第46話 七日目
転生してから七日目 夜
コウヨウは人気の無い冒険者ギルドの裏を一人歩いていた。
訓練所を追い出されたからだ。
「お前は限度を知らないのか! いい加減にしろ! 明日まで
訓練所に常駐していた教官に怒鳴られ、物理的に放り出された。
この世界に来て初めて、ティルナ・ノーグの三人が全員仕事で今夜は拠点を留守にすると言われた。
なのでコウヨウも、今夜は拠点には泊まらない事にした。
元々自分に住む権利のある建物でも無く、持ち主が誰もいないのに好きに使う事に憚られたから。
そしてそれ以上に良い機会なので、ギリギリまで訓練所で身体を、そして技を鍛える事にした。
全てはスキルを得る為に。
ここまでの一週間、スキル習得における訓練は順調に来ている。
なのでここで一気に捲る。追い込む。
そう考えたコウヨウは日課の薬草採取を終えた昼過ぎから訓練所に入り浸り、暇そうな教官を捕まえては教えを請うた。
教われそうな教官がいなければただひたすらに身体を鍛えるか、覚えた事を反復して過ごしていた。
そして限界が来たら少し休み、動けるようになったらまた鍛える。兎に角がむしゃらにこちらに来てから覚えた事を反復し続けた。
師匠筋である三人がいないからこそやれることだった。
異世界の朝は早い。大半の人間は日の出から日の入りまでが主な活動時間となる。
仕事の性質上、陽が沈んでも冒険者ギルド内は活動している。
だがそれでも、昼過ぎに顔を出し、それから20時を過ぎてもずっと訓練を続けるコウヨウは異常だった。
「ちっ、部活の合宿だと思えば一日くらい平気なのに」
そう悪態を吐くもレベルがはるかに上回る教官に、力づくで追い出され、さらに訓練所に出入りする権限を
若い身体は多少の無茶が効く。
死ぬ前に三十歳だったコウヨウはそう計算した上での実行だった。
だがそんな言い訳は、彼自身以外には通らない。
仕方なく訓練は諦めて、今夜の寝床へと移動しようとしていた。
異世界へ来てから初めての一人寝だ。
こちらに来てからは常にティルナ・ノーグの世話になっていた為に、自分で全てを賄うのは初となる。
「とは言っても〝ルーム〟で寝るだけ、だけど。
くっそぅ、せめてあと一時間ちょい訓練所を使えればすんなり深夜パックを使えたのに」
〝ルーム〟は22時を過ぎてから入ると、翌朝8時まで500円で使える。
コウヨウはこれを深夜パック、もしくはナイトパックと呼んでいた。
普通に〝ルーム〟を利用した場合、料金は一時間以内だと250円。以下一時間毎に同額が掛かる。
なのでパックを利用すれば料金はかなり安く抑えられる。
今夜はそれを利用して、〝ルーム〟内で眠るつもりだった。
パックを利用する場合は、現在発動している入室から一時間は無料という特典は利用できなくなる。
他のサービスとは併用できません、という奴だ。
なので今〝ルーム〟に入り、深夜パックを利用すると750円が掛かる、という計算になる。
他にも〝ルーム〟の料金には細々と制約があるが、代わりに特典もあった。
考えて、上手く使えば安く済むような料金設定になっており、それは魔物と戦わせるための措置だろうとコウヨウは判断している。
例えば〝ルーム〟に入りっぱなしの方が、何度か出入りするよりも高い料金が掛かるようになっている。
これはこちらの世界の神にとって〝ルーム〟の中に引き込まれるのは避けたい事だからだろう。
それは送られた経緯を考えれば、簡単に想像できた。
引きこもるという選択肢は無い。
だが最大限上手く利用したい。
レベルの調整は順調で、明日レベルが5になる段取りになっている。
今日踏ん張ればレベルアップ後に得られるスキルが増える、かもしれない。
そう期待していた故の追い込みだったのだが、切り上げられてしまった。
勿論訓練に集中したかったという理由が大きいのだが、同時に費用を抑えたかったというのも本音だ。
だから今日は徹底的に身体を追い込み、22時を過ぎてルーム〟に入って明日の朝まで泥の様に眠る。勿論その前に栄養補給もする。先日契約した百円コンビニでしっかり食べるつもりだった。
そこにここ数日で稼いだ日本円を使う覚悟でいたコウヨウは、当てが外れてしまった恰好になる。
とはいえここは異世界。
時間を潰すような施設に心当たりは無かった。
現在の〝ルーム〟に入る設定は『10メートル四方に壁の無い空間』として設定している。
事前に探索はしてあり、冒険者ギルドの裏手に条件に合う空間を見つけてある。
仕方なくそこへ移動する途中だった。
というのに知った顔を見つけてしまうのだが。
(あの垂れ耳は、名前なんだっけか。
えーーと真っ白な青葉は犬と猫と覚えたから、犬獣人はマシロさんだっけか。問題はナンパなのか、知り合いなのか、仮にナンパだったとしたら好んでされているのかどうか、だ)
犬獣人になった同郷の元日本人、マシロが人気の無い冒険者ギルドの裏手の路地で男二人に声を掛けられていた所に遭遇してしまった。
(さて困ったな。男に声を掛けられている女って判断が難しいんだよな。見るからに嫌そうな態度を取ってればまだしも。声を掛けてきた相手を怒らせたくない、とか言って愛想よく対応する女もいるし。
それを察して助けろ、ってのは大半の男にとって難易度が高すぎるんよ。そもそも何考えてるか察せるほど彼女と俺は親しくないし。
うーん、こいつは確か彼氏がいた。なのに一人で夜道を歩いてナンパされてるって事は・・・・・
こりゃ邪魔しない方が吉かな)
そう考え、気にせず通り過ぎようとしたコウヨウだった。
だがそうは問屋が卸さない。
逸らす前に目が合ってしまう。それもバッチリと。
一瞬大きく瞬きをした後に目を見開くマシロ。
コウヨウはそれでも目を逸らそうとしたが、手遅れだった。
「あっ、あ、ああああ。アキノさん、秋野さんですよね? カワニシです、私、河西真白。た、たたた助けてください!」
そう言って
(いやー、そりゃ駄目だろう? そうやって逃げて来られると男の方を煽る感じになってヘイトがこっちに向くんだけど?)
と、思うももう遅い。
男二人はコウヨウの方へと寄って来ている。心なしか目が吊り上がっているように見えた。
こうなればもう巻き込まれる事からは逃げられない。仕方なく二人の男に声を掛けた。
「あー、ナンパですか? 失敗したみたいだし今日の所は引いた方が良いんじゃないかな」
「はっ、ナンパ!? ばっか、ちげーよ。
こんな時間に一人でふらついてるから野営の場所に行けって言ってただけだっての。変なとこで寝られると他の奴が迷惑すんだよ。ちゃんと決められた場所を使えって言ってるだけなのに、そいつが何か勘違いしてんだよ!」
「そいつまるで話が通じねーんだ! こっちはルールを守れって言ってるだけなのに泣き出しやがって。俺たちが悪いみてぇじゃねーか! 俺らはただ見回って許可されていない場所を使うなって言ってるだっての!」
コウヨウの言葉は即座に否定された。が、何の話かはすぐに察せた。
冒険者ギルドの正面は広場のように開けた空間になっており、そこだけは野営が許されている。
だが許されているとはいえあくまでも黙認で、野営とは言っても野宿と大差がない。
テントなどの設営も許可されておらず、宿を借りる金すら節約したい者たちのセーフティゾーンとなっている。
それの事だろうと、すぐに気づいた。
あくまでも黙認されているだけ。
なので冒険者ギルドも表立って公表していなければ説明もしていない。コウヨウも偶々耳にし、興味を持ったから確認したので知っているだけだ。
全ての冒険者の知る話でもない。
コウヨウは心の中で(ナンパとか言ってすまんね)と謝った。
「あー、なるほど。そっちか。って事は彼女が何の話かわかってない感じですかね?」
コウヨウの問いに頷く二人。
(まー夜道で男二人に声を掛けられたら怖いだろうけど。そもそもなんでこんな場所にいるんだって話だが。ここで聞く事でもねーか)
「なら知り合いなんで、俺の方から説明しときますよ。で、なんで今日の所は許してやってもらえないですかね?」
「ちっ、ったくよ。ちゃんと教えとくってんならそれなら良いけどよ。他の
冒険者ギルドはギルド支部前の広場のみの利用を黙認している。
それは逆に他の場所での野宿は許さない、とも言える。
どこの世界でも同じだ。一部のルールを守らない人間が勝手な事をするせいで、飛び火してそれまで許可されていたことまで取り消される、なんてことは珍しくない。
これは実際に起こりえる。
変なところで野宿をされて、今黙認されている所の使用まで取り消されてはたまらない。
というのが正しくルールを守って利用している人間の総意だ。
そこの広場を夜間利用するのは何も冒険者だけでは無い。外の村や町から冒険者ギルドに依頼に来た者も使うし、旅人や商人が利用する事もある。
冒険者ギルドは夜間のうちに
新しく開示された依頼を狙って泊まる冒険者も中にはいる。
暗黙の了解ではあっても、多数の者に必要とされている場所だ。
禁止されては困ると、こうやって自主的に見回りをする者も存在している。
何も知らずにフラフラしていたマシロは、彼らの警戒に引っかかったのだろう。
「つーかお前は何でこんなとこにいんだよ」
「おっとこっちに飛び火しやがったか」
二人組の男に矛先を向けられて、だから関わりたくなかったのにと心の中でつぶやくコウヨウだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます