第54話 アレオレソレ





「何度も同じことを聞いてすいませんが、ほんとに呼ばれてないんですよね?」


 ナグモが申し訳なさそうに聞いてくる。この質問は四度目だったかな。

二度目の会合も三度目の会合も、ちゃんと俺に声を掛けている、んだそうだ。

アレが。

誘ったのに俺が拒否した、と言っているらしい。

一人足りない事を指摘されて、皆の前でそう答えたんだって。 


「呼ばれるどころかあれから顔も合わせてないよ。だから一言も喋ってないね」


「なんか『そんな馬鹿らしい集まり誰が行くか』って断られたって言ってましたけど」


「あの馬鹿が呼びに来たら、言っちゃいそうではある」


 なので完全否定が出来ない事が少し悔しい。でも実際呼ばれてすらいないからなぁ。 

居ない場所で周囲に悪口を吹き込んで、仲間外れハブに持って行くのはゴヘイの得意なやり口だ。

小学校の時からよくやられた。こっちでもやっぱりやってやがるようだ。

想像通りにいっててちょっと笑える。

別に俺はアレの下に就くくらいならぼっちで構わない。


「日本人同士で協力しようとか言っといて裏でそんな事してるなんて!」

「うん、本当に最低ッ!」

「言っている事とやっている事が違いすぎるよな」


 うん、確認したらばれるような嘘をよく吐くよな~と思う。

四、五人なら上手く行った可能性もあった。だが元日本人は二十五人もいる。

誰かしら接点持つとは思わなかったんだろうか?

考えもしないだろうなぁ、きっと。


「それは一度置いといて、他の話をしましょう」


「えー、秋野さんはそれで良いんですか?」


 馬鹿の話をしても時間の無駄だと思うんだが、マシロは納得いかないらしい。


「良くは無いけどね。確認すれば分かる事だし。ここにいる四人が分かってくれれば今は良いよ。

昔から外堀を埋めていくやりかたが奴の好みだったし」


 それはつまり自分に自信が無いと言っていると等しい。

特に親の名前を使うのが当たり前だったからなぁ。


「あー、秋野さんの事『俺の子分だ』って言ってるのもそれですか?」


「そうそう、それそれ。親同士が決めた関係、とか言って馬鹿じゃねーかっての。

そんな話、俺は聞いた事ないんだけどさ。

あいつはいつもそうだった。俺が知ってるだけで前世の小中学校で親の決めた婚約者が三人いたし」


「三人って・・・・・・

凄いですけど別にモテモテだった訳じゃないんですよね?」


「モテモテって、それは無いな。

あいつの親が地元で会社を経営してて、同級生の親が何人かそこでパートしてたんだよ。それを良い事に勝手に言ってただけだね、『あいつは俺の婚約者だ。親同士が決めたんだ』って」


 少年野球の件もそうだが、そういった噂は周るのが早かった。

小学校の時にそれを言われた女子二人の親は早々にパートを辞めたらしい。同級生女子もアレに関わらないように逃げ回っていたと思う。中学受験した子もいるくらいだ。


 ただ酷かったのは小学校までだった。

中学からは別の小学校出身の道明寺菜桜と鈴代春樹が一緒になった。

アレの家よりも名家で、祖父が県会議員の道明寺家。

会社の規模が奴の家よりよりはるかに大きい鈴代家。


 入学早々他の小学校出身の女子をターゲットにしたアレは「あいつは俺の婚約者」と周囲に言いふらし、それが問題になった。

 小学校の時なら内密に処理して終わった。

だが婿養子の奴の親父の権力ちからは、中学では通用しなかった。


「でも実家が会社を経営してたんならそれを喜ぶ女子もいたんじゃないですか?

実際多いですよ、玉の輿とか言って喜ぶ子」


 アオバが言う言葉にナグモとホクトが少し嫌な顔をした。

女子の間のそういった面を見たくはない、って気持ちは分かる。

でも確かにそう考える子も中にはいるだろうね。

玉の輿ならば。


「あれは男子三人兄弟の末っ子だから玉の輿は無理だったからじゃない?

兄貴が継ぐ雰囲気だったし。奴のとこでパートしててそれを知らんわけじゃないだろうから、ねぇ」


 確か兄貴の方が勉強は出来た筈。

三人とも親父にそっくりの性格で、どいつもこいつもクソだったけど。

歴々の兄弟が問題を起こし続け、アレは出涸らしの馬鹿息子扱いだ。


「なるほど、秋野さんの親もパートで雇ってもらってたってことッスね。

だから『秋野は俺の子分』とか言ってる、と」


 ホクトの言葉に他の三人が頷いている。

けど違うよ?


「うちの親は雇われてはなかったね。まぁ奴んちに比べると貧乏だったけど。

正確には向こうの母親と俺の母親が小中高と同じ学校で、部活の先輩後輩関係なんだよ。おばさんは良い人でよくうちの母親に愚痴りに来てた」


 母親同士は先輩後輩関係でも仲が良かった。だが父親同士はそうでもない。

向こうの親父は俺の親父とは三歳違いで直接接点は無かったのだが、こっちも同じ小中学校で、同じ部活、それも野球部という繋がりがあった。

 うちの親がどっちも後輩という事で、アレの父親はうちの親を見下してくれてたからなぁ。

親父も先輩って事で遠慮していたし。

という事を嚙み砕いて説明するとナグモが渋い顔で言った。


「あー、親の関係がそのまま自分にも当て嵌まると思ってるのか」


「前世でも小学校の時からずっと言ってたからなぁ。母親にいくら言われても聞かないんだよあいつ。あいつって言うかあの兄弟、基本的に女を馬鹿にしてるから」


「最悪ですね」


 アオバが生ごみを見るような目になった。

なので女子は特に気を付けた方が良い。アレの女の口説き方は力関係でゴリ押ししてくる。


「父親の影響が強いんだと思う。

俺さ、それで何度かあれを殴ってるんだけど、母親を飛ばして父親に言いつけるんだよね。

おばさんは『うちのバカ息子が悪い』って許してくれたんだけど、あっちの親父がね。

おばさんに隠れてうちの親父を呼び出して・・・・・・責める訳だ」


 それがあって小学校の途中からは相手にするのを止めた。

少年野球も辞めたかったんだけどね。

辞めるとその件でもまた責められるからだろう、親父が絶対に辞めさせてくれなかった。

 あっちの親父は俺ら兄弟を干して、自分の言う事を聞く親の子供を試合に出す。

あの馬鹿はそれを『秋野ん家の兄弟は下手だから試合に出れねぇんだよ』とせせら笑ってた。


 それもこれも奴の父親が子供の頃は強かったからだ。

別に世話になっても無いし、むしろ今も軽蔑してるが。


「親が一緒にこっちに来てないのに、親の名前が通用すると思っているところが俺には分からんよ」


「多分ですけど先に周囲に言いふらしてそんな空気を作っちゃえば、秋野さんがその雰囲気に飲まれてそうなる、と思ってるんじゃないですか?」

「確かに。あんまり自信満々に言ってるから。本当にそうなのかと思いましたもん」

「秋野さんに話を聞いた後だと、何でそんなに声高々と言えるのか分からないっすけどね」

「そう? うちの高校にもいたじゃない。親が会社を経営してるって言ってブランド品を見せびらかしてる子。親の力 = 自分の力だって本気で思っているんでしょ」


 確かにそんな感じではある。別にそこまで偉大な父親には見えなかったがな。

先にも言ったが婿養子で、おばさんの方が強かった。

だが子供の目にどう映っていたのか、までは俺には分からない。


 そう聞くともう一人同じような奴が思い浮かぶ。道明寺菜桜だ。

彼女の方も、ソレなんだろうと思った。

祖父が県議会議員で彼女はそこのお嬢さまだった。

だがこっちに来たらみんな同じ、ただの人だ。

それでもまだ、彼女はそれが通用すると思っている節がある。


 日本人同士の会合をぶち壊して殴ったのも、最終的に彼女がアレに同意した事が大きい。

ブレザー学生服組を小馬鹿にしてたアレを、俺が咎めたのが発端だが。


秋野お前は俺ちゃんの子分の癖に! なんだその態度! 」


とアレが言った。それに


「頭おかしいんじゃないの? 死ねよ?」


と返した。すると


「親同士がそう決めたんだぞ! 逆らうのか! 俺ちゃんの親父に散々世話になった癖に!! この恩知らず! お前は人間のクズだ!」


と喚いてた。そんな事実は俺は知らない。

 親にそんな話をされた事は一切無かった。なので


「そんな話聞いた事ないし。お前の親父なんてセクハラで問題になって会社を追放されて、その上離婚されて無一文で家も追い出されたのにどこを尊敬するんだ馬鹿」


とあしらった。

 まさか俺がそこまで知ってるとは思わなかったんだろう。奴は黙った。

母親同士がまだ繋がってるから、たまに連絡すると別に俺は興味が無くても聞かされるんだよ。


 それを


「コウくん! 親が決めたことはちゃんと守りなさい!」


道明寺菜桜ソレが入って来たのだ。

だからそんな話聞いた事ないってのに。

何言っても「許さないわ!」の一点張りだ。おかげでアレが調子に乗る乗る。


 それまでは互いに触れない距離を保っていたものを、道明寺グループが味方になったと思った馬鹿が俺の胸倉を掴み上げて唾を飛ばして喚くようになった。


 あとは知っての通り。

あれ? 道明寺グループが一番悪くね?

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