第70話 周りもだんだんぶっ壊れ


「聞いてくださいよコウさん~」


 俺を見つけると過去に見た事のない笑顔で声を掛けて来たのはアオバだ。

君ってそんな笑顔も出来たんだね。

いつも冷静で冷めたような、もしくはたまに困ったような顔をしている人だと思ってた。

その後ろからついて来る三人の中にも暗い表情の者はいない。

どうやら試みは上手く行ったらしい。


 ここは冒険者ギルドのロビー。

この街の冒険者ギルドはかなり大きく石造りの四階建てだ。

一階は受付カウンターなど冒険者向けの施設がありロビー部分が広く取られている。中央は吹き抜けで、高くなっている。

 二階は吹き抜けを生かし、階下が見えるような造りの食堂兼酒場がある。他にも冒険者向けの物が売られた店舗などが入っている。

三階が資料室などの専門施設。

四階が会議室などレンタル用の部屋だ。


「二階の酒場を使ってみたかったんだけど・・・・・・ その様子じゃさっさと会議室に入ったほうが良さそうだ」


 その場で話しだしそうな勢いで寄って来た四人を手で差し止めて答える。

残念、祝杯をあげたかった。

という理由でこっちの世界のお酒を飲みたかったんだが、な。

 今日はさすがにお互いの報告をまとめるだけだ。訓練所にも資料室にもいかない。

内密の話だから仕方が無い。一杯くらい許されるかと思ったんだが。

 考えてみれば酒場で話すような内容でも無い。

あくまでも俺が飲みたかった、という願望です。

今離れたばかりのゴンザレスの受付カウンターに四人を連れて戻り、会議室を借りて移動した。






「いやー、大人だったのに棒きれを大事に持ち歩いてるから、未だに中二病から抜け切れてないのかと思ってたんスけど、あれって意味があったんスね」


「もう、そんな言い方無いでしょ。コウさんごめんなさい。えっと槍術の方は全員取れました。おかげさまです。棒術の方はわたしだけ取れなかったんですけど・・・・・・・

でも次は大丈夫です。頑張ります」


 今回はちょっと真剣みがたりませんせんでしたと、ホクトの軽口の謝罪と共に報告をしてくるマシロ。

俺に謝罪をする必要は無いんだけどね。

あくまでも結果は個人の成果である。勿論参考にするが。

 ちなみに今回の件を機に、互いに名前で呼び合う事にもなった。

呼び捨てで構わないと言ってあるが、元の年齢が離れすぎているので俺の方はさん付けから慣れるらしい。

そのうち外すとは言ってるが、最初に呼び捨てで入らないと難しい気がしてる。


「コレで槍術と棒術を覚えられたのは副産物だけど。でもみんなが取れたなら作ったかいがあったかも、ね。

それにしても四人とも行けたのか。それは上々」


 ついサムズアップして答えた。ゴンザレスのが移ったかな?

あいつリアクションが豊富なんだよ。

失敗したかと思ったが、四人ともサムズアップして答えてくれた。

これは相当機嫌が良い。


「副産物なんですか? では何故、わざわざ切ってもらってまでして作ったんです?」


「その棒は俺の身長に合わせて切ってある。これを振り回す事で横の間合いを把握しようとしてたんだ」


 アオバが返して来た木の枝を削っただけの棒を受け取りながら言う。

こいつは初期には有能だったようだ。アオバたちの役にもたったなら何よりだ。

だが所詮、碌に乾燥もさせていない生木だ。

そろそろ次を考えなければならない頃合いかも知れん。

 君は有能だった。だが、そろそろ折れそうで怖いんだよ。

俺はそれを分かって加減してたけど、貸した先でどう扱われたかまで分からんし。

俺の戦闘中に折れても困る。


「間合い、ですか?」


 どうやら俺の説明では誰も理解出来なかったらしい。不思議な顔をされた。


「死ぬ前にキックボクシングをやってた話はしたよね?

例えばキックボクシングの場合はパンチとキックがある。この二つを当てる距離と、刃渡りのある武器を当てる距離じゃ間合い、つまり距離が大分違う。これは分かるよね?」


 もちろん間合い云々よりも普通は刃があるかどうか、の方が大きな問題だ。

だがそれは置いておいておく。単純にバットや棒きれを持っている人間と、持っていない人間ならどっちが勝つか考えて欲しい。

普通は持っている人間のほうが勝つ。

勿論例外はいる。素手で武器を持った奴を倒す奴だって世の中にいるだろう。

でもだからと言ってその例外を参考にしても仕方が無い。諸々が同条件なら、という話。

普通は武器を持った奴が勝つ。間合いの広い方が勝つのだ。

ただそれを振り回して戦った事のある人間が、元日本人でどれだけいるんだって話である。

普通に生きて、普通に生活してれば。まず経験しない。

普通じゃ無い奴の話は知らん。それも置いておけ。

むしろどっかに捨てて来い。


「格闘技に関わらずだけど、戦いって基本は陣地の取り合いだと俺は思っている。

相手が何も出来ない距離で、自分は得意な攻撃をする。有利な位置を取るって意味でだけどね。

これが理想で、そうありたいと思ってる。

 でも魔法が有り、槍やら薙刀やら長物の刃物を振り回す世界で、狭い間合いでしか戦えないんじゃ対応できないじゃん?

だから早急に慣れているキックボクシングの間合い、殴る蹴るの間合いから広げようと思った訳。


とは言ってもただ闇雲に長物を振り回しても意味が無い。

頭で理解する事が大事だと思ってる。

ただ振り回すんじゃなく、前後左右を自分の身長くらい、その距離を攻撃範囲として理解出来るようにしたい、と思ってた訳。それで分かるかな?」


 一気に捲し立てて引かれると思ったが、そうでもなかった。

う~んって顔をしているのはマシロだけだった。

むしろアオバは凄く「分かる」って顔してる。分かるの?


「ちょっと待ってください、ちゃんと意味があるんじゃないですか。槍を習う前に教えてくださいよ」

「そうっすよ、そう言ってくれれば自分だってそう考えて、ちゃんと長さを意識して覚えれたじゃないっスか」


と、アオバとホクト。

そんな事言われてもね。


「別に槍を習う心構えでもないからね。あくまでも個人の感想です。

それより魔法の話に移ろうよ。俺の習得した魔法なんだけど」

「いやいや駄目ですよ。もう私たちは一蓮托生ですから。なんか武術の理論とかあるなら、そいうのをちゃんと教えてください」


 とアオバ。姿勢を正して真剣な目を向けて来る。


「理論と言われても基本独学だよ? キックボクシングやってたと言っても試合出てたとかじゃないし」


「試合とか出なかったんスか?」


「減量とか考えた事もないし。あとは仕事に影響が出るから顔に傷を作りたくなかったのもある」


 強く試合に出たいという欲求が無かったので、プロは考えた事もなかった。

通ってたジムもプロを育成に拘るようなジムでもなかったし。サンドバッグを叩きにいってたようなもんだ。

何人かプロは在籍していたが、体重が合わないのであんまり手を合わせてもいない。

やらないかと言われた事はあるが、断った。

それで食っていく人間ならともかく、こっちは翌日の仕事に影響が出ると困る。


「差し当たって私たちも自分の身長と同じ長さの棒を手に入れて持ち歩くのがいいですかね?」


「いや、槍術を覚えたならもう棒の類は要らんでしょ。次は剣術の約束だし、そっちも試したいから棒に拘るのは困るよ。やるなら長さの把握から始めよう」


「長さの把握、ですか?」


「先に覚えなきゃならない事があるでしょ、まず自分の身体の寸法の把握ですよ。

身長は勿論、股下、座高。あ、座高はいらねぇか。

あと腕の長さ、足の長さ。肩から肘まで、肘から手首、指先まで。股から膝、膝から足首、足首から爪先。あと踏み込みかな。一歩でどれくらいすすむか、とかね。知らないよりは頭に入れておいた方が良い事はいっぱいあるよ」


 例えば両手を水平に広げてティティッテッティーのポーズを取る。

この時の左右の中指の長さが腕の長さになる。

大体身長と同じくらいになるが、違う人もいる。

これはボクシングなんかではリーチの長さとして指標となっていた筈。


「ま、別に指先までは参考でいいけど。武器を握るだろうからそこまでの長さくらいは把握しておくべきだと俺は思う。武器は変わっても身体は変わらないからね。

 特に武器を持つことになるんだから肩から肘まで、肘から手首まで、手首から武器を握る支点まで。

この長さはちゃんと分かってた方が良い。

 次に支点から武器の先端 及び切る位置までの長さとかもしっかり把握しておくべきだと思う。こっちはメイン武器を決めてからで良いけど」


 かの有名な流浪人は愛刀の長さで敵のリーチを測ったという。

最低でも自分の武器の長さくらいは把握しておくべきだろう。

身体云々は俺の屁理屈といえばそこまでだし。


「なんとなくこれくらいって考え方があんまり好きじゃないんだよね俺。多分仕事で0、0何ミリ単位で寸法を出したりしてたからだと思うけど」


「ふむ、詳しくお願いします」


どうもアオバが食いついたようだ。


「あくまでも個人の感想ですよ?」


「コウさん。私は正直暴力が苦手です。人を殴ったこともありません。ですがこうやって魔物のいる世界に送られてしまいました。週に一度、必ず魔物を倒さなければなりません」


「お、おう」


「今までは回復役をちゃんと勤めればこっちの世界でも何とかなるかなって思ってたんです。

けど、こうやってコウさんと協力する事になって、自分で学んでスキルを習得してみて、改めてその大事さを痛感しました。

 自分は何の役だから、じゃなく。ちゃんと訓練して一通り経験しておくべきだと言うコウさんの考えに共感します」


 武芸百般。何でも出来る。

ではなくて、一通り問題なく、とりあえずでも最低限使える。という奴だ。


 死んだ仲間の武器を拾って戦う理論だが、前に話はした。

勿論死んだ仲間とは言ってない。

 気を使って、倒れた仲間と言ってある。

急に語り出したんで驚いたけど。ちゃんとその辺も想像して、考えたんだろう。

危機感を持つって大事だよね。きっと君は伸びると思う。

そしてそんな君らだから組む意味があると思える。

居住まいを正して聞く。


「ですがただこれをこう。こうしてこう。身に付くまでも何度でもやれって教え方が嫌いなんですよ。私も。

勿論反復が大事なのは理解してます。でもやるなら先に理屈が欲しいんです。こうなるからこれが大事、次につながる事にはこういった意味がある。そういった理論で教えて欲しいです。でないと途中でへこたれそうです」


「それは分かる。何かを始めるとき先ずは基本を教えられて、しばらくはそれを繰り返すもんだもんね。

俺は身体を動かすのが好きだから武術スキルはそこまで辛くないんだけど・・・・・・・気持ちは分かるよ」


 人間は基本興味がある事に限る、だからな。

どうでも良いことは辛いもんだ。

アニメが好き、でも興味のないアニメを延々見せられるのは拷問だ。


 ま、だからといって理屈をいまここで語っても仕方がないんだよね。

武器を実際に触りながら、振りながら、覚えながらちょっとづつだろう。

でないと本当に頭でっかちになる。


 それにぼちぼち、魔法スキルの成果のすり合わせをしたいんだよ、俺は。

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