第90話 ござるでござる ①


 今日はカレー曜日。

作る場所が決まり、分担は決めてある。自分が担当の物を買い出して現地に到着した。


 場所は街から徒歩で10分弱の所。

城壁の外にある村ではあるが、街の一部でもある、村だ。

村の者は街だと言い、街の物は村だと思っている。そんなほど近い場所。


 ミケアの実家のある場所でもある。彼女の家は牧場を営んでいる。

彼女が一日おきにしか仕事が出来ないのは、その手伝いをしているからだ。

 その縁で細かい村ルールを聞ける事。村の大人と話してもらう事で連絡が取れること。彼女の家には離れの空き家があり、そこを借りることが出来るとの事、なので一度試してみることになった。


 彼女の家も収入が欲しかった。

空き家を遊ばせておくのは、ということで宿の経営を考えていたらしい。

とはいえ宿の経営などしたことはない。

知らない冒険者にいきなり貸し出す事には抵抗があるのだと言う。


 なので相場より少し安めで一回、俺が借りてみることになった。

お互いお試しということで、話はついている。

仮にこちらがまた借りたいと思っても、あちらが駄目だと言えばそれまでの話。

あまり考え込んでいても仕方が無い、なので差し当たり一度やってみることになった。

互いにな。






「遅いっすね」


「何かトラブルじゃなきゃいいけど」


 母屋に挨拶に行き、鍵を借りて現地に移動。到着してしばらくした頃にアオバたち四人もやって来た。

それから小一時間。サユリサが来ないでいる。

 借りた離れは台所が無いので、外で火を使う許可は得ている。

準備しながら待っていたのだが、それが終わってもまだ来ないので手持無沙汰になった。

調理に使うカレーの材料を分担しているので、来ないと先に進まない。

 暇なのでつい、様子を見に来たミケアの弟妹と遊んであげちゃったくらいだ。

八人兄弟ってなかなか凄いと思う。何が凄いって産んだお母さんが凄いよ。

と思ったけど一夫多妻が普通な世界なので一人で産んだ訳じゃないんだろう。

何しろ何人か猫人族だしな。


 ミケアは均人族ヒューム

上の妹も均人族ヒューム 下の弟妹は猫人族。ハーフかな?

彼女の性癖はその辺も関わっているのだろう。


 そんな弟妹が俺にすっかり慣れ、ジュエルタートルのシキと一緒に人の身体をジャングルジム代わりに昇り降りをし始めた頃、三人の人影が見えた。

 夕陽をバックに歩いてくるシルエットは全員が細身で髪が長い。

凹凸が分かるのがリサリサだろう。とすると一番背が高いのがサユリんで。

もう一人は誰だ?


 その三人がゆっくり近づいて来る。

そして三人目は俺たちの前まで来ると、土下座した。


 長い黒い髪が地面に広がって生物のように見える。

ちょっとキモいな。


「で、なんすかコレ?」


 ホクトが立ったままのサユリサに尋ねる。

そりゃそうだ。いきなり土下座されてもね。

する前に何か言えよ、って話で有る。何で土下座してるのかさっぱりわからん。


 と思って土下座男、略して土下男ドゲオを見ると、顔の下あたりからごにょごにょ言ってるのが聞こえる。

あっ、ひょっとしてコレって説明してる感じ?

なんか文字通り地面にキスしてて何言ってるか分からないんですけど。


 リサリサを見る。すると目が合った。


「またアンタはしまらない恰好をしてるわね」


 腕を組み、足を少し広げて立った状態だ。どこがですかね?

ミケアの弟妹が三人ほど、肩とか腕にしがみついてるだけだ。

 そんな事言われてもね。君らが来ないからだし。

子供は別に嫌いじゃない。

特に懐いてくる子供は。


「で、結局コレはなんなの?」


「あー、なんかカレーを食べさせて欲しいみたいなのよね」

「泣きつかれたヨ」


 アオバたちが顔を上げるように声を掛けたが、ドゲオは土下座の体勢から動こうとしなかった。

面倒くさいから放っておいてカレーを作ろうかと思ったんだけど、アオバたちはサユリサに通訳を頼んでしまう。

仕方が無いのでチビたちには降りてもらい、母屋に帰ってもらった。

俺も話を聞かねばなるまい。真面目な話なら子供には退屈だろうしな。

ちなみにシキは膝までは乗るが、そこより上には来ない。

召喚精霊と契約者との関係性からなのかは、まだ良く分からない。

亀だと思うと顔の横とはに置きたくないし。

そんなことより、ドゲオの話だ。






 つまるところ、ドゲオはござるだそうだ。

忍者とかハット〇くんとかではなく、サユリサとパーティを組んでいるもう一人の日本人らしい。

 今日の昼間、そいつと一緒に仕事をしていた時にカレーの話をしたらしい。

どうもサユリサはそれで一日浮かれていたようで、何かあったのかと聞かれた。

そこで「今夜カレーを食べる」 と言ったら、ござるが食いついた、と。

もう一人のパーティメンバーは現地産なので、いまひとつの反応だったらしいが。

カレーと言われてもピンと来てなかったらしい。

つまりこっちの世界にはカレーは無い。

もしくは一般的では無い、と。なるほど。


「俺は別に構わないと思うけど」


「どうしたの? 何か変な物食べた?」

「コウが一番反対する思タヨ?」


 最近はサユリんも名前呼びになった。

アオバたちに許可してる以上、駄目と言う理由も無い。

そもそも俺も名前で呼んでるしな。

多分シキと契約した日くらいからだ。理由は分からん。

リサリサは相変わらずだが。


「ルゥの分量だと八人分だし、一人分なら余裕がある。

知らない奴なら兎も角、サユリサ2人のパーティメンバーだし。そこまで反対する理由もなくない? 機会があれば連れて来るって話じゃなかったっけ?」


 俺が買っといた市販のカレールゥはレシピ通りに作れば八人前という事になる。

俺たちは七人。ござるとやらを入れても八人だ。別にそれでバーストしない。

 ついでに言うと俺はあんまり今宵のカレーには気乗りしていない。

カレーが嫌いとかでなく、甘口だからだ。

せめて中辛にして欲しかったんだが、お子様舌が多くて多数決で負けた。

これだから多数決は嫌いだ。

辛党というほどでも無いのだが、甘いカレーはそそらない。

七人で余るくらいなら、八人でちょっと少ない。それくらいの分量で構わない。



「そう。えっと、あのさ。一応聞きたいんだけど」


「うん?」


「土下座までして頼んでる。その姿勢に心打たれた! ・・・・・・とかじゃないのよね?」


「ナイナイ。土下座なんて何の意味も無いよ。ただのポーズだし。

正直邪魔。周りに迷惑だから早く止めて欲しい。

あと土下座までしてる、って認識ならそれは今すぐ止めて欲しい。

でないと他のこすい日本人が真似するよ。

土下座して頼まれたら、した奴全員に食べさせるのかって話になる」


「あー、リサちゃん。それは駄目ヨ。困るネ」


「本当ね。食べる分がなくなっちゃうじゃない。

ござる! 今すぐ立ちなさい、命令よ!」


「はい、姫! でござるよ」


 リサリサが怒鳴る。

その声でござるはスッと立ち上がった。直立不動で気をつけの体勢をしている。

その顔はどこか誇らしい。何だコイツ?


「何この茶番」


「茶番言うなし。はぁ。あたしも困ってるのよ。

姫って呼ばれてる話はしたでしょ?」


 このござるという男。

リサリサの命令で動くのが至上の慶び、とか言っているらしい。

頭痛いって言われてもね。

その割に会うのは嫌がったって言って無かったっけ?


 それに関しては命令する気にならなかった?

あ、そうですか。何かまた変な奴が増えちゃったんだけど。


「あのー、コウさん。とりあえずカレーを作りませんか?」


 アオバが言って来る。俺じゃ無くてリサリサに言って欲しい。

ですが、その通りですね。

頑張って作りますか。甘口・・・・・・・



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