第68話 それぞれの元日本人 ②
「塩でも撒きたい気分かしらね」
チームジャパンの三人がやっと帰ったあと、男子部屋に四人は集まり道明寺菜桜は呟いた。
この四人も男女で別れて部屋を借りている。
「まぁまぁ、あいつらも悪気がある訳じゃないんだしさ」
親友の高野はそう言うが、道明寺菜桜にはとてもそうは思えなかった。
それは他の二人も同じだ。
「カノ、もうちょっと危機感を持ってくれ。あいつらは男女を分断して二人にちょっかいを出そうとしてるんだ」
「まっさかー、そこまで考えてないでしょ~。
昔の知り合いに会ったからさ、嬉しくなっちゃったんじゃない? あいつ友達少なそうじゃん。
一緒にやりたいって、どうせなら手伝ってやろうって優しさでしょう。抽冬、悪く言いすぎじゃない?
三人は五瓶と一緒のクラスになった事なかったから知らないかもしれないけどさ。あいつもそんな悪いヤツじゃないんだって。ホラ、中学の時ってさ、あたしたちの学年に二人、有名な不良がいたじゃん?」
「空手やってた佐竹と、柔道やってるって話の山下のこと?」
「そうそう、五瓶は口ばっかり威勢がいいからさ、よくその二人に挟まれちゃアタフタしてたのよね。
それを誤魔化す為にか他の男子に対してもっと強い事言うの。そういう奴なんだって」
それはただ頭が悪いだけじゃないかと抽冬は思ったが、高野には言えなかった。
「でも分かんないだろ? カノが知らないだけであいつは昔から色々良くない噂があって」
「抽冬、ちょっとしつこいって。大丈夫、あたしだって子供じゃないんだからさ。男女の機微くらい分かるよ? それに今は恋人じゃないんだからあんまり束縛しようとしないで」
高野の言葉に渋い顔になる抽冬。経験上こう言い出すと拗れる事が多い。
それが分かっているだけに抽冬はどう説得しようか言葉を選んでいた。
高野と抽冬。
二人が付き合っていたのは中学三年生の秋から大学二年生の冬まで。
高校までは四人で同じ学校に進んだが、学力には差があった。
鈴代夫妻は同じ大学に進んだが、抽冬と高野はバラバラになった。
別の大学に進んで二年目の冬。
抽冬の浮気が発覚して関係は終わった。
最もそれ以降も抽冬は未練タラタラであるが。
そんな抽冬が「あれは嵌められて」と言い出した所で道明寺菜桜が柏手を叩く。
パーンという大きな音が響き、三人の目が集まる。
「その話はそこまで。今後もこの話は断る。それで良いかしら?」
道明寺菜桜の言葉に三人は頷く。
「どんなに理由をつけても、やって良い事と悪い事があるんじゃないかしら。
最初にそうだって説明してたんならまだしも、自分たちのレベル上げを手伝わせるだけ手伝わせて、それから順番だ、他の奴が手伝うべき。自分たちはその間に別の仕事をする。
なんて言い出しても、それは理解されないんじゃないかしら」
元日本人同士という名目で集まりを持ったのは五回。
だが全員が集まったのは初回だけだ。
具体的な協力の話になったのは二度目の時。
レベル上げを手伝ってくれれば、次は手伝う。だから協力してレベル上げをしようと提案された。
「抽冬が『勿論最初はお前たちが手伝うんだろうな?」って言ったけど、あのときも誤魔化したもんね。それでまたこれだもんね。あたしもそこは全く信用してないよ」
高野がそう言って頷く。その顔をみて抽冬が続けた。
「あの時もあの狐が『先ずは信用してもらえまへんか? でないと話が進みまへんで』とか言って譲らなかった。その頃から怪しいと思ってた。
まーそもそも秋野を呼んでないって時点で何か企んでいると思った」
「コウが来てたらそんな話、絶対に怒って拒否したと思う。
ゴヘイくんはまたコウに殴られていた・・・・・・だろうしね」
その様子を思い浮かべて男子二人が小さく笑う。
二回目三回目と一人欠けており、全員集合とはならなかった。
その来なかった男が同級生の男子で秋野という男。名前がコウヨウなので鈴代春樹はコウと呼んでいた。
「声はかけたけど秋野が拒否した」
とゴヘイは説明していたが、初日に殴られているのでわざと呼ばなかった事は想像出来た。
初日にいたので殆どの人間がそう思っただろうが、抽冬以外は誰も話題に出さなかったので流された。
結局レベル上げの手伝いは数人の協力者がでたので、その面子で行われた。
それはそれで上手く行ったらしいが、同じことを元日本人ではない新人にも話を広げたらしい。
何人か巻き込んで、手伝うだけ手伝わせた。
そしてランクが上がったあとで、約束を守らず拒否したらしい。
それでもその後もレベル上げを手伝っている奴がいる、そう聞いて四人は驚いたくらいだ。
だがその話はあっと言う間に広まって、四回目には参加人数が減った。
本当に呼んでも来なくなったらしい。
実は最初から秋野には声すら掛けてないことを隠さなくなったのはその頃からだ。
その頃にはレベルも冒険者ランクも上がっており、自分たちは手伝わない。次のレベル上げは手伝ってないやつがやるべきだと言い出しており、他の来ていない元日本人を口汚く罵しり始めていた。
そんな状況なので自分たちには恩を着せたいのだろうとも読んでいる。
誘いに来る頻度は減らない。
それが余計に四人を、特に道明寺菜桜をイライラさせた。
(学生の頃は絶対に近寄ってこなかった癖に)
道明寺菜桜は知っている。五瓶という家が問題のある家だった事を。
入学した直後、同じ小学校から来た女生徒にあの男がつきまとって起こした問題をおさめたのは自分の親だ。
それ以来、あの男は自分には絶対に近づいて来なかった。
学区が違うとはいえ同地区の家。
互いに知らないという事はない。親がガツンとやったことが効いたのだろう。
だがこちらでは随分と態度が違う。
それが道明寺菜桜には不愉快だった。
理由は分かっている。初日に流れとは言え、五瓶の肩を持ったからだ。
(同調してしまったから)
決して向こうの味方をしたかった訳じゃなかった。心情的には最初に会った方の同級生、秋野に寄っていた。
だがどうしても譲れない話が出ていて、気づけば口に出していた。
そこを我慢できなかった。
親の決めた事。
それは道明寺菜桜・鈴代春樹の二人にとって、死ぬ間際まで思い知らされていた絶対のルールだった。
死んでなお、従わなければないと本気で思っている。
二人は両家の間で決められた許嫁で、その通りに結婚した。
だが人生で二度だけ、親の決めた事に背いている。
一度目は中学時代。
侍の系譜である鈴代家では学生時代は剣道を続ける事を義務付けられていた。
だが旦那である春樹は姉弟と比べると向いているようには思えず、熱心でも無かった。
それを傍で見ていた道明寺菜桜は、嫌な事を淡々と続けても仕方が無い。無意味だと思っていた。
なので中学では一緒にバスケットボールをやろうと誘った所、悩んだ末に春樹は剣道を止めた。
男女別だが高校まで続け、どちらも二人がキャプテンまで務めたほどだった。
二人にとって悔いの無い、充実した学生時代の経験だ。
だがこれは両家の親には一切評価されていなかった。
その事に二人は気づいていなかった。知ったのは死ぬ少し前だ。
二度目の反抗は大学卒業時。
春樹は親に同業他社に勉強に行くように言われたが、それを拒否して家業に就職した。
卒業と同時に菜桜と結婚するためだ。
数年勉強期間をおくように両家の親族には強く言われたが、一切聞く耳を持たず強硬した。
二人の結婚によって両家は親族として結びついた。
それは確かに両家の念願だった。
この少し前までは。
結局死ぬ間際、三十歳になるまで二人の間には子供が出来なかった。
この事は夫婦にとって大した問題では無い。
実際に三十歳になっても周囲が見れば羨むほど、仲睦まじい夫婦だっただろう。
だが家にとっては違う。
この頃には鈴代家には、同業他社に修行に出ていた姉と弟が戻って来ていた。
別会社で揉まれた一歳しか変わらない二人は、その経験と別会社で培った人脈も手伝って春樹よりも仕事面で結果を出し、周囲に高く評価された。
株式会社スズシロは同族会社だが、株式会社でもある。
現在の社長こそ春樹の父だが、祖父も健在でまだ大量に株式を保有し権力を持ち続けている。
相続税対策として、春樹の父の弟と妹に毎年生前贈与として少しづつ振り分けている最中でもあった。
この弟が春樹にとって難敵だった。
独身で遊び人だが仕事が出来、剣道の達人だった。そして副社長。
中学時代には母校のOBとして部活に顔を出し、指導していた事もあって春樹よりも姉と弟に近かった。
またスズシロの家の他の親族も剣道経験者が多く、大学まで剣道を続けた姉と弟と親しい者が多かった。
どちらも既婚で、既に子供が産まれていた事も影響した。
子供のいない春樹は、親族から後継者から外されようとされており、それは二人も気づいていた。
そして本来ならそれに待ったをかける勢力である道明寺家も強く菜桜を支持できなくなっていた。
結婚を先走った事も響いた。
だがそれ以上に、中学時代に全盛期を埃り、当時には県会議員に祖父ともう一人、さらに市議員町議会議員にまで席を持っていた道明寺家は、この時期には議員はもう祖父だけしかいなくなっていた。
二人の結婚で親族にこそなった。だがそれがきっかけでいつしか両家は、互いに口を出しにくい関係になってしまった。
それを各々の親族に責められたことは一度や二度では無い。
そしてどちらも旦那の希望では無く、道明寺菜桜が言い出した事だった。
結婚に後悔はない。だがその事にだけは後悔はあった。
なのであの時。
親の決めた事だと言った五瓶の言葉を、鼻で笑った昔の友人の態度が許せなかった。
「菜桜、聞いてる?」
考え込んでいたようで、少しだけ上の空だったようだ。旦那の声で意識が戻る。
色々あったが、こちらに来ても二人の関係は変わらないだろう。
「ごめんなさい。ちょっと考え事してたみたいね。何の話だったかしら?」
「佐竹くんと山下くんが当時学校の二大不良だったって話をしたろう?
じゃー三番目は誰かなって話になってさ。柊は絶対にコウだって言うんだよ。僕はそんな事ないって言ってるんだけど譲ってくれなくてさ」
くしゃっと微笑むように旦那言う。この話題は同級生の中では割と鉄板の話題だ。四人も何度もしている。
当時飛び抜けて悪い二人がいて目立っていた。うちの学校の不良と言えば、で名前が出て来るのは必ずその二人。
その二人が突き抜けすぎていて、それ以降が決まらないのだ。
「そうね。コウくんはないんじゃないかしら、と思うんだけど他の人に聞くと結構コウくんの名前があがるのよね」
「そりゃ菜桜ちゃんたちは春子さんや春秋たちとも親しいからだよ。俺は中学三年まで同じクラスになったことがなかったから格技部の秋野って言ったら先輩でも、相手の方が人数が多くても、教師が相手でも、他の学校の不良が相手でも平気で向かって行く狂犬みたいな奴だって聞いてたもん。
三年で同じクラスになって、背の順で俺とハルの間にいたときはしばらく後ろを振り向けなかったくらいだ」
「でも話したら普通だったでしょ。そのうち普通に話してたじゃん」
「ハルが普通に話しかけてるの見て、おいおいおいって当時は思ってたくらいだったんだぞ?
一年の時は山下と、二年で佐竹と、コ・・・・・・秋野は喧嘩してるって聞いてたから。
負けたらしいけど、それ以来二人には一目置かれてるって話だったし。
確かに話したら不良でも何でもないし、穏やかなやつだったけどさ」
四人が秋野と同じクラスになったのは中学三年生の時だけだ。
ただ秋野の所属していた格技部に春樹の姉と弟が所属していた為に春樹と、その二人とも兄弟姉妹のように育った菜桜も話には聞いて知っていた。どちらも決して悪く言った事が無かった。
むしろ勘違いされているだけで、良い奴だと言ってた。
弟の春秋なんて「あんな兄貴が欲しい」と言っていて、実は内心少しむかついていたくらいだ。
なので菜桜は最初から特に怖がることもなく接せれたし、その縁で高野もすぐ話すようになった。
「コウくんが喧嘩するのは大体女の子の味方をして巻き込まれて、なのよね。だから男子と女子じゃ見方が違うんじゃないかしら?」
「あー、あたし二年の時佐竹と喧嘩するとこ見てたけど、モミジ、じゃなかった秋野と噂になってた子いるじゃん。同じ団地に住んでるだけだってあいつは言ってたけど」
「何それ? 俺聞いたことないけど」
「抽冬知らなかったっけ? モミ、秋野は小学校の時からの同級生女子と、って噂になってたのよ。女子の間じゃ有名だった。ただ誰かがはっきりしなかったのよね。何人か候補はいたんだけど。
あいつ素っ気ないけど別に無愛想でもないし、話しかけられれば誰とでも普通に話してたし。
って、それは置いといて。その子が佐竹とその子分に囲まれてお尻触られたのよ。
よく知らないけどそれを秋野が聞いたらしいのよね。それで文句言いに来て、それで喧嘩になっちゃった感じ。最後は佐竹に椅子で後ろからガンって感じでやられちゃったけど。
だから別にあたしも悪い奴だとは思ってなかったのよね。目つき悪いけどさ。
よく見りゃそこそこだって一部女子には影で少し人気あったし。そのせいで男子には結構嫌われてたみたいだけど」
そりゃ衆目の集まる所で女子の味方をしてりゃーな、と抽冬は思ったが口には出さなかった。
そう出来たら良い、と男なら思う。
だが出来ないのが普通だ。当然抽冬には出来ない。ただし高野だけは別だ。
それを平気でやる奴が目の前にいたら、かっこつけやがってと不愉快に思う奴も沢山いるだろう。
そしてそこまでやってて噂にならないほうがおかしい。
「そうよね。キャーキャー言われるタイプじゃないのよね。でもコウくんから告白すれば受けたって子はっ結構いたんじゃないかしら? しなかったし、されても断ってたみたいだけど。それは柊くんも知ってるんじゃないかしら?」
「うっ、その節は・・・・・・ごめん」
そんな秋野だが、この四人と中学三年生のときの関係は良好だった。喧嘩なんてしたことがない。
背の順で近いもう一人の男子を交え、男子は四人でずっとつるんでいた。
修学旅行までは。
楽しい修学旅行だったが、戻ってからはどこかギクシャクする関係になった。
秋野だけでなく、もう一人もよそよそしくなった。
当時抽冬は、それは高野と自分が付き合い始めたから気を使われているのだと思っていた。
長年の恋が叶って浮かれていた抽冬は、それをなんとかしたくて秋野を呼び出した。
高野たち二人と仲の良い同じクラスでバスケ部の女子を引き合わせ、付き合うように勧めて断られた。クリスマスの少し前の事だ。
暴力沙汰にまで発展したこの件が原因で、四人と秋野の間には大きな溝が出来きた。
冬休みが終わっても互いに目も合わさないで過ごすようになり、そのまま受験へと突入した。
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