第81話 虎人族のイリア


 レオンとの模擬戦が終わった後には、ナグモとホクトの相手もした。

その後にアオバとマシロにもせがまれ、続けて相手をする事になって結構遅くなった。


 アオバたち四人とはまだ模擬戦というほどのことはしない。

約束組手といった感じだ。

二人組になって、攻めと受けで動作を決めておき、一連の流れで打ち合う。

攻守を交代して行い、それを交互に何度も繰り返す。

前世では割とありふれた練習方法だ。


 こちらの世界にはこういった訓練方法は無かった。

基本を覚えて、その後は延々模擬戦が普通だ。

他の所ではやっているかも知れないが、少なくともこの街、ダリーシタの冒険者ギルドではやっていない。


 武道経験者と素人の違いは防御の仕方を知っているかどうか、という部分が大きい。


 例えばパンチの練習をする素人はいるだろう。

日本人は昔、電灯の紐の先に向かってパンチを撃って鍛えるという伝統があったとか。

それもすっかり廃れて久しい。だが、それでも隠れて練習してる奴はいるだろう。

 だが防御を学ぶ素人はいない。

いたらそいつはもう素人じゃないだろう。一人じゃ練習出来ないのが防御の訓練だ。

相手が必要で、その相手はなるべく自分より上級者が良い。

綺麗な軌道で正確な攻撃を受ける、でないと変な癖がついて後々苦労するだろう。


 そして身体は勿論、目を慣らすのが大事だ。

約束稽古だと分かっていても。マシロはまだ時々目を瞑る。あれは危ない。

自分に向かって振り下ろされる武器、という危険なシロモノに慣れる必要がある。

それは有る日突然に、容赦なく自分に向かって来るのだから。

この世界では猶更だ。



 そんな訳で身体は充分酷使した。

なのでそろそろ終わっても良いんだが、今日はこの後は誰とも何の約束もしていない。

安い木賃宿なら200ゼニーもだせばそれなりの個室に泊まれる。今日はそっちで行こうと思う。

悪い部屋はもっと安い、その辺りはもう空き次第で構わない。

 どうせ寝るだけだ。部屋に入ってしまえば内鍵を掛けて〝ルーム〟に移動だ。

仮に誰かが部屋に押し入って来ようと関係無い。知らぬ存ぜぬで押し通す。

問題は〝ルーム〟内はスキルが使えない事と、木賃宿でも魔法の訓練はあまり宜しい行為ではないこと、かな。

宿に移る前に魔力は使っておきたい。





 魔法の訓練にも何パターンかある。大きく分けると

魔法を発動する訓練(派手)と、魔力をひたすら練り上げる訓練(地味)がある。

あくまでも個人の感想です。

 地味な方は比較的どこでも出来るが、そこに至るまでが難しい。

派手な方は魔法スキルを習得してしまえばいくらでも出来る。だが、場所を選ぶ。


 皆今日は帰ったので地味な方を繰り返す事にする。

発動するにしてもマトが欲しい。

訓練所の的は自主的に使う場合有料だ。

誰か残っていれば互いに打ち合って相殺する、という手もあったが。ちょっと遅かった。


 訓練所の隅っこへ行き、壁に寄りかかってあぐらをかいて座る。

座禅の姿勢だ。

今の所、日本人はこの体勢が一番向いている、という事で結論が出ている。

俺は壁に寄っかかるけど。

アオバたち四人はそのまま座禅の方が集中出来るらしい。

 特に思い入れや過去の経験など無いとの事なので、この姿勢は日本人のDNAにでも刻み込まれてるのだろう。

立ったままだと無駄に疲れるので座る所までは同感だ。


 まずは全身にくまなく魔力を巡らせて、次に身体の各パーツに留める訓練をする。

漫画知識だがこんな感じで良い筈だ。

出来れば正しく出来ているか判断してくれる人がいるとありがたいのだがな。

早くティルナノーグのお三方が帰還しないかな~なんて考えつつ、手のひらに集中したどころで一旦止める。

 外に放出する事を考えると、やはり手のひらからが一番意識しやすい。

最終的には身体の外に、自由自在出せるようにしたい。

だがその前にちゃんと段階踏んで練習をした方が良いだろう。


そうすると手のひらの次は足の裏、だろうか?

伝うモノがあれば多少は出来るんだが、何もなければまだ無理だ。


 なんて考えてるとこっちを見ている奴がいる事に気づいた。

長い髪に凹凸が利いた細くしなやかな身体。女性だ。

 細いが筋肉質だと分かる。これは肌をある程度露出しているからでもある。

つまり獣人だ。

 露出が多いというのは獣人族の特徴の一つ。

元が毛皮がある種族なんかはそれがパーツに名残があると、特にそこに衣類を被せる事を嫌う。

 例外は元日本人くらいだろう。アオバたち四人はしっかり服を着てる。

アオバとマシロなんてこっちで買った安い麻のズボンを制服スカートの下にも履いているくらいだ。

別にそれが残念だ、なんて思っていないが獣人族としてはちょっと変わった奴として見られている筈。


 そして鋭い目、八重歯、金髪をベースに入った黒髪のメッシュ。

タイガーパターンの入れ墨と来たらこれはもうギャル・・・・・・寄りのヤンキー姉ちゃんって感じだな。

虎人族の女性冒険者だ。

目が合ったので問う。


「何か?」


「お、おう。久しぶりだ、な」


 声を掛けると、上ずりながらも思っていなかった返事が返って来た。

久しぶり、とな?

前に会った事が、えーと。

・・・・・・あぁ、初日にいたっけか。レオンと会った時だ。

最後尾に派手なのがポツンといるなと思った記憶がある。

以降、ほとんどレオンとしか話してないから忘れてたよ。


「登録した日以来ですね。お元気でしたか?」


「やめろよ。同い年だろ、普通に話してくれて構わねーって。あんときも全然喋ってねーから、オレの事なんて忘れてるかと思ったが、安心したぜ。ふぅ、声掛けて良かったぜ」


 忘れてたし、声も掛けられてないけどね。

声を掛けたのはこっちだ。怪しかったからな。


「そう? ならそうする。では改めて、アキノで良いよ。要件は?」


「オレはイリアだ。そう呼んでくれ。

魔法の訓練中に悪いな。さっきまでほら、模擬戦やってただろ? 見てたんだけど、オレともやってくれねーかなって思ってよ」


「別に構わないけど。

そういえばレオンたちとは一緒に行動してないの? 今まで会わなかったけど」


 一緒に登録しに上京して来たんだし、そのまま流れで行動してるもんだと思ってた。

実際レオンは大体4,5人のグループで行動している。

面子は少しずつ入れ替わってたっけか。


「ん、まぁ、その、何だ。一緒に登録しただけっつーか。

いいじゃんかよ、そこは。構わないなら、頼むよ、オレ、強くなりてーんだ。なっ」


 そういってイリアという虎人族の女は俺の手を引っ張って訓練所の空いてる場所に引っ張って行った。

まさかの素手? いや、彼女は武器を持っている。

自分だけ武器持った状況で模擬戦? それってなんてリンチ?

俺なんか恨まれるような事したっけな?

覚えてなかったから無いと思うんだが。

む? 思い当るのはそれだ。

いやばれてはいない筈。


「いや、訓練用の武器持ってないんだけど?」


「あ!? な、何やってんだよ。早く取って来いよ!」


 怒られた。

自分で引っ張って連れ出してくれたくせになんて言いがかりだ。

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