第55話 メモ帳とボールペン



「さて話が逸れたけど、情報交換に話を戻そう。

呼ばれなかった事は別に説明出来るから、もういいですよ」


 なんか陰口言ってるみたいでちょっとね。

この話の前にアオバたちからもう一人の同級生、白鳥宏に俺の事を聞いた事を謝罪されている。

それを聞いて、「あの野郎陰口か! 居ない所で悪口吹込みやがって」と思った。

なのに俺も同じことしてる。どう取り繕ってもその事に変わりがない。そろそろやめよう。


「説明って、出来るんですか?」


 やめたいのにー。

ちなみにアレに俺が居ない事を問い詰めたのは抽冬だそうだ。

「秋野はどうした? 何で来ていない?」と聞いた抽冬に対し

和解してやろうと俺ちゃんが一人で会いに行ってやったたのに、あいつは拒否しやがった」

と答えたらしい。

一人で、という所がポイントだな。

同行者が居ないんじゃ誰も会った事を証明できないじゃん。だからこっちも説明しか出来ない。


「こっちに来てからずっと日記をつけてるから。

あいつに何時に何処で俺と話したかを確認すれば、少なくとも俺がその時に何処にいたかは正確に答えられるよ」


「なるほど、アリバイを証明できるわけですか」


 ニヤリとアオバが笑って言う。

アリバイというほどのもんじゃないがな。

そもそも日記と言うか記録だ。スキルを取得する為のメモ書きだからあまり他人に見られたくない。

 ただ何時に、どこで、誰と、どんな訓練をしたか、は細かく書いてある。

一体奴は何処に俺に会いに来たのか?

それが食い違ってた時に奴は何て答えるんだろうね?

俺が嘘ついている、としか言いようがないだろうけど。


「その日記を見せてもらえれば、次の機会に自分が追及するッスよ」


「いや、それは止めといた方が良いと思うよ。揉めるなら自分でやるし。俺の代わりにわざわざ揉める必要は無いでしょう。

変に目を付けられるとホクトくんが大変だよ、関わるとただ疲れるだけで何も得るものないし」


 ホクトが追及とかね。余計な事言いそうだから堪忍して欲しい。

そもそも日記なんて人に見せるもんじゃない。

必要な時が来たらその日のその部分だけ限定だっての。

内容を覚えられて他の日本人にペラペラ喋られたりでもしたら、ね。

絶対やだ。

ちょっと悪口や愚痴も書いてあるし。ちょっとだけだけどね。


「あ、日記で思い出した。あぶねぇ、牛丼に気を取られてすっかり抜けてたわ。

これ、渡そうと思ってたんだ。受け取って欲しい」


 作業服の膝横のポケットから百均コンビニで買ったメモ帳を四冊、各自に渡していく。

同じく胸ポケットに入れておいたボールペンも一人に一本渡す。

後で渡すつもりだったが、話の流れを変えるなら、今でしょ。


「これ、もらっちゃって良いんですか?」


「うん、前回経験値とか調べた時暗記して確認してたでしょ?

俺の場合仕事でいつもメモを持ち歩いてたからさ。気が付かなくてごめん。今後経験値の数字も桁数が増えていくだろうし、無料期間終わっちゃったから何度も〝ルーム〟に出入りしはにくいでしょ。良かったら使って欲しい」


 マシロの言葉になるべく軽い感じになるように答える。遠慮される方が困るのだ、使え。

あの日なるべく彼女らの負担が少ないようにと、俺が〝ルーム〟に積極的に出入りして数字の確認をしていた。

だが、それでも何度かは彼女らにも確認してもらわない訳にいかなかった。

 手帳を開いて数字の変化を確認する俺に対し、暗記して答えていたアオバとマシロ。何でだろうとは思っていたが、その時は理由が思いつかなかった。

考えてみたら俺も、道明寺のグループも、そして目の前のアオバグループの誰も、カバンの類を持っていないのだ。


 アオバたちブレザー学生服組は宿泊訓練の移動中に、バスが事故を起こした可能性が高いと聞いている。

なので制服のままこちらに送られた。

 バスで移動中ということは大荷物はホテルか、バスのトランクの中だろう。

それでもリュックサックとかで手荷物は持っていたと思う。

だがそれはこっちで持っている所を見ていない。


 道明寺グループの四人も車の事故だと言っていた。

俺と同じ元三十歳の女性が鞄を持たずに出かけるというのは考えにくい。

だが会った時には誰も手荷物を持っていなかった。


 俺も同じだ。仕事中の車移動だったが弁当・水筒を入れたバッグを持って車に乗っていた。

だがそれはこちらに持って来れていなかった。

 手荷物は駄目で、着の身着のまま送り込まれた可能性が高い。

バッグがあればスマホの充電器も入ってたのに。

仕方ないから電気が通った後に買い直したけど。

百均コンビニで買った充電器だと差し込み口が壊れそうで何か怖い。


「俺の契約した店だとシンプルなのしか無かったけど、無いよりはマシだと思って使ってみてよ」


「わかりました。ありがたくいただきますね。

それで何を調べたら良いんですか? 調べて欲しいものがあるからくれる、ですよね?」


「ふふふっ、やっぱ分かっちゃうか。アオバさんは話が早くて助かるよ」


 タダであげるが、勿論何もしなくて良いという事はない。


「お願いしたいのは二つ。

一つは実験ね。ボールペンが一本余るから、誰か二本持ってて欲しい。で、七日以内にもう一度会いたいんだ」


「なるほど。買った物も一週間で消えるかどうか、ですか?」


 ボールペンはそれを見越して五本入りを買った。

俺の分は元から使ってる愛用のペンがある。もっと多い入数のペンも売っていたが、そこまでは良いだろう。


「こっちの世界の人に渡したら多分七日で消える、んだろうとは思う。そう言われたしね。じゃー同じ日本人に渡したらどうなのかって思ってね」


 これは結構大きい問題だ。日本人同士で共有できる場合、色々考えなければならない。

組んでいる人間の方が圧倒的に有利になる。


 本当はティルナノーグのお三方で先に試そうと考えていた。

だが実際に消えれば間違いなく、それに関しての説明を求められるだろう。

今はまだ追及されたくない。どこまで話せば良いか判断が出来ていない。

確認する事が多すぎて一人では手と時間が足りない。


 ちなみに買った品物は〝ルーム〟に置いておく限り、今現在七日以上放置しても消えていない。

ただこれはまだ言わないつもりだ。

〝ルーム〟の中で俺が七日分、百六十八時間を過ごしたら消える、という可能性が残っている。

正確に分からない事を伝えてしまい、消えてから文句言われても困る

もう少し稼げるようになってから提案し、アオバたちにも試してもらいたい。


「分かりました。もう一本のペンは私が預かりますね。

で、それ以外は七日以内に一度秋野さんに触ってもらい、渡さなかったペンが消えるかどうかを確認すれば良いんですね。

それで消えるようなら、必要な物は自分で買えるようにする必要がありますね」


 アオバの言葉に頷いて返す。そこまで分かってくれれば良い。

メモ帳とボールペンくらいなら俺が毎度、消える度に用意しても良い。

 だが、そうもいかない物が今後必ず出て来るだろう。

そこは意識しておくようにして欲しい。何でも共用シェアするのは難しい、だろう事を一緒に確認しておきたい。


「あともう一つは面倒くさいよ? 嫌なら先に言ってね」


「何言ってるんスか。俺たちに任せてくださいよ」


 お前が一番心配なんだけどな、ホクトくんよ。

だが期待はしている。一人じゃ限界があるからな。


「この先出会う全モンスターの経験値と日本円のリストを作りたいんだよね。

なんで、何て魔物と何匹戦ったか。それによって数字がどう変化したかを全てメモして欲しい

 とはいえさすがに〝ルーム〟に入って確認しろとは言わないよ。毎回250円掛かるんじゃ大損だし。

一日の総数を集計して欲しい」


 さすがにこれにはマシロとホクトが嫌な顔になった。

はっはっは、似た者カップルめ。

でもこれを飲んでくれないと、この先やっていけないんだなこれが。


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