第83話 No rain, no rainbow ①
今日は朝から雨の降り続く日だった。こんな日は宿に篭っているに限る。
何でも屋に近い冒険者といえど、こんな日にまで仕事はしたくないという奴が大半だ。
「俺はほら、普通じゃないから」
雨音だけが響き、周囲に誰もいない中ポツリと呟く。
だってそうでも思わないとやってられないんだもん。
一応誘ったんだが知り合いの誰も、こんな雨の日に仕事をしようって奴はいなかった。
つまり誰も今回付き合ってくれなかった訳だ。
素晴らしきかなぼっちライフ。今日も全てを独り占め。一粒万倍日だ。
俺も本当は来たくなかった。
宿で一日の大半を寝て過ごしたり、〝ルーム〟に入ってダラダラしていたかった
それが出来ずにこんなとこにいるのは冒険者ギルドの策略だ。
ゴンザレスのはげおやじめ。
雨の日しか出来ない儲け話と言っていたが本当だろうな?
これで嘘だったらマジックで髪の毛を書いてやる。勿論油性だ。
逃げたら他の受付を使う事も視野にいれてやるからな。
「それにしてもレインコートがまるで無意味だ」
振り続く雨に百均のレインコートでは焼け石に水だ。
次に店舗が選べたらこの辺りも網羅できる所にしたい。
「ただ〝ルーム〟はピーキーだからなぁ。無い種類もあるし」
便利と言う意味ではホームセンターがあると捗る。
だが、知ってる限りのチェーン店の名前を探したが無かった。
ただこれはあるとそれでほとんどが解決するだろう。なので無い方が順当だ。
こっちの神さまが意図的に外してるんだと予想している。
老婆の女神にいい性格をしてるって言われてたお方だ。
ただ理由もなく、俺たちに苦労をさせたいだけなんだろう。そんなもんだと思っておくしかない。
おそらく同じ理由で、総合スーパーやデパートも無い。
食品だけのスーパーはあるし、服屋もドラッグストアもある。作業服屋のチェーンもある。
ただマシロによるとドラッグストアなんかは売ってないものが結構あるそうだ。薬や衛生用品はあるが、飲食品は一部しか取り扱ってないらしい。
今時はどこのドラッグストアチェーンもその辺は普通に取り扱っている。
だが無いらしい。
入ったその場で決めなきゃならなかったりと、わざと不自由にさせられている感じはある。
それを踏まえてどう選ぶか、になる訳だ。
俺は次は衣類が有力かと考えてはいたが、今日みたいな天気の日に外に出るとアウトドア向けの物も欲しくなってくる。
勿論電化製品も諦めていない。
生活用品は今の所、お値段以上のお店で賄えてる。
食べ物はなるべくこちらのものも食べるようにしてる。
こっちの世界に食料が無い訳じゃないのに、日本のものばかり食べるのもね。
日本円の使い方として勿体ない気がするのだ。
そしてそんな事を考えてると目的地に着いた。
ダリーシタの街から一時間程度移動するとある、森の北側に到着。
ここは普段は平野だが地面がかなり水分を含んでいるようで、雨が降ると湿地になるらしい。
そしてその湿地になった時だけ、カエルの魔物が現れる。
魔物の名前は〝ポイズンオレンジトード〟
経験値が2というもの凄く微妙な魔物だ。
ただしその皮は綺麗にはぐと1500ゼニーほどで引き取ってくれる事になっている。
だがその皮はぬめりがあり、物理攻撃の威力を減少させる。さらにこのカエルは攻撃を加えると反撃で毒を吐く。
そして皮が高く売れる、と言ってもそれは腹から綺麗に開いたら、の場合のみだ。
抵抗する魔物を捕まえて、ひっくり返して腹を裂く。それも雨の日に毒持ちの魔物の。
経験値が低いうえに面倒なだけの魔物である。
そりゃみんなが嫌がる訳だ。
やる人間がいないから品薄なんだろう。冒険者ギルド職員としては困る話。
そこに金に困った物を知らない新人が、それも出来そうな奴がいたら?
そりゃー押し付けるよね。
「あんちゃんなら出来るだろ?」
そう言ったゴンザレスの良い笑顔を思い出して顔をしかめる。
そりゃ出来るけどさ。
「それにしても嫌な光景だな、おい。カエルが嫌いな奴が見たら卒倒するぞ」
視界の先には泥の中で遊ぶ三十センチ大のカエルの群れ。
百じゃ効かないんじゃないか? 凄い群れだ。
ノンアクティブモンスターなのがせめてもの救い。
アクティブモンスターは、こちらに気づくと積極的に攻撃してくる魔物。
ノンアクティブ、ノンアクはこちらを気にしない魔物の事を指している。
この数が一斉に襲い掛かってきたらさすがに死ねる。
ゴンザレスの話では攻撃すれば反撃してくるが、リンクはしないそうだ。
リンクは蜂とかそういった生物が、仲間を攻撃された時に一斉に向かって来る姿を思い浮かべて欲しい。
仲間が一匹攻撃されたら、群れて一斉に反撃してくるのがリンク。
そういった魔物でないだけに狩るだけなら容易い。
そう考えてる時期が俺にもありました。
これで皮は防御力に優れており、しかも毒持ち。その上皮の色は鮮やかなオレンジという。
とても目に痛い魔物だ。
撥水性も良いので色んな用途に使うらしいが、生きて動いている姿を見るとそれを欲しいとは全く思えない。
「まぁいいや、仕事しよう。風邪を引く前に。
喉の下に毒袋があるらしい。なので下腹部を狙う。皮が傷つくと値段が下がるから貫通はさせない。理想は手足が繋がった状態で綺麗に皮を剥ぐ。
こうやって条件を並べると職人って我儘だよな?」
手伝いに行ったどっかの鍛冶職人しかり。
ちなみに肉もそこそこ美味いらしい。
ただし毒袋を傷つけずに上手く解体出来たら、らしいが。
ゴンザレスにはそっちは期待しないと言われている。皮にまで毒が回らなきゃ今回は問題ないらしい。
「そう言われると意地でもやりたくなるのが男の
くたばれゴンザレス! 水槍!」
目当てのオレンジカエルの身体の下。少し後方側の地面の、泥の中から水が持ち上がって槍になる。
そして貫いた。
「おっと貫いちゃ駄目じゃねーか。思った以上に腹は柔らかいな」
このオレンジポイズントードは詠唱反応で、魔法を唱えると反応して攻撃してくる。
だが俺には効かないようだ。
くっくっく、残念だねぇ。所詮はカエルよ。
というのは冗談で、〝詠唱時間短縮スキル〟の効果だ。
同じスキルを持つアオバと検証してみた所、
・このスキルを習得していると、呪文詠唱が必要無い。
(所持していない者は必ず呪文の詠唱が必要だった)
・レベル2からは詠唱の代わりに好きなワードを発動トリガーに設置できる。
今回は気分的に〝くたばれゴンザレス!〟 にした。
つまり先日このスキルもめでたくレベル2に。
最もただ唱えるだけでなく、魔力の集中が要るのでそこそこ難しい。
この辺は同じスキルを持つアオバがいたので練習は捗った。
キーワードを設定しなくても魔法を発動できるが、どちらにしても魔力の集中は必須だ。
なら叫んだ方が楽、という理屈である。
・呪文詠唱に比べて、慣れると圧倒的に魔法の発動が早い。
これはご覧の通り。ただしレベルが低いスキルほど早く、レベルが上がると難しくなる。
そして最後に今回の利点。
・何故か詠唱に反応する魔物が反応しない
俺は面倒だから「詠唱反応だから」で結論付けて終わりだけど、アオバが気になるからそのうち調べると言ってた。俺は手伝わん。
彼女は俺より細かい所が気になる性質らしい。悪い癖、だな。
付き合わされるのはナグモだろう。なので俺は気にしない。それは彼氏のお役目だ。
俺の水槍で下半身? を貫かれたポイズンオレンジトードが前のめりの体勢でゲコゲコ喚く。
生命力も強いらしい。これで経験値2って詐欺だろ。そりゃ誰も狩らんわな。
「あぁ尻の方じゃなくて上半身を刺してひっくり返せば良いのか。
それにしても地形効果もあるとか、システムさん本当に説明が不親切」
元々はマドロアさんに水魔法を教わった時に、彼女から教わった話だ。
曰く、水魔法は水場の傍で練習した方が何となくだが上手くできる気がする、という話だった。
ちなみにそれだけ聞き出すのに十分くらい掛かった。
カップラーメンならお湯を入れて食べ終わっている。
それをアオバたちにも教えた所、水場の傍では水魔法の効果が高い。
火の傍では火魔法が、風の強い場所では風魔法が、なんて言い出した。
多分地形効果があるだろう、という事で色々試してみた。
組んで良かったと思う。俺の英断だろう。
最もこの毒カエルは多分、水耐性もあるだろうけどな。
今日は雨。周囲には水たまり、というかもはや湿地。今日は水魔法の日。
「ま、大事なのはひっくり返す事だから。くたばれゴンザレス!」
先の水槍を消して即座に次の水槍を発動させる。
ちょっとずれて腹から上まで貫いてしまった。
「さすがに死んだか。南無南無。君の死は無駄にしない。おまえ、解体の練習用な」
その様を見て周囲のカエルが一斉に俺から離れていく。
リンクはしないけど、仲間が攻撃されると逃げるんだよね。
所詮はカエルの移動速度だけど。
それでも逃げれば離れる訳で。それは困る。
殺すのが先だ。
手前にいるポイズンオレンジトードから腕の付け根あたりを狙って水槍を発動させてひっくり返していく。
ひっくり返したカエルの腹を、解剖のように腹を裂いていく。という簡単なお仕事です。
心を殺してただこなすのみ。考えると手が止まる。気にしたら負けだ。
ふむ、ひっくり返す成功率がいまいちだな。
そんな中、跳ねて逃げるポイズンオレンジトードの姿が目に入った。
カエルだもんな、走れない。
「あー、着地の瞬間に上半身を刺せば良いのか。で、すぐ消せば、ふむ。くたばれゴンザレス!」
なんて叫びながら少しずつタイミングを変えて、ポイズンオレンジトードを殺していく。
攻撃をし、耐えられれば反撃される。でも今回は失敗しても串刺しの刑だから。
消すタイミングをミスっても、ひっくり返らず貫いてはやにえになるだけだ。
つまり反撃は受けない。
なので淡々と狩り続けるまで、だ。
魔力がなくなるまでな。
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