第75話 拝啓、吹き抜けの上の酒場から


 おふくろ、元気ですか?

先だった不幸をお許しください。俺は異世界で元気にやってます。


 まぁ別にさほど気にしてないだろうけどな。

うちは親父が野球馬鹿で、大学まで野球を続けた弟が何事も最優先だった。

その弟が家に残ってる。

俺は大学にも行けず、高校を出て働き始め、二十歳になって直ぐ家を出た。

 それから一度も実家には帰らなかったから、死んだと聞いてもそこまで騒がないだろう。

親父や弟なんて俺の貯金がそのまま遺産として入って来ただろうから、喜んでんじゃねーかと思ってる。

それでもおふくろとはたまに電話してたから、いきなり死んじゃった事だけは申し訳ないとは思ってるよ。少しだけな。


 今更どうにもなんねーけど。

なんて柄にもなく死ぬ前の家族の事を思い出したのはサユリサに身の上話を聞かされたからだろう。

井戸の場所に案内した際、どっかの馬鹿の悪口で盛り上がり、そのまま冒険者ギルド併設の酒場で飲む事になった。

 一度酒場を使ってみたかった事もあるし、こっちのお酒を飲んで見たかった事もある。

冒険者ギルド併設の酒場なんて異世界あるあるの一つじゃないか。

ただタイミングが合わなくてね。

知り合う奴みんな元未成年者だし。マドロアさんは喋らないし。野営する前に飲むのは駄目だろうし。


 そこにサユリんですよ。彼女が元年齢が二十歳超えてるって事で聞いて見た所、彼女も割とお好きらしい。でもこっちに来てから全く飲んでない、って事で意外と好感触、というか結構食いついて来た。

じゃーちょっと飲んでみますか、となった訳だ。

 何故かクマち、リサリサも普通に飲んでいて、三口ほどで酔った彼女に身の上話を聞かされていた、という流れ。

ちなみにこちらの法律では十五歳で酒もたばこも結婚も可能である。


「やっぱり冷えたビールのが好きネ」


「そこは同感。これも悪くはないんだけどね。

ま、エールだし冷蔵庫も無いだろうし、しゃーないよ」


 たしかエールは常温で飲む飲み物だった筈。海外じゃビールもそうだとか。

ついでに言うと店のつまみもイマイチだ。酒はアテがあってこそ。

 居酒屋メニューが恋しい。焼き鳥とか冷やしトマトとかな。ツナサラダとか、ほっけとか。

安居酒屋チェーンので良いんだが。それすら贅沢な異世界生活。

あとで〝ルーム〟で買って今日は一人で飲みなおそう。

 ちなみにリサリサはオレンジっぽいジュースに切り替えさせた。だが味の保証はしない。

大人しく飲んでるかと彼女を見ると、目が合って睨まれた。


「何よ?」


「いや、酔いが冷めた時にちゃんと覚えてんのかと心配だっただけ」


「大丈夫よ。ちゃんと紹介してよね」


「さっきも言ったけど、説明が先。それで何て言うかだから」


 酔った二人の話を搔い摘むと『女友達が欲しい』のだそうだ。


 リサリサは別に中身が入れ替わった訳じゃ無く、男に嫌気がさしているという部分が強い。その上で素もこんな感じなんだそうだ。

それでも学校では問題起こしたくないので色々我慢していたらしい。

 本人は男子よりも女子と仲良くしたかったらしい。

なのにいつも男子が群がって来るので、女子に距離を置かれてしまっていたとか何とか。

『私は女友達が欲しいんだ」と真顔で言われてしまった。


 酒飲みながらじゃなければ、何言ってんだこいつって思っただろう。


 サユリんの方は小学校から私立の女子校育ちらしい。

親の仕事の都合で何度か中国に行く事があったらしいが、そのまま小、中、高校まで一環の女子校で育つ。

その影響でか、大学で共学になった時には男子とどう接して良いかわかんなかったらしい。

今は多少平気になったそうだが、やっぱり訛りを拾われるのが嫌で積極的に関わりたくないんだとか。


 どっちも俺にそんな事言われたって~って感じの話なんだけどね。

早々に切り上げて退散しようとしてうっかり、アオバたちと待ち合わせてる事を言っちゃったもんだから。紹介してくれ、という話になりまして。

 勿論ナグモとホクトの男子二人は要らないそうです。アオバとマシロだけで良いんだそうで。

俺も紹介が済んだら要らないってさ。知ってた。


 そんな事言われてもこっちだってアオバたちに押し付けて「後宜しく~」って訳にはいかない。

先ずこうなった流れをアオバとマシロに説明して、その上で承諾したら紹介する、という約束をして今に至る。

 冒険者ギルドのロビーが見える吹き抜けの上からアオバたちが帰って来るのも見張ってるという訳だ。

主にサユリサが。


「ちゃんと見てなさいよね。見逃したら承知しないんだから」


「連絡したから大丈夫だよ。帰ってきたらここに来るように伝えたっての」


「スマホも使えないのにどうやって連絡取るのよ?」


「そっからか」


 冒険者ギルドでは冒険者証という魔道具で出来たライセンスを発行している。

これには通し番号が振られていて、それが冒険者それぞれの登録番号となる。


「で、その番号と登録した冒険者ネームを控えておけば受付で伝言を頼めるんだよ」


 同じ支部内で受け取れるならメモのやりとりも出来るし、無料だ。

なのでさっき中座して連絡は入れといた。

 ただし必ず登録番号と冒険者ネームのどちらも一致しなければ繋がらない。(冒険者ネームのみ自由に変更が可能なので、名前を変えれば連絡を拒否できる)

 これで師匠筋であるティルナノーグのお三方からも定期的に連絡を受けている。

最も別支部からは有料で、遠距離ほど高くなる。なので返信はしていない。

おかげでここ数日は〝連絡せよ〟という連絡が頻繁に来てる。意外と暇なのだろうか?


「そんなの見るか分かんないじゃない」


「定時連絡も兼ねてるから大丈夫だよ。外から戻ったら必ず確認することになってる」


 なので互いに先ず受付に向かう事になっている。

 言わないが、誰に連絡するかで俺たちの間では意味が変わる。

定時連絡は必ずアオバに連絡する事になっている。

これがマシロに連絡した場合は警戒せよ、注意せよという意味になる。

男子二人に連絡した場合もそれぞれ意味を持たせているし、暗号もいくつか決めている。

頭に言葉が足されていたらそれが優先だ。

逆に向こうからこちらに連絡が来る場合も、同じ意味になる。


 こういった事をティルナノーグのお三方とは決めておかなったのは失敗だった。

おかげで個別に連絡が来ていて非常に面倒くさい。

三人に連絡したら三倍費用が掛かり、誰かに連絡すると残りの二人が拗ねるという、全く駄目な大人たちめ。

弟子として可愛がられているのは嬉しいけど。三倍費用が掛かると手持ちを圧迫してくれる。

それで貯めた金使うのもアホらしい。


 今回はちゃんとアオバに連絡をしてあるので、帰ってきたらそのうち来るだろう。だから俺はお酒を楽しんでいれば良い。

 ただ来てからその先・・・・・・・は分かんないんだよね。

俺は悪い話だと思わないが、どう受け取るかまで判断出来ない。

拒否する可能性もあると思う。


 なので聞いた事をそのまま全部伝える許可をもらった。

俺に出来るのはそこまでだろう。

後は久しぶりのお酒を堪能するくらいかな。

夜は百均コンビニでビール買おう。500の奴。


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