第53話 牛丼


 よく煮込まれ味の染みた牛肉とタマネギを、同じくタレの染みたご飯と共に口に運ぶ。

この味、魂が震える。

俺の日本人だった部分を、強く刺激しやがるぜ。


「くぅ・・・・・・美味い!! やっぱ牛丼は最高だ」


「でしょでしょ。秋野さんなら分かってくれると思ったんスよ」


 なんてホクトが調子の良い事を言って来る。いやいや絶対そこまで考えてなかっただろ、おまえ。


「確かに美味しいだろうけどさ」


「うん、最初に契約するのが牛丼屋ってどうなのよ」


 マシロとアオバが小声で言っている。

多分これも怒りポイントだったんだろう。普通あの状況で牛丼屋は無いわー。

俺だって聞いたときはどん引きした。


 だがこいつがうまい、やすい、はやいでおなじみの牛丼屋さんと契約してなければ俺は当面牛丼なんて食べれなかっただろう。

専門の飲食店と契約なんて選択は俺には出来ない。したいと思っても、駄目な気持ちが絶対に勝つ。

この辺の思い切りの良さはさすがホクトだ。真似出来ない。

あ、褒めてはいません。



 マドロアという女性冒険者を紹介された翌朝、ホクトたちは冒険者ギルドで待っていて情報交換を受け入れると言いに来た。

 だが、俺の方はマドロアさんと薬草採取に行く約束をしていたので細かい話は夜に回してもらった。

俺の方から持ちかけといて悪いなぁとは思ったんだけどね。マドロアさんの前で日本人の事をあまり言いたくなかったんだ。


 夜に再度待ち合わせて、冒険者ギルドの部屋をレンタルして入った。

ここは防音魔法が効いているらしく、打ち合わせなどで使えるらしい。ゴンザレスに教えてもらった設備だ。

三メートル四方の狭い部屋で家具は何もない。


 最長12時間までで500ゼニーで冒険者登録した者だけが利用できる。ゼニーはこちらの世界の通貨だ。

条件としてパーティを組む必要が有り、そのパーティメンバーだけが利用できる。

料金はメンバーで頭割り。つまり今回は一人100ゼニーで利用できる。

〝防音が効いている〟というのが特徴で、冒険者のカップルが宿代わりによく使うとか何とか。

情報交換の一環として敢えてここを使ってみる事にした。



 そんなレンタルルームにて、〝ルーム〟で各自が契約した店舗情報を再度共有中だ。


「あ、あはは。あ、秋野さんは二つ目は何と契約したんですか?」


 女子二人の冷たい視線が支配するこの場の空気を変えたいのだろう、ナグモが乾いた笑いの後に話を振って来た。

牛丼美味しいです。今は俺に振らないでくださいよ、まったく。


〝ルーム〟はレベル2で契約店舗を一つ選べ。

レベル3で水道を開栓出来た。

レベル4でガス、と思ったら電気が通った。

ガスは次のレベル5で、おまけにもう一店舗契約店舗が増えた。


「お値段以上のあの店だよ。当面の目標は寝具の充実かな。想像以上に野宿きつかったし」


「それは・・・・・・羨ましいですね。確かに野宿はキツそう」


 試しに冒険者ギルド前の広場で一晩過ごしてみたのだが、これがキツかった。

寒くて碌に眠れやしない。通りでそこにいる冒険者はみんな外套を持っている訳だと納得した。

死んだ時羽織るモノは持ってなかったからなぁ。 


「うー、ズルイです。マシロもお布団が欲しいなぁ。宿のベッドって板の上にシーツが敷かれてるだけなんですよ、酷くないですか?」


「ズルくはないでしょう。羨ましいのは私もだけどさ」


 マシロが不満を言っているようにこちらの世界での住環境はかなり悪いらしい、

先日一緒に行動した時点での彼らのレベルは7だった。

俺は朝に合流した時点で4。

その時にレベルが上がって5になったら契約店舗が増える、という事を聞けたのは大きい。

 おかげで少し考える時間があった。

色々考えた結果今すぐには買えないが、色々揃っているお値段以上のあの店舗にした。

チェーン展開してない店舗は選択肢にない、というのが今の所有力な仮説だ。

この辺は情報交換を持ち掛けなかったら判断しきれなかった。


 それにしても最初の選択肢で牛丼屋を選ぶとはね。

あの時点では店舗が増えるか分からなかったのに。

四人いて良かったね、君ら。ほんとに。


 ちなみにマシロとアオバは女性用の品を買える店を先に押さえているらしい。

この辺は想像していた。

どちらも違うドラッグストアを選んだそうだが、食料品は取り扱ってなかったそうだ。

この辺が〝ルーム〟の難しいところ。

俺の百円コンビニも野菜とかは取り扱ってないし。

今時は結構あるじゃねーかと思うんだ。

けれどこちらがそう思っても無ければ買えない、どうしようもない。

その為の情報交換でもある。


 ナグモはホクトほど勢いで動いてはいないようだが、多少その時の欲望が影響しているらしい。

ホクトはね、曰く、その時一番食べたかったもの、で決めたらしいから。

呆れる。こいつ単体だったら絶対組まなかっただろう。


 おかげでご相伴に預かれているんだけど。

今は何が買えるかを教えつつ、現物を交換している。

俺の方はシェア出来そうなコンビニ弁当と、前回と同じくポテチを二袋提供している。

食べ物を買えない店と契約した人は、こっちの世界の食べ物を持ち込んでいる。

なので塩と胡椒も提供しておいた。

俺の持ち出しが多い気もするが、当面は仕方が無い。


「ふふふっ、布団が恋しいよね。先に調理器具を買うべきか迷っているけど。

どちらにせよまだ店舗は増やせるんだし、お互いの情報を参考にして上手い事選んで行こうよ」


 なんとレベル10でもう一つ契約店舗が増えるらしい。

これは良い情報だと思う。組んだかいがあった。

 四人が頷くが、ホクトは今後は慎重に選んで欲しい。

俺は自分では牛丼屋は選ばない事は決定だが。

食べたくなったらホクトに何かと交換してもらおう。


 彼らはのレベルは上がっておらず、まだ7らしい。

なのに何でそんな事を知っているかと言うと、俺と一緒に行動した次の日にまた会合を持ちかけられたそうで、そこで聞いたんだそうだ。

これで元日本人の集まりは三度目だそうだ。

俺は二回目以降呼ばれてないけどな。

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