。

その様を眺めていると、リサリサが紙コップにアオバの分の缶ビールを注いで俺に渡してくる。


「考えてあげてくれない?」


 俺に差し出したまま、リサリサがそう言う。

 えっ、俺に飲ます為に取り上げたの?

俺まだ自分の分の缶ビールが半分以上残ってるんだけど。

とはいえリサリサは美少女だ。金髪碧眼でグラマラスな美少女だ。

そんな存在に差し出されたビールを、受け取らない男がこの世にいるだろうか?


 否。そんな事は許されぬ。

俺はしぶしぶ受け取った。

だがこれはアオバの飲みかけ。青葉は大事な仲間であり、別の大事な仲間の彼女だ。

俺が飲むわけにはいかぬ。

 ナグモを見る。

彼氏のナグモが飲めば良い。

だが奴は首を左右に振った。解せぬ。

「俺はビールはちょっと」

そういやさっき聞いた時も、こいつだけは飲むって言わなかったな。

辛党の癖に、ビールは苦くて飲めないとか前に言ってたな。


 

 さてどうするか。いや、ビールの話じゃないよ?

渡された紙コップははそのままマシロへとスルーパス。

 残ったアオバの飲みかけも紙コップに入れてホクトとサユリンに分担だ。

ちょっとだけ飲む人数が増えたけどそれは仕方が無い。

話が終わったら寝るだけだしね。玄関口は施錠して〝ルーム〟にインだ。

一人当たりの分量は減る訳だし。


 問題はござるの方。

別に彼が仲間に入るのは良い。

特にトラブルは無いしな。

仕事したくないでござる。は俺も持っている感情だ。


 差し当たって問題なのは、土下座が誠意だと思ってる所かな。

黙ったまま立ち上がり、〝ござる〟の前まで行った。

誰かがつばを飲み込んだ、その音が聞こえた気がする。

別に暴力を振るつもりはない。

ちょっとやり返してみるだけだ。


膝をつき正座をして、左右の手のひらを床に付ける。

〝必殺、土下座返し〟


そして場は阿鼻叫喚に包まれる。

そりゃーまぁ、意味わかんないよね。

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