第88話 No rain, no rainbow ⑥ チームジャパン
「あーくそっ! アキノのボケが! 腹立つ、あーむかつく!! 何様のつもりじゃん!?」
そう叫んで壁にグラスを叩きつけたのは冒険者ネーム〝マサさま〟ことゴヘイだ。
叩きつけられたグラスは日本のガラス製の為、割れて粉々になった。
「物に当たるのはやめなはれ、といつも言ってるやろ。掃除する人おれへんのやから」
そう言って止めるのは狐の獣人だ。
最も行為を咎めたのではなく、掃除の問題を指摘しただけだが。
彼ら〝チームジャパン〟と名乗るパーティは、街中にある空き家を不法占拠していた。
宿代を払うのを惜しんでいる。
そんな金があるなら飯代や酒代に消える、そんな男の集まりである。
「そんなもん奴隷にやらせりゃ良いだろうがっ!!」
「そうして一人逃がしはったのは、どこのどなたはんでしたか?」
「ちっ! うるせーな、分かったよ!」
口では分かったと返す、だがそれで終わりだ。決して掃除などしない。
そうしてこの空き家はどんどん荒れ果てていった。
今ではろくに生活するスペースがない。
この世界は奴隷制度のある世界だ。街中では生活している奴隷を見かけるのは珍しくない。
だが彼らの言う奴隷はその奴隷ではない。
同じ新人冒険者を前衛として雇い、自分たちが納得いった成果をあげられなかった女冒険者を口八丁手八丁で言いくるめ借金を背負わせた。それを盾に奴隷として扱っている。
当初はそこまではしていなかったが、成果を出せなかった冒険者を下僕のように扱い冒険者ギルドから注意を受けた。
そこで反省することがないのがこの集団だ。
空き家を占拠し、その一室に女冒険者押し込めて性欲処理の道具として扱っている。
今その奴隷女を相手に、彼らと同じ元日本人。白鳥という男が腰を振っている所だ。
特に壁もしきりも無い別室で行われおり、その姿と声が確認出来る。
同じ手で先輩冒険者らを上手く言いくるめて、チームジャパンというグループはここまでやって来ていている。
そろそろ元日本人にも手を広げようとし始めた所に、システムよりアナウンスが流れた。
「シラトリはんよりアキノ言う人を先にするべきやったかも知れまへんな」
「はぁ!? あんな奴に苦労して捕まえた女を貸せってのかよ? ふざけんな!
冗談じゃねぇ。あいつのもんは俺のもん。だが俺のもんは俺のもんじゃん!
あいつがてめえの女を差し出して『仲間にしてください、子分としてなんでもやります』って言って来るのが筋じゃんか!」
「また殴られはるで?」
「あんなの完全に不意打ちじゃんか! まともにやったら秒じゃん、秒!
俺ちゃんが瞬殺しちゃうじゃん」
「そのへんは任せますよって。わてらは荒事は苦手やさかい。でっから後衛特化にしとりますよって、なっメビウスはん」
「・・・・・・・」
そう言って狐人は隣のエルフに目を向ける。
彼は冒険者ネームを〝メビウス〟と名乗っている。
そのエルフは「フッ」と言って決め顔を作り頷いた。
それを見てゴヘイは舌打ちを一つ打ってそっぽを向く。
「だが話はした方が良い。このアナウンスの通りなら、我々の知らない事をこのアキノが知ってるって事になるんじゃないか?」
そう言ったのはリーダーの〝ユウキ〟
マツオカ・ユウキがフルネームだが容姿と名前の響きが合っておらず、苗字で呼ばれることが多い。
「けっ、あいつは昔から孤立するタイプだった。
今も道明寺らから離れてんじゃん。好都合だろ、人数を集めてボコボコにすればいいじゃんか。
それで言う事を聞かせりゃ充分じゃん。あんな奴に女を貸す必要はねぇじゃんよ。昔も俺ちゃんが声をかけてだな」
「分かってま。昔もそれでアキノ言う人はやられてる言うんでっしゃろ?
中一と中二の時でしたな。覚えてまんがな」
ゴヘイの語る武勇伝は既に耳にタコの三人だ。
特にアキノに関しては初日に殴られているからだろう。彼が昔やられた、というエピソードはお気に入りで酒を飲むと必ずする。なので既に何十回も聞かされている。
「そーだ。よく分かってるじゃんか! 俺ちゃんが声をかければすぐ」
「まっ、今回は止めときまひょ。
他の日本人がどう動いてるのかも問題でっせ。アキノ言う人がどこでどう繋がってるかわかりまへん。
それにでっせ、それをやってまうとマツオカの旦那の提言してはる〝どんな暴力も許さない〟に反しまんがな」
四人は〝どんな暴力も許さない〟と初日に暴力を振るったアキノを非難し、元日本人には団結を呼びかけている。
実際にそれがリーダーの意向であるが、ゴヘイがアキノを外した日本人でまとまりたいと主張するからの提言でもある。
だが現状で同調する者は少ない。
最近では連絡を取ろうにも、冒険者ギルドで顔を会わせる事の出来る日本人が減っていた。
これは彼らが九時五時に拘り、自分らのホワイトぶりをアピールしているからであり、レベル上げに拘っているからでもある。
日の出から動くという、冒険者は勿論の事この世界の人間の生活スタイルに合わせ始めた日本人とは完全にすれ違っていた。
「チッ! じゃーどうすんじゃん?
シラトリはパーティを組んでるから仲間に引き込むべきだったじゃんか。あいつのパーティには
見た目は全然好みじゃなくても、最悪キープしときたいって話だったじゃんよ。
でも一人でいるアキノなんか必要ねーじゃん。そんな奴に苦労して手に入れた女を貸すなんて俺ちゃんはごめんじゃん!」
苦労したのはワテでんがな、と狐人は思ったが口には出さなかった。
借金を認めさせ、服従を飲ませたのは自分だ。だが彼はその際に賑やかしとしてゴヘイの価値を認めている。横で騒ぎ立てる存在が必要で、それは無口でかっこつけのエルフにも、リーダーにも向いておらず出来ない。
「彼には前衛を任せるって方法がある。今足りないのは明白ではないだろうか?」
「はぁあああああああ!? おまえ、頭沸いてるんじゃん!?
あんな奴仲間に入れるなんてごめんじゃんって俺ちゃんが何度も言ってるのを聞いてねーじゃんか?
なんか勘違いしてんじゃん? 俺ちゃんたちがリーダーにしてやったんだ。最年長だからじゃん。お飾りの癖に調子に乗ってると首にすっぞ? 俺ちゃんは別に。俺ちゃんがリーダーやっても構わないじゃん」
「ぐっ、確かにそうだ、実力ではないだろう。だが意見を言う権利はある」
「はぁ!? なんか言ったじゃん?」
睨み合う二人。
それを見てため息を吐く狐人。
「どっちもやめなはれ。
ほれ、ゴヘイはん。シラトリはん、終わったみたいでっせ。
今は役割分担でんがな。そっちも大事な役目やで。パーティの財布から支払うよって飲みにでも行って、旧交を温めてきなはれ」
ズボンのベルトを止めながら既に部屋を出て来てきており「何の話?」と白鳥宏が首を傾げる。
それを見て、共用の財布からいくらかの金を取り出す狐人。
懐柔はする。だが、仲間とするつもりはチームジャパンのメンバーにはない。
なので大事な話まで聞かせたくないのだ。
「シラトリはん、アナウンスの件でんがな。あんさんも聞きましたやろ?
ちと意見の食い違いで揉めとっただけさかい、気にせんといてください。
ゴヘイはん、その件はワテが引き受けますさかい」
その言葉に白鳥宏は「あぁ」と頷く。
同じ日本人である彼もシステムのアナウンスは聞こえていたし、内容を考えればゴヘイが騒ぐのも理解が出来た。
「まっ、うちら三人で一度会いに行ってみまひょ。
それで上手い事聞き出せたら、終わる話でんがな」
その言葉を聞いて面白く無さそうにしながらも、差し出された金を取って出ていくゴヘイ。
二人が見えなくなってから再び、狐人が口を開く。
「マツオカの旦那も少し落ち着きなはれ。
ゴヘイはんは騒がせとけばええんやで。あれはあーゆう人や。
昔からの知り合いは分かってるさかい。相手にしてないんやって。
ワテらはまぁまぁ言うてりゃえーんです。それで悪いのは全部あん人や。
ほれ、シラトリはんが終わったさかい、次が空いてまっせ。順番譲りますよってスッキリしてきはったら良いがな」
そう言って隣室を指さす狐人。その言葉に隣室にいた女冒険者たちは身体をびくつかせたが、そんな事を考慮する者はここにいない。
「だが・・・・・・・」「やっぱりこうゆう事は良くない」などど口では渋るが、何度か勧められると結局は立ち上がって隣室へと向かうマツオカ。
その後ろ姿を見て狐人は笑いを噛み殺していた。
「本当に大丈夫なのか?」
「おーメビウスはん、喋るの珍しいでんな。
心配する事あらへんで。言った通りや。まぁまぁ言ってればええんですって。
騒いだのはゴヘイはんで、責任取るのがリーダーの責任でんがな」
「だが・・・・・・・」
「くくくっ、元ストーカーはんは意外に心配性ですな。
うちの大学までサユリ言う子を追いかけ回してたお人とは思えへんで。
まぁその縁でワテらは死ぬ前からの知り合いや。死んでからも協力関係築けるんやから不思議なもんやで。
前もワテが協力してたから、サユリ言う人にバレずに済んでたんや? ちゃいまっか?」
「それは・・・・・・そうだが。対価は支払っていた筈だ。それもかなり多く」
狐人は元大学生。メビウスと名乗るエルフは別の大学出身の元社会人だ。
本来ならば接点は無い。だが二人には面識がある。
メビウスは生前、とある大学に在籍していた女子学生に一目惚れした。
純粋な行為からだったが、その行いは完全にストーカーであり、それを同じ大学に通っていた生前の狐人に見つかって捕まった。
目こぼしをし、以降は金銭を支払う事で女性の居場所を教えてもらうという関係だった。
死んだあの日もこの狐人から居場所を教えられ。影から見守っていた。
「その節はまいど。メビウスはんはおかげで苦労せず、居場所が分かったんやからウィンウィンでっせ。
しかも狙ってたサユリ言う子もこっち来てるんや。
外見に金額をつぎ込んだかいがあったいうもんやで。
その変わりようや。一番安いエルフを買って、さらに外見を弄ったってとこでっしゃっろ?
後衛特化を名乗ってはるが、実が魔法スキルはそこまで充実しとらんのは前世の姿を知ってるモンにはバレバレやんけ。
ってバレたらどこのパーティにも置いてもらえんのとちゃいまっか?」
「・・・・・・脅すつもりか?」
「まさか? ワテらは協力関係でっしゃろ? そんな真似はしませんがな。信用してくれまへんか?」
互いに横目で見つめ合う二人。
一つため息をつくとメビウスは言う。
「分かった。だがどうするんだ?
俺たちが直接では無い、とはいえアキノとはひと悶着あったぞ?」
「ですなぁ。なんでワテらだけでなく話にでとった道明寺はんのグループにも一緒に行ってもらおうと思ってま。
そっちも色々あったみたいやけど、元からの知り合いみたいやし話くらいは聞いてくれるやろ。
駄目でも構いまへんがな。それを理由にあっちのグループにも手を伸ばせるがな」
そう言って笑う狐人を横目に、メビウスも立ち上がって隣室へと向かう。
そこにいる女冒険者は3人。空いている者もいるだろう。
その様を見ながら狐人は手酌で酒を注ぐ。それを飲みながら思う。
(頭では悪い事だ、駄目だと分かっていても、男は目の前に裸の女がいると我慢できへんのや。
好きな女がいる言ってるメビウスはんですら毎晩このざまやで。アキノ言う人もこれで落ちへんわけあらへん。
ゴヘイはんが何と言おうが関係あらへんで。むしろ好都合や。
ワテが何とかした言うて恩を売ったる。それで問題あらへん)
隣室から聞こえて来る喘ぎ声を肴に狐人は酒を飲む。
今後の算段を考えながら。
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