第79話 おうちごはん
「何て言うか本当に、イメージと違う男よね」
アキノが〝ルーム〟に消えた後、リサはぽつりとつぶやいた。
視線はアキノが置いて行ったノートに向いている。
置いて行ったということは自由に見て良いということで、見終わったらここに置いておけば良い。
朝出て来たらそのまま回収する約束だ。
「最初は凄く怖かったネ。勿論今はそこまでじゃないヨ」
サユリもそれに同意する。すっかり言葉の訛りを隠さなくなった。
彼女は小学校高学年まで、日本と中国を親の仕事の都合で行ったり来たりしていた。
その影響で咄嗟に言葉にするとどうしても独特のイントネーションが出てしまう。
サユリ本人はそれを気にしていたが、この場でそれをいちいち馬鹿にする者はいない。
最近では酔うと延々としゃべり続けているくらいだ。それくらいには吹っ切れたらしい。
大体いつもアキノが絡まれており、最終的にリサに引き離されて〝ルーム〟に入る。
「イメージっすか? 最初からこっちも気に掛けてくれる人だったっすよ? そりゃちょっとビビった事もあったっすけど」
「あれでしょ。俺らは最初に少し話したけどさ、他の人にとっては殴って出てった人だったから。それが初日だし」
ホクトの疑問にナグモが答える。
殴った、という事実の前に接点があるかないかの差は大きい。
「そもそもコウさん、わたしたちの味方してくれた訳だしね」
初日のあの日、年功序列で最年長の男をリーダーに日本人はまとまろう、という話が出た時に真っ先に噛みついたのは同じパーティでこちらの世界に来たリサだった。
彼女が男四人と言い合ってる間、アキノとアオバたち四人はそれを見ながら話していた。
その時点で
「歳が上ってだけで誰だか分からない奴に従わなきゃならないとかアホらしい。
いきなり内輪揉めからとか、まとめる
と言っていたが、その時点では話の流れを見守っていた。
というかほぼ呆れていた。
表立って口出ししたのは高校生下げが酷くなってからだった。
思った以上に賛同を得られなかった事に苛立った現チームジャパンの面々が、最年長を持ち上げる為に最年少下げを始めた。
それに他の元大人はだんまりだったが、一人だけ声をあげて否定してくれたのがアキノである。
結果、焚き付けて煽る形にはなって爆発したが。
殴った事に焦点を当てる者と、その前の行動に焦点を当てる者でも見方が違って来る。
アオバたち四人は特にその前がある。先に冒険者ギルドのロビーで話した。
だからかそこまでアキノに怖いイメージが無い。
特にアオバは冒険者ギルドのロビーまで一緒だった別の同級生、兎人になったカイ・チアキとの口論を恥ずかしく思っている。
あの場でそれを収めてくれたアキノには特に感謝していた。
それもあって内心ではアキノと組む約束をしたのに、知り合いの同級生を見つけたら手のひらを返してそっちに行った彼女を良く思っていない。
リサとサユリではなく接触して来たのが向こうの同級生パーティだったら、今のような状況にはなってなかっただろう。
「なんて言うかちゃんとした大人よね。見た目が同世代だからつい忘れちゃうんだけどさ。
他にも元大人がいる筈なんだけどね、あいつ以外何考えてんの? って感じだし。
訓練所で見かけるの日本人もあいつくらいだし?
・・・・・・鍛え方はちょっとおかしいけど」
「教官と切り合いするの、コウさんくらいだもんね」
アオバの言葉に皆が頷く。
最近はここにいる全員が訓練所を使う。だが教官と模擬戦までするのはアキノだけだ。
ただしアキノとだけは全員と模擬戦に近い事を行っている。
教官に相手を頼めばあちらが主導になる。相手が主導では終わり時を決められない。
訓練所を使う目的が複数かあるので、あまり長く一つの事をやっていたくないのがアオバたち四人の考えだ。
複数のスキルを求める場合、一つのスキルに長時間拘らず、毎日少しずつ満遍なく練習した方が初級のスキルは習得率が高いと予想している。
その点相手がアキノなら、信頼関係があり理解がある。
何より教官相手にするとガチでやってくるので大変だ。
アキノはそれで回復魔法を覚えたが、そこまで覚悟が決まっていない。
使えるアオバがいればそれで当面問題無い。
「レベルがある世界だからねぇ。マシロもコウさんと知り合わなかったら少しは焦ったかも?」
「先ずは情報、それ大事ネ。調べてアンシン、今ならいつでも上がるヨ」
魔物の情報を共有しているのでサユリもリサもレベル上げを急いでいない。
レベル7のアオバたちがいるので、レベル8までに必要な数字も分かってる。
調べた魔物の数値で逆算すれば、レベル8に上げるのに何を何匹殺せば良いかは計算が終わっている。
レベル9でも同じことをするので、今は行動範囲を広げるのが先だ。
魔物の分布を把握し、必要な時に焦らないようにしたい。
「率先して自分が調べてるとこが信用できる。他の奴らは絶対しないと思う。
それに沿って提案してくれるから分かりやすいしさ、納得できる。別にこっちが意見言っても怒んないし。
もっとこう、短気な奴だと思ってた」
「思ってたより細かい人ネ。すごく助かるけどサ。
もっと力ずくで行くイメージだた。文字の一覧ヲ一人で作ったトカ、驚いたネ」
「あー、それは同感かも。最初はマシロも話すのちょっと怖かったかな。
でもコウさん、悪い人じゃないよ? 目つきが悪いし、単独行動大好きだけど。
出来ればパーティに入って一緒に来て欲しかったもん」
「あんまり束縛すると嫌がるタイプだろうし、好きにさせてあげれば良いと思うよ。
あーいうタイプが好きって女子は一定数いるしね。ずっと一緒にいると不自由させちゃうだろうし」
いなくなった途端この感じの女子四人にナグモとホクトはちょっと怖くなる。
自分もそろそろ寝たほうが良いと思うが、言い出すタイミングを見いだせない。
そしてこの場からいなくなるのも怖い。
「最初に一緒だった四人なんて本当に酷かったんだから。
『女の人にはわからんのやおまへんか?』とか言ってさ、何か言っても無視よ、無視!?
こっちの話なんて聞かないで四人で勝手に決めてさ!
それどころかあのクソなんて
『どーせパパ活とかしてんだろ?』『俺ちゃんについてくれば勝ち組に入れるんだから俺のもんになるのが勝ちルートっしょ』
とか言ってすぐ身体に触ってくるし。
拒否したら何て言ったと思う!?
『身体と顔以外に取り得なんてねーんだから、黙って言う事きけ』 よ!?
あー、本当に腹が立つ! パパ活なんて誰がするか!!」
「あれはちょっと良いとこの家の出涸らしだってコウさんが言ってたよ。
出涸らしがマシロはよくわかんなかったんだけど。
異世界だし、今は元貴族の馬鹿息子が何か言ってる~くらいで流すことにしてるね」
「そのうち痛い目みるってコウさんが言ってるから放っておけば良いと思う。
関わると疲れるからさ、距離置いとけば良い。相手することないよ。
コウさんがそう言うってことはそのうち、そうなるんだろうし」
「あー、なるほど。任せればいいのか」
「そこは凄く、頼もしいネ」
言ったのは(冒険者ギルドに既にマークされてるから)そのうち(先輩冒険者に)痛い目にあ(わされるだろ)う、だった。
だが確実に曲解して伝わり、勝手に広まっていた。
それを訂正する者は、ここにはいない。
「ところでアキノの提案の話だけど。
アオバはカレーには何か思い入れがあるの? 」
「アオバちゃんちのカレーはね、すっごく美味しいんだよ?」
そこじゃない、とナグモとホクトが内心でつっこむ。
だが女子の会話に口出しをする勇気はなく、二人で目を合わせるだけだ。
「特別って訳じゃないんだけどさ。そろそろ、おうちのごはんが恋しくなってない?
私は恋しい。お母さんの作ったご飯が食べたい。
食べていつもありがとうってちゃんと伝えたい。ずっと普通に食べてたから・・・・・・
もうそれも出来ないんだって、最近はずっと考えてて。
でもコウさんが作れそうって言ってくれて。うちではカレーは私の担当だったからさ。
やれるならやりたいなって思ったらさ、つい力がはいっちゃったみたい、なんかごめんねムキになって」
その言葉に黙って考え込む六人の男女。
サユリ以外は未成年で、全員が実家暮らしだった。
意識してしまえば逃げられない。
思い出すのは家庭の味。
そして次に来るのは現実だ。それをもう、二度と食べられないという現実。
「俺はやっても良いと思う。アオバの作ったカレー食べてみたいし」
彼氏であるナグモがそう言えば、他も否定する理由は特にない。
「じゃ詳細を詰めてから寝ましょうか」
リサの言葉に全員が頷き、翌日は全員が寝不足で過ごす事になる。
だがこの時は誰も気づいていなかった。
カレーを作るということはどんなことか。
関わらないと話した筈が、逆に引き寄せてしまう事を。
まるで誘蛾灯のように。
それは日本人の関係がまたちょっと変わる。
そのきっかけだったと、後に思うかもしれない。
だが今はまだもう少し先のお話。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます