第78話 アキノート


 夜、まだ21時になる少し前。

定期の話し合いを持つ場にいた。

今日は酒は控えている、だが眠い。

必死で噛み殺して話を聞いていたが、限界だ。あくびが出る。


「くわぁぁぁぁっっと、失礼。今日の仕事はちときつかった。すまんが先に休ませてもらおうかな」


 ナイトパック以上に日本円が掛かるが仕方が無い。

身体のメンテナンスが最優先だ。


「大丈夫ですか? 無理はしないでください」

「慣れない仕事だと大変ですもんね。お疲れ様でした」


 今日は鍛冶職人の手伝いという街中でのお手伝いクエストに行った事は伝えてあった。

優しい言葉をもらえて有難いよ。

いや、本当に大変なんだよ。どんな仕事でも慣れないうちは。

半分くらいは気疲れだけど。

もちろんもう半分は遠慮なくこき使われたから、だ。


 今日行った鍛冶場ののおっさん、初めて来た十五歳のガキを遠慮なく使ってくれるもんだからさ。

この依頼が人気がない理由が良く分かった。


「うん、ありがとう。もう何度か通わないと何とも言えないけど、道具や原料なんかが分かったらまた共有する。今日は寝るわ、久しぶりに扱き使われたって感じがする」


 街の外で魔物と戦うのも重労働だが、街中での仕事も大変な事に変わりがない。

魔物と戦うのは気を張ってたのもあるが、今日は朝7時から夕方16時まで、昼の休憩を除いてずっと動きっぱなしだったのがきつかった。

ブラック企業だってもうちょっと休めるぞ。さすがに残業は無かったけどさ。

 それでも死ぬ前に働いてたときも忙しい日はあって、ろくに休みなく片づける日はあった。

一回くらいは大丈夫かと思ってたんだがね。結構堪えてる。

いつの間にか身体が、魔物と戦うって生活に慣れてきていたっぽい。

動く、働くのベクトルが違って、身体も心もついていかなかった感じだ。

普段と仕事の感覚が違うから戸惑いっぱなしの一日だった。


 何故こんな仕事を急に入れたかと言うと、先日露店で買った錆びた斧を直したかったからだ。

職人と仲良くなってあわよくば、なんて期待はしてるがそれは本命ではない。

そこまで図々しくはない。

道具を貸してくれないかな~、くらいだ。それくらいの期待は許されるだろう。

手入れとかも教われたら、とは思ってるが。

でも正直大変だから、出来ればあまり行きたくないな。


 行きたくないけど、明後日はどうするかなって感じなんだがね。

というのも上記の理由も確かにある。あるが、本音は別にもあったりする。

気まずいから、という理由が大きい。


 仕事帰りに盛り場の森を見学したのが三日前だ。

ミケアがどんどん奥に行くもんだからさ、何組も見ちゃったよ。

結構みんな使ってるのな。

のぞき扱いされたら嫌だなと思いながら進んでいたんだが、女連れだと全然警戒されなかった。

中には親切に? 空いてそうな場所まで教えてくれたカップルまでいたよ。

俺たちも仕事帰りに盛りに来たと思われたらしい。二人相手に?

それが受け入れて見られるってどんな職業だよ、冒険者。


 ミケアは良いんだ。あいつは一日おきの参加だからさ。

満足して帰っていった。

 そして翌日、顔を会わせたら気まずい気まずい。

マドロアさんと二人きりだからね。

一日中微妙に赤い顔で俯いてる彼女と二人きりとか、大変だったんだからな。

なんかその疲れも残ってる気がする。


 明けて翌日、つまり昨日。

仕事しに出て来たミケアに文句を言おうと、したけどやめといた。

行くって言ったの俺だしな。

三人でなんとか普通に過ごしたが、また一日マドロアさんと微妙な雰囲気で過ごすと思うとそれも辛い。辛かった。

 だからお手伝いクエストを入れちゃった訳だ。

斧の件を持ち出してね。

明日はミケアが出て来るから良いけど、明後日はどうすっかな~って感じだ。


 マドロアさんもカツカツだと職員から聞いている。

薬草の採取でも仕事はさせてやらないといかん。

だが、ただでさえ喋らない子なのに赤い顔で俯いてるとさ、余計気まずいんだって。


 どっちにしろこのままも良くないから、明日頑張って話しかけてみるか。

それでやりにくかったら明後日も鍛冶場に行こうかな。


「とりあえずの報告としては俺の行った工房は均人族ヒュームのおっさん、40くらいの人がやってるとこだった。初めて来た未経験者にろくに説明もせずに、そこまで扱き使うか? って感じで使うとこだったから、行くなら他の工房のが良いかもね」


 寝る前に簡単に報告だけ入れておく。

鍛冶場の手伝いは現状だとナグモ、とリサリサが視野に入れている。

どちらも前衛だ。

手入れの道具が欲しいというのがあって、その上で自分好みの武器があわよくば欲しいって感じだろう。


「ふーん、いまいちだったみたいね?」


「仕事するのは良いんだけどね。先に内容を説明しろよ、とは思った。

それも問題なんだけど、今日のとこは職人のおっさんが上半身裸でうろつきまわってる職場だったから、女性向けじゃないと思う」


 俺の返答に口をへの字にするリサリサ。

なんでかは知らんけどな。そうなんだから仕方が無い。

肌で炎の温度を感じてるとか言われても、納得できる訳が無い。

だがそこは向こうの職場だ。文句も言えんよ。


 鍛冶に限らず工房の手伝いクエストはたまに貼りだされる。

見つけたら他に行ってみた方が良いだろう。


「ん、分かったわ。お疲れさま、ちゃんと寝るのよ? 夜更かししちゃ駄目だからね」


「おまえは俺の母親か。分かってるよ、おやすみな」


 サユリサとも上手くやっている。

事情があってスキルの情報の共有まではいってないが、それでも数日おきにこうやって話し合いの場を設ける程度には良好だ。

特に酔うと怪しい中国人みたいになるサユリんには、飲んだらずっと絡まれてる。

飲み仲間って良いよね。あー、働きたくないでござる。

一晩中飲んだくれてたい。今日は寝るけど。


 おっと飲んだくれてる、で思い出した。


「あー、そういや食費を節約する方法を思いついたんだけど」


「コウさん、寝なくて大丈夫っすか?」


 寝たいんだけどね。

アオバたちとは今は一日おきに会ってるが、サユリサは不定期なんだよ。

ある程度話す事が出来てからじゃないと会わない。

次には返事が欲しい。


「説明だけして引っ込むから考えといてくれ。

とりあえずこれを見て欲しい」


 懐からノートを取り出した。

それを見て騒ぐホクトナグモマシロ。


「で、でで、ででで出たぁ『アキノート』!!」

「アキノートいぇぁ!!」

「やったね、これで勝てるよみんな!」


「・・・・・・その変なノリやめろよ。眠気が飛ぶし見せたくなくなる」


 ホクトらが『アキノート』と呼ぶこれは百均コンビニで買った、ただのノートだ。

メモ帳を開示する為に手渡すのがどうしても嫌だったので買い足した。

色々書き込んでるもんでね。

つまり開示しても良いと思った事が書いてあるノートだ。

見られても良い事だけを清書して、なるべく綺麗に纏めて書き直してある。


 こちらの文字なんかも書き直して見せたからサユリサも知っている。

さすがに二人はこのノリには乗っていない。

と思ったら二人して小さい声で『アキノート』とか言って手を叩いてやがった。

ノリが感染してるぅ。


「うっし、寝るわ。おやすみまたな」


 ノートをしまって立ち上がると「ちょっ、待った! ごめんごめん」と引き留められた。

本当眠いんだからちゃんと聞いてよね。

所定のページを開いて全員の中央辺りに置いた。


「これはこっちの世界で売っている、地球のモノと似た見た目の『野菜と果物』のリストだよ」


 日本語での呼び方とこっちの世界での呼び方、それにざっとだが相場を書いてある。

当然似たモノもあれば、全然わけわからんモノもあるのでそれは別だ。


「今のところ見た目だけの判断だから注意してくれ。

見た目は似てるが、食べたら全然別! ってモノもあるかも知れないし。そこまで責任は持てん。まだ食べてないものもあるし。


 で、何が言いたいかと言うと、一回試しにみんなで何か作ってみない?

鍋なら買えるし、最悪変な味で失敗しても袋麺でも食べれば良いかなって。

問題はここの部屋が火気厳禁だから、どっか他でって話になるんだけどさ」


 金を使いたくなければ自炊しろ、は前世でも言われていた言葉だ。

ただどんな場合でもそれが絶対、ではない。

料理の出来ない者が一人暮らしの場合なんかだと、食材無駄が出て弁当を買うよりも高く嵩む場合がある。

だが一般的には家族の人数が多いほど、自炊した方が費用が掛からない。

勿論最低限は料理の腕が必要だが。


 今までも出来たんだが、場所の問題があった。

この場所が便利なので使っているが、盗聴防止魔法の効いているここはそれもあってか火気厳禁だ。

おそらく空調が最低限なんだろうと判断している。

火魔法の練習もここでは控える。



「魔物と戦わなきゃならない俺たちは身体が資本だと思う。しっかり食べた方が良い。

だが出来合いを買ってもどっかで食べても結構いくじゃん?

 調べた所野菜なんてどれも10~30ゼニーで買えるし、鍋にでもすればそこまで金は掛からないと思う。物足りなければ〝ルーム〟で買って足せば良いんだし、それくらいは持つよ」


 調味料は〝ルーム〟任せ前提だ。

最初はそれはしょうがない。慣れて来たら少しずつこちらのものを試していけば良い。


 肉なら街の外に兎肉がそこら中にいる。

順番に狩ってくれば良い。

こっちで買うのは野菜くらいだろうし、外食するよりはかなり安く済ませられると思う。

鍋スープとかなら煮るだけだし。


「場所とか細かい問題もあるしとりあえず今日は考えてくれるだけで良いよ。

でも一回やってみない?

人参とタマネギっぽいのは前から知ってたんだけど、今日の帰りにじゃがいもらしき芋を見つけてさ。これなら」「コウさん!!」


 声をあげたのはアオバだ。

いつもだが、今日はやけに真剣な眼差しに見える。どした? トイレか?

それは〝ルーム〟に入るしかないな。

この会議室には無いので、日本円を使いたくなければ供用を使わなければならない。

こっちのトイレはお察しだからね。


「それはつまり、カレーが作れるって事でしょうか?」

「アオバちゃんのカレー、じゅるり」


 アオバの言葉に、マシロが涎を拭く仕草をとった。

なんかあんの?


「と思うんだよね。俺はシチューでも良いと思うんだ・・・・け、ど」「カレーが作れるんですね?」


 寄って来て肩を押さえて言われた。

顔が近いよ? なんか怖いし。


「あっ、ハイ。出来ると思います」


「やりましょう! 特製カレーをご馳走します!」


「・・・・・・」


 なんだろう? カレーに思い入れでもある感じ?

彼氏のナグモを見たが首を傾げられた。ホクトもポカーンとしてる。


 俺はシチューの方が無難かなって思ってたんだけどな。

こっちでまだ、米を見つけていない。

そこまで〝ルーム〟に頼ると節約にならない。

こっちは麦文化なので、すぐには見つからないだろう。

 それに特製って言ってるけど、俺の〝ルーム〟で市販のルゥを買うつもりだぞ?

そこまで凝った物が作れるとは思えないが。


 でもやる気出したんだから良いか。

一回やってみて考えるしかない。何とかなる。


 なんてやりとりをしてたら22時をすぎていた。

いつもと変わらないじゃんか・・・・・・

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