第74話 クマちゃんパンツ再び


「あっ」

「あっ」

「ああーーー!!」


 とある施設を使おうと冒険者ギルド内部を一人歩いていると、そこでどっかで見たことのある顔に会った。

向こうも気づいたようで互いに声をあげてしまった。


「クマちゃ」「あぁん!?」


「・・・・・・・」


 ボソッと呟いた瞬間に抜刀して首筋に剣を突きつけるってどうなのよ?

ちゃんと防いだけど。

剣術は多分俺より上手いけど、目に負えない程の動きじゃなかった。

向こうも脅しが半分で本気じゃなかっただろうしな。

 それより金髪碧眼美少女が、ヤンキー漫画みたいなメンチを切ってるのはどうかと思うんだ。

転生する世界が間違ってますよ?


 突き付けられた剣先を指先で押える俺

押さえられた剣にじりじりと力を篭める金髪碧眼美少女

そんな二人を見て、ため息をつくもう一人。

早く止めてよ。


「忘れる約束じゃありませんでしたっけ?」

「そういやそんな話してたな。となると俺が悪いか。ごめんなさい」


「・・・・・・・」

「・・・・・・・」


 どうやら謝っても許してくれないらしい。

眉間の皺だけは少し取れたが、剣を引く気はないようだ。


「リサちゃん?」

「チッ!!」


 もう一人の女性に名前を呼ばれると渋々と言った感じを隠さず剣を引くクマちゃんパンツ。

思いっきり舌打ちしやがった! 別にいいけどな、悪いのはこっちだし。

俺も内心じゃパンツの柄までは忘れてやらない。

別に思い出したりはしないけど。

 彼女は背中では無く腰に佩刀しているようで、身体の向きを変えるとロングソードをクルリと回して鞘に納めた。

そんな仕草サマは絵になっていてとてもカッコイイ。


「どうも助かりました」


「・・・・・・・全然問題なさそうに見えましたけどね。

そちらも反省して、発言には気をつけてください」


 ごもっとも。

礼を言ったら苦言を呈されてしまった。俺が悪いから仕方無いけどさ。


「そう言われてもね。そもそも名前を知らないですし。

俺もいちいち顔を合わせるたびに剣を突き付けられたくないので名前を教えてくれませんかね?

あ、俺は秋野です。アキノ コウヨウ。冒険者ネームはアキノなんで、そちらでお願いします」


「これはご丁寧にどうも。私はサユリ、あちらはリサちゃん。別に冒険者ネームだけで問題ない、ですよね?」


 フルネームは教えてくれないらしい。別に構わないけど。

冒険者ネームがリサちゃん?


「リサちゃんで覚えとけば良いです? それともリサちゃんさんかな?」


 軽い冗談だったんだがムッときたらしい。目がキリッと釣りあがる。


「ちゃんとかキモイからやめて。さんも要らない。あんたも元々大人だったんでしょ? リサでいい」


「ふむ、じゃ俺の事もアキノでどーぞ。今は同い年なんで」


 そう伝えると「そういえば年功序列じゃなくて実力主義の奴だった」と呟いて手を差し出して来た。

握手、いやシェークハンドか。そのへんは父親の教えかな。

別に拒否する理由も無いので素直に握ると


「よろしくアキノ」


と言って思いっきり握りこんで来た。

結構強いな。だが「くっ!」とっか言ってる。

まさかこいつ、伝説のくっころさんか。別になんもしないけどさ。


「ごめん、俺死ぬ前から握力は80キロ超えてたんだよね」


 中学時代から毎日、腕立てスクワットが日課だった。

それから十数年、気づけば物足りなくなって指立て伏せになった。死ぬ前は親指人差し指中指だけでやってたから。

 レベル差がアホみたいにあればSTR値で握りつぶせたかもね。

でも出来ないということはそこまででもないという事。

そもそも男女で手のサイズ的に差があるしな。手のひらが大きい方が握力勝負は有利だ。


 またも「チッ」と舌打ちをして手を離すくっころクマちゃんパンツ、改めリサ。

呼びにくいから脳内ではリサリサにしておこう。

こいつ本当にアオバたちと同じ学校の人気者だったんだろうか?

中身だけ間違って別の人に入れ替わってね?


「リサは呼び捨てでオーケーということで。そちらはサユリさんね。ちゃんと覚えておくので改めてよろしく」


「私もサユリと呼ぶ捨てでで大丈夫です。こちらはアキノさんと呼ばせてもらいますが。生前は大学三年生でした」


「なるほど。でも別に呼び捨てで構わないですよ? 今は同い年ですし」


「アキノ。サユリさんは女子校育ちで男子が苦手なの。あまり近づかないようにしなさい」


 そう言ってリサリサがサユリさんと俺の間に身体を差し込んできた。危ないよ?

急に狭いとこに入って来てはいけません。危うく、手が胸に当たる所だった。

この人、ちょっと飛び出してるんだもん。

どっかの兎人ほどじゃないけど。兎人以下、道明寺以上って感じだな。

 事故でも触れると痴漢扱いされそうだから気を付けないといかん。

出来ればそっちが寄って来ないように気を付けて欲しいもんだ。

両手を上げて手のひらを見せて一歩下がる。

こちらに敵意はありませーん、ってね。

 それにしても男子が苦手ですか。

それで止めるのがワンテンポ遅い訳かな?

となると俺とはあんまり積極的に関わりたくないのだろう。

発言にはさらに気を付た方が良さそう。

悪ふざけを止めてくれるという期待は出来なそうだ。


「ま、今後とも見かけたらよろしくって事で。俺は行くね。邪魔したならすまん。では、お元気で」


「・・・・・・どこ行くのよ? この先なんもなかったけど」


 適当に切り上げて離れようとしたんだが、回り込まれてしまった。

男子が苦手なら放っておけば?


「水汲みだけど? 井戸だよ」


「井戸カ? どこにアル?」


 俺の言葉に突然サユリんが叫んだ。


「この先だけど? 何で訛った」


「うー」


 両手で口を押えて睨まれた。

軽いツッコミのつもりだったんだけど。地雷だったかな?


「あー、サユリさん。親の都合で子供の頃から何度も中国と行ったりきたりだったらしくて。気を張ってないと出ちゃうみたいなの。あんま言わないであげて。本人気にしてるから」


「気にしてません。意識してれば大丈夫ですから」


 それ、絶対気にしてる奴だろ。道理でずっと堅い感じで喋ってた訳だ。

距離を取ってたんじゃなくて、そもそも喋りたくなかったのね。

 どちらかと言うとサユリさんは和風美人って感じの雰囲気だ。

長身で長い髪を頭の後ろで一つに結んでいて、着物を着て日本刀でも持ってれば彼女が武士の家の娘に見える。

金髪碧眼美少女がサムライガールで、和風美女が中国育ちか。

人は分からんな。だが、考えるだけ無駄だ。よし、この件は放っておく。


「おっけ。それで井戸がどうしかした?」


「あるって聞いてカラ、ずっと探してるヨ」

「こないだもそれを聞こうと思って近づいたの。それなのに急にひっくり返ってスカートの中を見るから」


 こないだって。クマちゃんパンツの件は忘れる約束じゃなかったでしたっけ?


「あれは教官と組手してやられたとこが痛んだんだって。あの時は近づいてるとこまで気づいてなかったから俺は悪く無い。ひっくり返って痛み堪えてただけだし。


ってのは置いといて。ひょっとしてずっと井戸の場所探してるの?」


 そう尋ねると二人は物凄く気まずそうに顔を見合わせた。


「しょうがないでしょ。見つからないんだもん」


「いや、誰かに聞けよ。何やってんだか。

しょうがない。俺に着いて来い」


「教えてくれるの? って何で戻るのよ?」


 来た道を戻り始める俺に、リサリサが小走りで追いつく。

サユリんも後ろに来ている。二人でサユリサだ。変なコンビめ。


「登録しないと入れない場所にあるんだよ。受付で井戸を使いたいって言えばやってくれる。なんで先ずは受付、登録が先」


 冒険者ギルドの設備は基本どれも、冒険者証が無いと利用できない。

訓練所もそうだし、資料室もそう。そして井戸も同じく、だ。

 受付で使いたいと言えばそこの部屋に入れるように手配してくれる。

一日一杯だけ無料なので、特に金も掛からない。

 だが登録しないとその場所に繋がる扉が開かない。

井戸の所は何故か壁と扉が同色なんだよな。確かに分かりにくい。

 俺も訓練所に行く前に寄ろうと思っていた所だ。案内するくらいは構わない。

だがそれなら登録してからの方が無駄が無い。


「男子が苦手なのは分かるけど、もうちょっと周りに聞いたりした方が良いんじゃないの?」


「しょうがないでしょ。碌な男がいないんだから! 特にあんたたちの同級生! 何よあれ、最初の五人で一緒で、本当に最悪だったんだからね!! 何なのあいつ! 直ぐ身体に触ってくるし!」


 それは同感。何なんだろね、あいつ?

だが俺に言われてもな。別の人間で他人ですし。ちなみに同級生でなくて元だ。

今は関係ない。

でも最初にアレと一緒だったんなら苦労したのは分かる。分かってしまう。


 セクハラされまくったんだろうな。

なんかごめん。としか言いようが無いよ。俺が悪い訳じゃないけど。

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