第77話 青なんとかん
対峙しているチープドッグという魔物は犬系統の魔物だ。
野犬化した小型犬といった見た目だが、口から火を吐く立派な魔物だ。
予備動作が長いからそれ自体は別に怖くない。
大口を開けた中に炎が溜まっていく。
魔法スキルの詠唱みたいなもんだろう。
その状態になると、炎を吐き出すまでにたっぷり十秒ほど掛かる。
間抜けなのは目の前のこいつは、最後の一匹だと言う事。
所詮は犬系統最弱の魔物で、その脳みそだな。
さっきまで他に三匹いたんだから、その時にやれば良かったのに。
もうこいつが最後の一匹だけど。
溜まり切ったようで、首を大きく後ろに引いた。
そして火の玉を一つ吐き出す。
こいつの吐く炎はそれだけだ。途中で方向が変わる事も無い。
見てから動けば充分躱せる。
斜め前に飛んで動いて走り、吐き出して硬直している身体を仲間の前に蹴り飛ばした。
「チャージ突きニャ!!」
ミケアが叫ぶ。
火の玉と同じくらい、チャージ時間が必要なスキルだ。
見てから溜めても充分間に合っただろう。
その上直線上に蹴り飛ばしてやるサービス付き。
溜めた分威力が上がるチャージスキルが突き刺さって、チープドッグは首から上が吹っ飛んだ。
「ニャハハ、連携が大体分かって来たニャ」
チープドッグの魔石を取り出しながらミケアが笑顔で言った。
綺麗に連携が決まったからな、気分が良いんだろう。
槍スキル『チャージ突き』で仕留める流れが彼女はお気に入りだ。
溜めのいるスキルで、発動に時間が掛かる。使いどころが難しい。
最後の一匹だけはそれで仕留める事にしている。
現在はミケアは色々矯正中だ。
槍たガールだけあってミケアは組んだ当初、魔物を見ると突撃していた。
過去のパーティではそれが普通だったらしい。
だがうちにはマドロアさんがいる。
妨害魔法があるのに、使わないなんて勿体ないと言い聞かせた。
激突から魔法、だと俺らも沼る。俺は沼りたくない。
初手で敵だけ泥沼に沈める、がマストだ。それから削る。
遠距離攻撃ってほどじゃないが、俺にも離れた相手を攻撃する手段がある。
マドロアさんに自信をつけさせるためにも、ガンガン使わせるべきだと思う。
ただし敵が複数現れたら、に限る。単体相手には魔力が勿体ない。
よっぽど強けりゃ別だけど。
「きっちり仕留めてくれるおかげで余裕があるよ。四つ足は二足歩行よりも機動力があるからそこだけ気を付けてくれ。泥沼から力ずくで抜け出してくる事もある」
「うんうん、それはウチの仕事だニャ。任せるニャ」
俺が前、ミケアが真ん中、マドロアさんが後ろという布陣だ。
突然襲われない限り、俺の前まで敵が来たら〝
今回も四匹を先制で泥沼に嵌め、一匹だけ抜けさせてミケアに任せた。
残りは俺が引きつけていた。まずは確実に一匹づつ仕留める。
仕留められたら次をって感じで行い、現状問題無く狩れている。
「大分安定してきたね。次もこの感じで頼むよ」
ミケアと組むようになって十日。彼女の参加は一日置きなので今回で五回目だ。
彼女は変な奴だが話はちゃんと通じる。
腕も悪く無いし連携も努力してくれている。
時々前に出る事もあるが、許容範囲だ。
三人パーティになって出来る事が増えた。
彼女のいる日は冒険者ギルドの掲示板に張ってある仕事を受けられるようになった。
内容によっては複数同時に受ける事も出来る。
おかげで薬草の採取をしなくても収入が安定している。
その上行動範囲も広がって、情報収集も順調だ。
むしろ情報過多気味とも言える状況だ。
サユリサたちとも情報交換を始めたので、そろそろメモ書きだと厳しくなってきている。
次に〝ルーム〟で店を選ぶ選択肢が出たなら、電気屋も考えたいと思い始めているくらいだ。
ノートパソコンあたりを使えないだろうかと考えてしまう。
打ち込んで管理したい。可能ならプリンターも欲しい。
贅沢を言えばシステムさんにオ〇ィスとか何かソフトを入れられないだろうか。
共有して管理できると凄く捗るんだがね。無理だろうけど。
「まー確かに安定してるよニャ。妨害魔法は確かにありがたいニャ。マドロアには感謝だニャ。
けどアキノもひとケタレベルの前衛の強さじゃニャいだろー。
パーティに入れてくれて助かるから文句はニャいけど。さすがはゴールデンルーキー候補だけあるニャ」
ミケアは同い年なので、お互いにため口呼び捨てで話す事にした。
マドロアさんは一歳年上だからね、俺は一応丁寧に話している、つもりだ。
「何その、頭悪そうなフレーズのルーキー」
「知らニャいか? その季の新人で一番有望な奴を職員が決めてそう呼ぶそうニャ」
「知らんな。何それ、どうやって決めてるの?」
「職員じゃニャいか? おみゃーは基礎値がぶっちぎりだって聞いたニャ。
受付職員の間では誰が担当になるかで、けん制し合ってるらしいニャ。
なのに女性受付嬢のところには一切いかニャいから、実は男色なんじゃないかとも評判ニャ。ゴツイ筋肉質で悪そうな外見の年上の男が好きだって教えてもらったニャ。
気になってつい実物を見に行っちゃったんだニャ」
何だそりゃー。全部初耳だぞ。
くそっ、ゴンザレスめ。情報を制限してやがったな。
「きっちり仕事をしてくりゃ受付なんて誰でも良いじゃんか。わざわざ並ぶ必要ないだろ?」
現状レベルでの清算なんて並んでまでするほどのことじゃないだろうに。
並んで待ってやってもらったら買い取り額がアップする、って言うんならそりゃ俺だって並ぶ。
でも下手すりゃ忙しいから、って雑に扱われるらしいじゃないか。混んでる窓口は。
それでも並んで女性の、それも美人の受付職員にやってもらうって冒険者はいっぱいいるけどな。
やりたい奴が勝手にやってれば良いだけで、やんないと変な噂になるってどうなんだ?
男色の噂は後で考えるとしてだ、響きの悪い称号の方は誰か他の奴に押し付けたい。
ゴールデンとか、男はボールが二個あれば充分なんだよ。三個目は要らん。
あ、いるじゃん。
そんなの喜びそうな俺ちゃんが。そっちにやればいい。
「噂じゃ今季の新人、凄くレベルが上がるのが早いのがいるって聞いてるけど」
「レベルは早く上がれば良いってもんじゃニャいだろ。
そりゃレベル10には早くした方がいいし、ウチだってそうしたいがニャ。
8、10、13、15、18、20で壁がある話を知らないニャ?
そこで躓くと結構長く止まるらしいニャ。
そのレベルが上がるのが早い新人ってのも、見た事あるニャ。
魔法系ばっかり四人で、編成が偏ってたニャ。
今は順調でも、そのうち頭打ちになると思われてるんじゃニャいか?」
どうやらミケアも奴らを知ってるらしい。
いつ見たのか知らないがリサリサが抜けた後から今も、ずっと編成は変わってないらしい。
ゴンザレスの話ではお気に入りの女性受付職員がいて、そこによく行くらしく、冒険者ギルドはそっち方面からメンバー斡旋の話をしたことがあるそうだ。
だが鼻で笑って断られたとか。
だがそれで終わらず、話を聞いて欲しけりゃと肉体関係をしつこく女性職員に迫ったらしい。
で、最終的にゴンザレスがそこの受付に行って追い返したんだ、と言っていた。
「あんちゃんと同郷の奴なんだよな?」
と言われた俺の気持ちを察してくれるだろうか?
日本人の恥め。
馬鹿はそのうち痛い目見るだろうから置いといて、レベルの壁は覚えておくべきだろうな。
結構こまめに壁があるな。
アオバたち四人のベースレベルが現在7。
次で何か変わるか、ちょっと気にしておいてもらおう。
「・・・・・・あの」
「ん、どうかしました?」
後ろから声を掛けて来たのはマドロアさんだが、ごにゅごにゅ小声で聞き取れない。
ミケアが寄って行くと、そこに耳打ちをし始めた。
これもミケアが参加して良かった点だろうな。
俺よりもコミュニケーションが取れる。女性同士の方が話しやすいらしい。
どちらも互いに前から存在は知ってたらしく、仲は良いみたいだ。
通訳よろしく。
「あっちの森にはまだ行った事ないから、ちょっと見ておきたいそうニャ。薬草があるかも知れニャいってさ」
今日は近場への荷物の配達クエストと、道中に出る魔物を倒す討伐クエストを受けた。
その報酬でそれなりに稼げるの薬草の採取をする必要はない。
だから手伝いも連れて来ていないし、採取カゴも持ってない。
その依頼も完了しており、現在は街への帰路。
チープドッグがいたので戦ったが、後は戻るだけだ。出来れば寄り道せずに帰りたい。
今日は元日本人で集まらないので、時間の調整が効く。
寝れるときにしっかり寝たい。だがマドロアさんが意見を言うのも珍しい。
見るだけ、ねぇ。それくらい別に構わないんだけど・・・・・・
「いっぱいあれば明日行ってもいいんじゃニャいかってさ」
そう言って伝えて来るミケアの顔は少しニヤニヤしているように見える。
こいつ分かって伝えてやがるな。
「う~ん、あそこはなぁ。俺的にはあそこで採れた薬草は使いたくないんだが」
「ニャハハ。それは確かに、ウチもだニャ」
彼女の言っている森とは街の、それも門からほど近い所にある森だ。
そこは魔物が出ない。
大人が徹底的に排除してる事もあるが、見え難い場所に魔物避けの仕掛けがしてあるらしい。
受付職員のゴンザレスにも、師匠筋の鬼人族レイシュアさんにも、目的以外の用途では近づかないように言われている所なんだけど。
「んー、男一人では絶対に行くなと結構厳しく言われてるんだけど・・・・・・」
「男一人女二人だから問題ないニャ」
「なんでそんな積極的なんだか」
あそこは男女がナニをするところだ。
こっちの世界は魔物がいる。人が頻繁に死ぬ世界だ。
それはイコール、産めよ増やせよの世界でもある。
子沢山、大家族なんて珍しくもなく。一夫多妻も認められてる。
建築技術もそこまで進んでおらず、庶民は大部屋に全員で寝泊まりなんてざらだ。
だから暗黙の了解の場所である。
子供の前でするとかね、絶対ダメ。性教育に良くない。だから外。
地球だって昔はそんな感じだったって話だ。麦畑だったかな。
今の農作物は品種改良されてるからそこまで高く育たない。
だが昔のは人の背の高さより高くまで育ったとか。
仲の良い男女は、そこで人の目を盗んでこっそりって寸法だ。
何かそんな話の隠語でもある映画があったとか何とか。
この街は近くに畑がないからね。
森がいくつかそんなスポットになっている。
良い大人とは、知り合った若い少年にそういった事をキチンと教えて伝えて行くモノだ。
俺もしっかり聞いといたし、ナグモとホクトにも教えといた。
「ニャハハ、ウチも女一人では行かないように言われて育ってるからニャ。ちょっと興味あるニャ」
猫人族に擬態しているだけあって好奇心旺盛でやがる。ことわざだと死ぬフラグだけどな。
まー、行くなって言われたら、行こうとするのが
つーか、薬草の採取の為に見ておきたいって言ってるなら彼女、知らないんじゃないの?
それなのに連れていって大丈夫なのか?
刺激が強すぎるんじゃないの?
「どんな反応するか、気にニャるだろ?」
マドロアさんを見た俺の耳に寄って、ミケアが小声で言う。
確信犯かよ。
「うーん、うーん、まぁ見るだけなら見ておくべき、なのか?」
どんな感じか一度確認はしておきたい、という気持ちはある。それが偽らぬ本音だ。
いつか来る自分のターンで困らないように。後学の為にだ。
あと確かにどんな反応するかは、気になる。
「ニャハハ、じゃー静かに、行ってみるニャ」
こいつノリノリでやんの。
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