第47話 東雲 青葉 ①


「青葉・・・・・・」


「仕方が無いよ。これ以上引っ張っても良い事ないだろうし」


 私は部屋に訪ねて来た朱音の言葉に答える。

訪ねて来た〝南雲 朱音ナグモ〟は私の彼氏だが、今は恋人の時間じゃない。

ここは宿屋の一室で、私と親友の〝河西 真白マシロ〟の部屋だ。

何とかやりくりをして二つ部屋を借りて、男女で別れて泊っている。

前世に比べたら狭い部屋、二段ベッドは板の上にシーツがひかれているいるだけ。空調整備などない。

そんな生活に耐えられるのはマシロがいたから。

だがこの部屋に今、マシロはいない。


 数時間前に部屋を飛び出して、戻って来ない。


「やっぱり探しに行ったほうが」


二段ベッドの下段に腰かけているに、立ったままのナグモ。

彼がこれを言うのはもう何度目だろうか。そしてそれに同じ言葉を返すのも、何度目だろう。


「そうしたいけど・・・・・・それじゃ繰り返しになるよ。約束は大事だけど・・・・・・

もう、こうなっちゃった以上いつまでも文句を言い続けても・・・・・・」


「そうなんだけどさ」


 私と〝南雲 朱音ナグモ〟が恋人関係であるように、親友で同室の〝河西 真白マシロ〟にも一緒に行動する彼氏がいる。

私たちは四人でこの世界に連れてこられた。


 高校二年生の時に同じクラスだったことから始まった四人の関係は三年生になってからも変わる事なく続いている。この先もそれが続くと思っていた。たとえそれが異世界に転生する事になっても。


 傍から見れば馬鹿みたいな話だろうが私たち四人は生前、こうなったときのことを話し合っていた。

あの時は冗談だった。まさか本当になるなんて思いもしなかった。


彼氏の〝南雲 朱音ナグモ〟が前衛として皆の盾になり。

私 〝東雲 青葉アオバ〟が回復役を務め、それを助ける。

河西 真白マシロ〟は魔法を使えるようになってパーティーを支える。

そしてマシロの彼氏の〝黒瀬 北斗ホクト〟が弓を使う斥候になりナグモとマシロをフォローするという話だった。


 でもそれは予定通りにはいかない。

多種あった魔法と違い、弓は弓術という括りで一つしか選択肢がなかった。

話し合って決めていた設定を守った上でだが〝黒瀬 北斗ホクトは魔法スキルも習得した。


 これだけなら良かったのに。

予定話した通りなら犬の獣人になる筈のホクトは、何故か狐の獣人になっていた。

曰く「その方が自分好みで格好良かったから」と


 マシロ彼女と『同じ犬の獣人になって結婚しよう』という約束があるのに。


 その約束を知っていた私も最初は頭に来た。

でももう私たちは転生してしまった。

現状は変えられそうにない。

受け入れて、前に進むしかない。

四人で力を合わせて頑張らなければ、この世界では生きていけない。


 なのにマシロ彼女は、どうしても許せないらしい。

転生して七日目になる今日も、朝からその話でホクトを責めた。

こちらに来てからずっと我慢していたホクトも、言われ続けていい加減にうんざりしていたのは伝わって来ていた。

それでも自分が悪いからだろう、よく我慢していたと思う。


「あーーーーーー、もういい加減許してくれよ」


 そう言ったホクトの言葉にも、マシロは噛みついた。


「許さない、絶対に許さないから!」


 二人の喧嘩は別れ話にまで進んでしまう。

仲裁には入ったが、それでもマシロがホクトを許すことは無かった。

宿を飛び出してしまう。


「落ち着いたら帰って来ると思っていたんだけどなぁ」


 元の世界から持ってこれた腕時計を見ながらナグモが言う。

時間は22時を過ぎた。ナグモはずっとこの部屋と自分の部屋を行ったり来たりしている。

向こうではホクトもまた葛藤しているのだろう。


「私たちが思ってるより、ずっと怒りが深いのかもね。あんなに意地になっている所は初めて見る」


 マシロとの付き合いは高校から。

それでももう二年以上の付き合いになる。そんなに執念深い子では無かったと思っていた。

 明るいホクトマシロ彼女が好きになったのが二人の始まりだ。

そんな所も好きだった筈なんだけど。

元の日本でならまた違ったかも知れない。


「私だって迎えに行きたい。そう思うけど、どこかで許してあげれないとこの先ずっと微妙な雰囲気が続くじゃない。このままじゃ駄目だって分かってるでしょ?」


「うん、それは僕も分かってる」


 元高校生。

異世界で、それが理由で軽く扱われるとは思わなかった。

 漫画やアニメ、ライトノベルなんかでなら、活躍する高校生は珍しくないと聞く。

だがそれはあくまでも空想の中での話でしかない。


『連れてこられた日本人同士、みんなで協力しませんか?』 


 そう言って声を掛けられた話し合いは茶番だった。

年上だったという人たちは、殆どが私たちを社会人経験の無い子供としか扱わなかった。

表立って味方をしてくれた、と言える人は一人だけ。

それが現実で、その年上大人たちも結局は別行動をしている。


 そんな状況だからこそ、私たちは纏まって頑張らなければないない。


「許してあげたら」

なんて言うつもりは一切無い。

怒るのは理解出来る分かるし、私だってホクトのやったことには腹を立てている。

だがそれが理由でホクトと別れたい、とまではマシロは思っていない事を聞いている。

 だから今は少しだけ。

マシロの方が引くべきだと思う。

責めない時間を増やして欲しかった。仲良く過ごす時間を伸ばして行くべきだと思った。

喧嘩しているよりも、そうやって過ごしたいとどちらも思っているのだから。


 そんな私たちの説得を聞いて、マシロは涙を浮かべて飛び出してしまった。


「でも、やっぱりこれ以上は・・・・・・・」


「うん、そうだよね。うん、やっぱり探しに行きましょう」


 腰かけていたベッドから立ち上がるのと、扉をノックする音は同時だった。


「ごめん、俺。ホクト。今、開けても大丈夫?」


 目で頷くとナグモがドアを開け、ホクトを迎え入れる。


「どうかした?」


「あー、なんか宿の人がお客だって言いに来たんだけどさ、それが・・・・・・アキノって人らしくて。三人呼んでるって」


 突然の来訪者の名前に顔を見合わせてしまった。

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