第89話 No rain, no rainbow ⑦雨が降らなければ、虹は出ない


「あっ、これはヤバい。マジでヤバい。すまんがこいつを頼む」


 〝ルーム〟に消えて十分ほど経った頃、その男は再び現れてそう言った。


「どうしたカ?」


「っ!  ストップ!! ごめんサユリん。女子組は俺に近づかないで」


「サユリんってあんた」


「リサリサも止まれ! ホクト! ナグモ! 説明するから! 前に出てくれ!」


「どうしたんですか?」


 脳内で呼んで普段呼んでいる呼び方を垂れ流しながら、アキノは襟首を掴んだままの着物の幼女(元亀)を急いで近寄って来た男子二人の前に差し出す。

その表情は普段の冷めた表情と違い、苦々しいほどに歪んでいる。


「中に入ったらMPの値が急に減って行って、ついにゼロになっちまった。

今まで1までは減った事があったけど、ゼロになってないから分かんなかった。完全に空になるといわゆる人間の欲が刺激されるらしい。

さっきまでは腹が減って仕方なかったんだが、外に出たら今度は性欲が一気に襲って来た。

何で女子組は俺に寄らないでくれ。マジで理性が飛びそうになる」


「そんな状況で無理にでて来なくていいわよ。それよりリサリサってあんたね」


「リサちゃん冷静。でもなんかあったから出て来てくれたんですよね」


 答えるリサに突っ込むマシロ。

それに対して右手に持ってたビニール袋を男子二人に差し出すアキノ。


「こ、これはっ」

「まさか、お寿司ですか!?」


 中にはパック寿司というには大きめ。

回転寿司の持ち帰りセットのお寿司が入っている。

六人前のセットが1パックに収められている。


「なんか特典らしく、飲食店限定で一つ契約出来た。

お裾分けで買ったらそのタイミングでゼロになって、危うく自分で食いそうになった。

勿体ないからこれだけ渡しに来た。すまんが細かい事は後日。俺は寝る。もう無理矢理寝る。

マジ辛い。

冗談でも触らないでくれ、押し倒す自信がある。今は耐えてるけどスイッチ入るとヤバい、どこでも盛れるくらいキテる。

何言ってるか分かんないと思うけど、俺も何言ってるか分かんないから。後で謝る、今はすまん。んじゃーな」


 それだけ言って〝ルーム〟へと消えるアキノ。

残された六人は寿司のパックを見つめて黙っていたが、ジュエルタートルの〝シキ〟がいることに気づいた。手にはコンビニ袋を持っている。


「シキちゃんはどうしたの?」


「相手に出来そうにないから代わりに食べられる物を確認してもらえって、これをくれたカメ」


「見ていい?」


 頷く亀幼女の言葉にマシロがコンビニ袋を受け取って中から一つずつ出して床に置いていった。


「ポテチにちくわ、サラダチキン。あっ卵ボーロは美味しいよね。ビスケットとおにぎりもあるね。あとは水に牛乳に・・・・・・・」


「子供が食べれそうな物を手あたり次第って感じっすかね?」


「カブト虫のゼリーが入ってるけど? ペット扱い?

・・・・・・でも何食べるか分からないから仕方が無いのか」


「あとは小麦粉に塩と砂糖ってコウさん。試すにも他に方法があったのでは?」


「なんだかんだ言いナガラこれだけ買ってあげるんだシ、良いとこあるヨ。きっとどれかは食べれるネ。

お寿司もきっと前に食べたい言ったカラ。覚えててくれたネ」


 流石にビールは無いけど、と言いながらサユリはお寿司を見て満足気に微笑んだ。


「いやいやいや、きっと自分らとの話っすよ。こないだナグモと三人で食べたい寿司のネタで盛り上がったっすもん」


 そう言ったホクトの言葉にナグモも頷く。


「違うよ。マシロが前にお寿司食べたいなーって言ったからだよ」


「はいはい、みんな同じこと言ってるって事で良いしょ。あちこちで言われてるからそれでこれを買って来てくれた、って事じゃいいじゃない。サユリさんが話してるときにあたしも『お寿司食べたい』は言ったことあるしね。アオバはないの?」


「あるよ。何を食べたいかって話はみんなとも何度もしてるでしょ? コウさんともよくするしね。だからリサの言う通りだと思う。

コウさん、ご飯の量で体重管理してたからあんまりお寿司は食べなかったって言ってたから。多分気を使ってくれたんでしょうね」


 リサがまとめてアオバが〆る。

事実アキノは自分の好みよりも周りが喜ぶことを優先した。

本人の希望はファミレスだったが、ナグモと被るので変えたという理由もある。

そしてもちろんあまり食べなかった、というだけであって寿司が嫌いだった訳でも無い。


「これもボクが食べられそうにないのは食べてもらえって言ってたカメ。

何か色々変わってるって言ってたカメよ」


「そういえば〝ルーム〟内もなんか出来るようになったってアナウンスされてたっけ」


「食べたら確認してくるか。食べたらね」


「そうだね、久しぶりのお寿司。じゅるり」


「マシロ。よだれが出てる」


「アオバちゃんだってー。すっごく食べたそうだよ」


「落ち着くネ。全部のネタが六個ずつ。つまり一人一つヨ、ズルはダメね」


 目の前の寿司は六人前だ。一人前の寿司は基本ネタが被らない。複数あるのは海苔巻きくらいだ。

誰かが同じネタを二個食べたなら。


 戦争だ。


 負けられない戦いが今ここに始まる。









  ☆★ ☆★




 同じ世界、遠く離れた某街の宿屋。

狭い2人部屋の並んだベッドで休んでいた冒険者は、横になったままシステムのアナウンスを聞いた。

一通り聞いた後、一人が呟いた。


「アキノッチ、やっぱり来てたか。良かった・・・・・・生きてて」


 それを聞いたもう一人の冒険者はガバっと身体を起こす。

短髪を綺麗に整えており、短いがモヒカン刈りになっている。


「アキノって今のアナウンスのか? ひょっとして知り合いなのか?」


「あぁ。死んだ時同じ車に乗ってた。同僚だよ。

この様子だと心配するだけ無駄だったみたいだけどな。


でもおかしいんだよな。一緒にこっちに送られた奴もいるってのに、同じ車に乗ってた俺たちは別だったって事だ。

なんでなんだよって話だろ? 結局送るんだったら一緒でも良かったじゃねーか」


「そりゃ・・・・・・わかんねーけどさ。実は仲が悪かったとか?」


 その言葉にもう一人も身体を起こして反論する。

もう一人よりも長めの髪は耳の上だけが短く刈り込まれている。

そして口元には髭。

男性冒険者二人、ベッドに座ったまま首だけで向き合った。


「ねーよ。歳が近いヤツは少なかったからな。その中でも俺らは特に親しかったんだ。

アキノッチの昔の知り合いが、旦那にDVされてるから助けに行くって時も俺が手伝ったし。俺のお気にのキャバ嬢がストーカーに付きまとわれて困ってた時もアキノッチに手伝ってもらって助けた。

ずっと持ちつ持たれつでやって来たんだ。悪いってこたぁなかった。

そりゃ無二の親友って言うと、ちょっと違うかも知れねーけど。

何のかんのキャバクラだって付き合ってくれたし」


「付き合ってくれたって、お前・・・・・・・

あー、まぁいいや。そこは置いておこう。


アキノってのは二十五人のメンバーにいなかったよな?」


「いなかった。当然最初に確認した。いたら一緒に動いてた」


 髭の返事にモヒカンが頷く。


「もしいたら、俺とは組んでなかっただろうしな。

あー別に気を使わなくて良いぜ。俺もお前も他に知り合いがいなかった。

俺ら以外は結構知り合い同士で固まってたしな。そうなるのが自然だ」


「その辺は話の流れ次第だったろうけど。

やっぱりこっちとは別に日本人の集団があると見るのが正解か」


 元日本人が送られるときに選ばされたのは二十の選択肢。

どれを選んでも五人までしか入れなかった。

彼らもそのくらいの情報交換はしている。


 だがいる日本人二十五人だけだ。

他の七十五人はどこにいったのか?


 変に複雑に考えなければ、別の場所だろう。


「つーとやっぱりどっか他の場所に日本人の集団がいるってことだとして。

ってことは上手い事そっちに合流出来りゃ、今よりはマシにならねーかな?

こっちは主導権争いで、日本人同士での小競り合い続きだ。碌に協力関係も築けてねぇ。

足の引っ張り合いばっかりで、全然レベル上げも進まねぇ。

向こうは順調そうじゃんか。

お前の知り合いならすんなり受け入れてくれるんじゃねーの?」


「んー、どうだろうなぁ。

アキノッチはあんまり人付き合いが良い方じゃねぇんだよな・・・・・・

壁があるって言うか、一歩どころか常に二歩も三歩も引いて観察してるからなぁ。

誰と付き合うか、じゃなくて誰とは付き合わないべきか、を考えてる人だった。

知り合いはそこそこ多いけど友達は少ないタイプ、とでも言えば良いか。

俺は大丈夫だろうだけど、お前はすんなり受け入れてもらえるかどうか」


「おいおい、そこは上手い事言ってくれよ」


「そりゃ出来る事はするけどな。そもそもそんな余裕があるかどうか分からんし。

あっちの集団でリーダーやってて、二十五人をきっちり纏めてる、なんてタイプじゃねぇんだよ。

むしろそんな話が出たら『俺は知らん』 って言っていつの間にかいなくなってる人だからな。

あんま期待しない方が良いぜ?」


「おいおい、その人よくアナウンスされるくらい先行出来たな?

三つの術って事はだぜ? 俺たちとやってたって事だろ?」


「だろうな。を俺たちより先に取ってたのか、それとも別のモノなのか。

考えてみると確かに、先に行ってるだろうなとは思う。

器用って言うほどずば抜けて無いんだけど、苦手な事が思いつかない人なんだよ」


「ふーん、あえて言うなら人付き合いくらい、って感じか?」


「いや、それも別に出来ない訳じゃないからな。

客でも同僚でも上司でも、キャバ嬢だろうが黒服だろうが金持ってる奴だろうが、面倒事を持ってきそうな奴とは深く関わらないようにしてるってだけで、そうじゃなきゃ普通に付き合ってたし。

仕事でなら誰とでもそれなりにやってた」


「んー、良く分からん。良く分からんけど、だ。

四つに分かれて小競り合いしてるこっちの日本人より、やっぱり向こうに行った方が良いんじゃねぇか? 知り合いがいたんだし」


「・・・・・・だな。アキノッチは置いといても。

こっちよりは他に合流した方が少しはマシかもと俺も思う」


 この2人が属する二十五人の日本人は、知り合い同士が多かった。

おかげで二人のように知り合いがいなかった者はあぶれた。

そして固まった者たちはそれぞれが自己主張を繰り返し、どのグループも譲らなかった為に非常に険悪になっている。

現在では街中ですら、鉢合わせれば一瞬即発になりかねない状況だ。


 だがあのアナウンスだけではどこに行って良いか分からない。

結局それについての情報を集めることにしただけで、二人の状況は現状維持だった。


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