第67話 それぞれの元日本人 ①
秋野紅葉の元同級生、道明寺菜桜は憤っていた。
「ぎひゅぎひゅ、意地を張るなって、なぁキャノン~。そろそろ良い返事をしろって。もう何度も誘ってるだろ?
俺ちゃんが間に入ってるからこそ、優先して声を掛けてやれてるんだぞ。そこんとこもちゃんと考えろよな」
こちらの世界に来てからずっと利用している定宿に、今日も三人の客が来たからだ。
二日と明けず日参してくるこのグループが鬱陶しくて仕方がなかった。
「だからその話はもう断ったでしょ。そっちとは合流しないよって何度も言ってるじゃん」
会いに来たのは『五瓶 昌弘』
卒業以来会っていないので存在すら忘れていた男だ。だが間違いなく中学時代の同級生の一人である。
冒険ネームは〝マサさま〟
自分が呼ばれる冒険者としての名前に自ら敬称を付けている。その話を聞いた時、この男を変わってないなと道明寺菜桜は思った。
中学時代から一人じゃ絶対に行動しない、誰かといると調子の良いこの男が好きじゃ無かった。
この勧誘活動もそうだ。必ず他に二人、元日本人を必ず連れて来る。
一度くらい自分だけで顔を出しに来てみたらどうなんだ、と思っている。
「そうだ、カノの言う通りだ。何度も言ってるだろ、俺たちはお前のやり方が好きじゃない。だから合流なんてすることはない。帰れ、それでもう来るな!」
旦那の親友である抽冬柊一が毎度強く言う。だが、三人は意に介さずニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべるだけだ。
五瓶が好きではないのは彼も同じらしい。
人をあまり悪く言わない旦那、鈴代春樹も同じようで、どうしても好きではないという態度を隠せないでいる。
なので訪ねて来られれば、この中では比較的誰とでも上手く付き合える親友の
申し訳無いとは思うが、それでも矢面に立つことはどうしても嫌だった。
視線だ。三人の自分を見る目が嫌で仕方が無い。
決して座って腰を据えての応対などしない。なので立って接する事になる。
道明寺菜桜はその中で一番後ろに位置する事が多い。
だが五瓶を含む三人の男は高い頻度で彼女へと視線を向ける。
まず胸。次に下半身、足を見ると下腹部へ上がっていき再度胸を舐めるように見てから顔に焦点を当てる。だが顔を見ても目が合う訳では無い。ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべているだけだ。
それが道明寺菜桜はどうしても耐えられなかった。
「ぎひひっ、良いのかなそんな事言って? ぬっくとう~、おまえら今、レベルいくつだよ?
5か6か、そんなとこだろう? まさかまだ5にもなってない、なーんてことはねぇだろうな?
あのよぉ俺ちゃんたちはレベルのある世界に来たんだぜ? こうなった以上はレベルが全てだ!
レベルを早く上げた者が勝つ、そう決まってんだよ。やり方に好きも嫌いもねぇんだよ!
つまりレベルを上げた俺ちゃんが偉いの。お前らは黙って従えばよいの!」
「だからって約束を破って良い事にならないでしょ。自分たち以外で順番にレベル上げの手伝をしろ、とか言ってないで、自分たちでやんなさいよ」
こちらの世界に来て二週間ほど経つ。
その中で目の前の男たちは最速でレベルを上げている存在だ。
〝元日本人同士で力を合わせて協力しよう〟
初日にそう呼びかけ、何人かの協力を取り付けた。
その結果として新人では最速で冒険者ランクが上がり、レベルも既に13だと言う。
までは良かった。だがその後が良くない。
自分たち四人のレベルを上げるのに手伝せるだけ手伝わせて、その後手のひらを返した。
「ぎひゃひゃ、ほんと馬鹿な、だから何度も言ってるだろー。
俺ちゃんたちは日本人全体の事を考えてるの。わっかんねぇかな~、わかんねーんだろうなぁ、いいか?
先ず俺ちゃんたち四人、〝チームジャパン〟のレベルを上げる。これで俺ちゃんたちは通称〝フロントランナー〟 まっ、先行組って奴だ。
レベルのアドバンテージを生かして、低レベルの奴らにゃ行けないような場所の情報を集めるのが役割って訳じゃんか」
「じゃーその情報を先に提供してみろ! 人を集めても今じゃ碌な話しないじゃないか! お前ら本当に情報なんて集めてるのか?」
「ばっかだな~抽冬は。そんなの無償で提供する訳ないじゃん。そんな奴いるかっての。
俺ちゃんたちのレベルを上げるのを手伝った奴らが先だっての。そいつらにはちゃんと提供する。
ま、お前らには教えねぇけどなー!! ぎゃははは。
ただ俺ちゃんたちが集めたその情報を、活かすには先にそいつらのレベルを上げてやる必要が有んの。
もうそこまで道筋は出来てるんだって。だからチャンスをやるって話だろ? そこんとこ理解しろよな」
「断る!
自分たちのレベルを上げさせたんだから自分たちが手伝え。他の人間がそんな事する必要は無い! そしてそんな情報も要らん!」
「はぁ? お前俺ちゃんの事なめてんの? 喧嘩売ってんのか? 中高と学校しめてた俺ちゃんにそんな口聞いて無事で済むと思ってんの?」
「そんな話は初耳だ。出来るもんならやってみろ」
抽冬が五瓶に食って掛かって言い合いになる。これはもう毎度の光景だ。
それを避ける為に高野がなるべく対応しようとしているのだが、彼女が男性と話しているところに抽冬がカットインするのも昔からである。道明寺・鈴代夫婦とって当たり前すぎて気にする事じゃなくなっている。
ただ口だけで、それ以上互いに近づかないので不毛な言い争いだけが続く。
おかげで宿の従業員や宿泊者に嫌な顔をされるので、道明寺菜桜は尚嫌な気分になる。
「まぁまぁどっちも落ち着きましょか。ワテらだって別に意地悪でレベル上げを手伝わない訳じゃないんでっせ?
手伝ってもろてレベルを上げた。なのにこのアドバンテージを潰す訳にいかへんでっしゃろ?
たらたらやっとったら他の奴に追いつかれるやないですか? それは勿体ないとおもいまへんか?
ちゃんと調べてまんがな。教えるのは全然構いまへんのや。
でも何度も言っとりますがワテらの希望は日本人みんなでの協力や。
そこだけで終わりじゃあんまりでっしゃろ?」
間に入ったのは狐人族になった日本人だ。
彼ともう一人は五瓶と違い、元同級生では無い。なので普段の交渉は五瓶に任せているようだが、話が拗れて来るとこうやって介入して間を取り持とうとしてくる。
ここに来ていないがもう一人マツオカという男がいる。
その男と今いるこの三人。その合計四人が〝チームジャパン〟と名乗り、初日から積極的に日本人同士での協力を呼び掛けている。
来ていないマツオカという男が、実質彼が彼らのリーダーだ。
死ぬ前の年齢は三十八歳。
簡単な自己紹介の後、彼が最年長という事で〝チームジャパン〟は彼を中心に日本人はまとまって行動しようと言い出した。
それを強くアピールしていたのが元同級生のゴヘイ。
その場で年功序列の正しさを強く訴え出し、混じっていた中で明らかに若いだろう高校生風の男女を下に置いて扱った。
だがその場にいた別の同級生、元の年齢が同い年の男から反発が出た。その事に怒り切れ散らかした。が、返り討ちにあっている。
紆余曲折あったようだが結局チームジャパンの一員として行動している。
一緒に来た一人が
欠かさずゴヘイと一緒に来るが、いつも角度を付けて決め顔を作り、女性二人にアピールをしているので完全に黙殺されている。
最後が狐人族で怪しい関西弁で喋る目の前の男だ。
関西出身の元大学生で死ぬ前の年齢は二十一歳。
この四人に共通しているのは全員が後衛魔法専門職だろうと言う事くらいだろうか。
「別に悪い話じゃありまへんやろ?
本来なら四人で魔物を抑えてもらってもかまへんのですわ。
それを先の連中が攻撃してレベル上げる。それを繰り返すだけですわ。何のゲームでもある養殖育成って作業で別にズルでも何でもないんですわ。
それを特別に、前衛に周るのは男性二人だけでええ言うてまんがな?
ゴヘイはんの知り合いだって言いますから、大盤振る舞いやで。その間女性二人はうちらに合流してもらってええ、言うてるええ話じゃないですか」
冒険者ランクが既にGからFに上がっている〝チームジャパン〟は六名でパーティが組める。
四人しかおらず、二人空きのある場所に特別に女性二人を入れる、という一見好待遇に見える条件を提示していた。
「嫌だって言ってるじゃん」
「何でだよ? 昔からの知り合いのキャノンだから特別に、俺ちゃんが頼んでやったんだぞ?」
「良く考てみなはれ? 離れる言うても一時期や。強い魔物と戦えべレベルがあげられますやん。タカノはんは魔法職でっしゃろ?」
抽冬・鈴代の二人は別の声を掛けているパーティと合流して、前衛として壁の役割をこなす。
その間に高野・道明寺はレベル上げをしていれば良い、という提案だ。
「戻った時に後衛火力のキャノンと、回復役の道明寺がレベルが高い方が有利だろ?
俺ちゃんたちの優しさだぞ? ありがたく受けて感謝するのが筋だろうが!」
「別にあたしたちはそんな事頼んでないでしょ」
「そうだ! 昔の知り合いで後衛火力だって言うなら白鳥にでも声をかければいいだろーが」
白鳥はもう一人いる元同級生だ。彼を含めて7人の元同級生が同時にこの世界に送られた。
これはこの街に送られた日本人の中で2番目に多いグループに分類できる。
「ぎひひっ、あれも俺ちゃんの手下だからな、勿論声は掛けてやってる。
だがどいつも最初は壁役からなんだよ。これだけは譲れねぇ。
何で後から入って来ただけの奴に良いポジションを譲ってやんなきゃなんねぇんだっての。抽冬・鈴代、おまえらもだ。
俺ちゃんたちが考えて、俺ちゃんたちが声を掛けて進めてるんだ! 文句があるなら自分たちで声を掛けてやれば良かったんだ。それをしなかった以上、最初はみんな身体を張らなきゃなんねーの!
いいか! 俺ちゃんたちはな! 全体の事を考えてやってんの! 厳しい事を敢えて言ってやってるんだ! どいつもこいつも分かってねぇ! 魔物がいて、レベルがあって、戦わなきゃならねぇ!
だからこそ日本人は纏まる必要が有る! 憎まれ役を進んで引き受けてやってんだ!」
「・・・・・・何と言おうがお前が言うと、下心があるとしか思えん」
そう言ってかぶりを振る抽冬を三人は冷たい目で見ていた。
「じゃー抽冬はんは女子にも前衛をやって魔物と戦え言うんでっか?
そりゃあんさんみたいに最初から前衛を織り込んでいる人ならええやろ。でもそちらのお二人は明らかに違うやろ?」
魔法後衛職を選んだ高野。
回復役を選んだ道明寺。
全員が初心者向け装備セットを買わされたおかげで、大体どこに重きを置いているかは見当が付けやすい。役割分担は外から見ても分かる。
「おまえらはバスケ部で鍛えてたろ。鈴代なんてキャプテンだったじゃねぇか。居る中で一番背もデカイ。
なのに女子と一緒に後衛じゃなきゃ嫌だ、とか通らねぇからな」
そう言った五瓶の顔は笑いが堪え切れないという嫌らしい表情をしていた。
他の二人もうんうんと頷いている。
そんな五瓶と他の二人を見て、道明寺チームの四人は改めて内心呆れた。
ここにいないもう一人、マツオカを含めてチームジャパンの四人は揃って体格が良くない。
全員が170センチに満たないだろう。
対してこちらの四人は全員が元バスケットボール部出身で、女子も比較的背が高い。
男子二人はなおさらだ。一緒に来たもう一人を含めた三人が今回同時に来た二十五人の中でのトップスリーだった。
「は、レベルレベル言っといて結局は身長かよ。見て分からないのか? ハルは後衛火力職を専門に選んだ。それなのに前衛を押し付けようとか、お前らの言う全体を考えてるは随分自分勝手だな」
そう言った抽冬にため息を一つ吐いて、狐人族の男は鈴代春樹に向き直す。
「何でも実家も会社経営のお金持ちだとか。その上背も高くてお顔も良いとか、本当に羨ましいやんな。
そんなお人だからこそ女性二人、それも恋人に危ない事させるくらいなら自分がポジションをコンバートするやろう、そう考えての提案ですやん」
「だからそれを勝手に決めるなって話でしょうが。もう良いから、帰ってよ」
ちょっと苦い顔をした鈴代に代わり高野が返事をする。
だがそれでも三人は取り合わず、しばらく似たような問答が続いた。
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胡散臭さを出したくて変な関西弁になっておりますが、ご容赦ください。
作者関東生まれ関東育ちで、関西弁を喋る知り合いは変な奴しかおりません。
怪しい関西弁しか知りません (;^ω^)
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