第45話 三日目 ⑥ エルフ専門


 〝投擲術〟の訓練を受け、設備を一通り確認して訓練所で今日やる事を終える。

何となく理解したので今後一人で使う事になっても問題は無いと思う。

どうせゴンザレスさんに頼むので、その時に教わりながら予約をすれば良い

そう考えると気安く話せる職員が一人いる事はとてもありがたい。


 〝投擲術〟を教えてくれた教官はサムソン教官と言う名の教官で、スキンヘッドで肌は浅黒く、身体はゴツイが顔は穏やかそうな教官だった。

 特に目元が優しそうで、河に流されたら絶対助けに来てくれそうな雰囲気を感じた。

なのでと尊敬を込めて「サムソンティーチャー」と呼びたいと頼んだ。

だが断られてしまった。


 故郷でティーチャーは教師という意味だとちゃんと説明したのだが駄目だった。

その呼び方はなんか下半身がぞわぞわするらしい。

 下ネタではなかったんだが・・・・・・。

だが元ネタがある。それは説明出来ない。残念無念。

仕方がないので当面は心の中でだけ「サムソンティーチャー」と呼び続ける事にしよう。


 元Bランクの冒険者で〝投擲術〟以外も教えられるとの事。

なのでいずれはお願いしようと思う。

何度か教わってればそのうち、呼び方を変えても許されるだろう。


 それにしても確かゴンザレスさんが元Åランクだったと記憶している。

受付のゴンザレスさんがÅで、教官のサムソンティーチャーがB。

この辺もまた良く分からん。教官になるのに冒険者の時のランクは関係ないのだろうか?

やりたいことやっているなら俺が口出す事でも無いがな。


 分かったのは教官は多分給与体系が歩合制だろうな、という事。

基本給までは分からないし、あるのか無いのかもしらないが。

スキルなり技能アーツなりを教えれば、教えた分だけ教官にインセンティブが入るのだろう。


 今日教わったのはサムソンティーチャーにだけだが、訓練所にいた教官とは一通り顔合わせをした。

サムソンティーチャーの指導を受けている最中に個別に顔を出しに来たからだ。

どの教官も自分が何を教えるのが得意だかを伝えていったので顧客獲得の為の営業だろう。


 結局こういった商売は〝指名〟を取らなければ成り立たず、続けられない。

無料で使える分だけしかやらない人間にいくら指導をしても、教官に報酬は入らない。

俺の場合はハイエルフのクレアさんが連れて来た新人だから、という事が大きいのだろうが。


 今日は〝投擲術〟のスキルを覚えるための指導を受け、その中で二つの技能アーツを見せてもらった。

この分の料金を支払ったのはクレアさんだ。知らない間にいつの間にか二人分をポーンと出してくれていた。

 顔を出しに来た教官たちは、暗に「次は自分に教わってね」 と言いに来たといった所だろう。

俺に言われても困るんだけどね。

それはティルナ・ノーグのお三方に言ってください。俺は知らんがな。何しろ金は無いのだから。


 それに大体どのスキルも、レベル1までなら覚えるのはそこまで難しくないそうだ。

なので当面はあちこちのスキルに手を出す予定でいる。だからあまりお金は掛けたくない。

一つ一つ教官に教わっていたら、こちらの世界のお金がいくらあっても足りなくなる。

だから当面は指名などせずとも覚えられる、スキルを取っていく方向だ。


 最も覚えやすいというのは、前提条件の無いスキルは、なんだけど。

多分〝影魔法〟が前提条件有りのスキルだ。なので先ずはそこ。

影魔法の前提を見つける事が優先となる。



 サムソンティーチャー曰く俺もクレアさんも〝投擲術〟の腕は悪くないそうだ。

教官がそう言うという事は、遠からずこのスキルは得られるだろうと判断して良い。とクレアさんが言っていた。

個別に教わるという事は、そういった目安も教えてもらえる利点があるようだ。


 次に訓練所で習うスキルは、自分で選べるなら消去法で短剣術だろう。

覚えたらすぐ次のスキルへ移り、時間が掛かりそうならどこかでで区切って別のスキルへ移る。

だからサムソンティーチャーと親しくはなりたいが、あまり深く教官と関わるのも良くないか、とも思っている。当面はあまり目立たず埋没して、誰でも良いから無料で教わりたい。







 訓練を終えた後は町へ出た。

向かった先は職人通りと呼ばれる所で、表通りから離れた所にあった。

その中でも職人たちの工房が見本を並べている通りを見て歩いている。


 クレアさんの馴染みのお店に行ったがクレアさんは兎も角、俺に売る装備は無いと断られたからだ。店の在庫を見せる事すらさせてくれなかった。


 という流れで察しがつくだろう。

エルフの職人が経営している店だ。エルフにしか販売しないらしい。

さもありなん。


  クレアさんは怒って文句を言ってくれていたのだが、


エルフの職員一家 と ハイエルフのクレアさん


拘りを持って工房を運営している一般人を、偉い人が立場で無理矢理方針をパワハラで変えさせようとしているようにしか見えなかった。

「自分は気にしませんから。他の店を見て待ってますから」

と言って逃げるように出て来た。


 元々後学の為に装備を見たかっただけだ。騒ぎを起こしてまで居座りたくない。

エルフにしか売らない、という拘りのある店の装備を見ても、俺にはあまり勉強にはならないだろう。


 職人通りは多種多様な職人が集まっている地域を指すが、露店を出す事が許されている通りは一本だけだ。

周辺で一番広く、工房の中でも一際大きい店が並んでいる通りだけだ。

 そこで露店を出せるのは、その通りに店を構えている店にしか許されていない。

現代風に言えば駅前一等地であるそこに、露店とはいえ売り物を出せるような職人が所属する店は当然一流どころである。


 ただ眺めるだけでも充分に勉強になるのだ。

最も店番からすると冷やかし以外の何者でもないだろうがな。最初は仕方が無いよね。誰だってみんな、最初は初心者だ。


「ごめんなさいね。せっかくだから投擲用のナイフを買ってあげようと思ったのだけど」


 しばらく露店を冷やかしていると、目的を終えたクレアさんが追いついて来て詫びられた。


「いやいやいや。気持ちは嬉しいですが、なるべく自力でやりたいのでこれで良かったんですよ」


 エルフ御用達、どころかエルフ専門の店があるとは思わなかった。

嫌味では無く一つ勉強になったと思う。この世界を少し知れた。

この分だど偏屈なドワーフの経営する店とかもありそうだしな。一人でそんな店に迷い込むよりも、段階を踏めたので心構えが出来たと思う。


「・・・・・・・でも」


「本当に気にしないでください。気に掛けてくれるのは嬉しいですけど、買って与えるのはやりすぎですよ。あくまでも俺には、ですが」


「そういうものなの?」


 弟子として扱いも、教わる者にとって望む方法が変わる。

苦労せずレベルを上げ、ランクを上げたいと思う者もいるだろうし、装備を借りて金に困らず進みたいと考える者もいるだろう。どちらも当然の恩恵だと思う奴だっている筈だ。

その反面なるべく手を出して欲しくないと思う者もいる。


 俺は知恵を貸して欲しいと思うが、何不自由のない状況に持って行って欲しくないと考えている。

決して格好を付けている訳ではなく、総合的な判断でそう考える。

理由は一つ。何不自由のない状況では、スキルが伸びないだろうと考えるからだ。


 人外の手助けと、神様がくれたチート。

その二つを比べた時に、俺が選ぶのは後者だと言うそれだけの話。


「人それぞれですけどね。悪く取らないで欲しいんですが、俺は水槽の中で上から降ってくる餌を待つような生き方をしたくないです。

何て格好いい事を言っても寝床を与えてもらって食費を出してもらってと、充分面倒を見てもらってるんですが。そこまでしてもらってるだけで充分なのに、そこからさらに装備をもらうってのは、俺からしたら甘えになります」


「・・・・・・そう、難しいわね」


 俺の言葉に手を顎に充てて考え込むハイエルフ。

ですよね。人を育てるってのは難しいよね。特に俺は面倒くさい弟子だろう。

本人がそう自覚している。


「買ってくれるという気持ちは本当に有難いですし、嬉しいんですよ?

でも貰ってばっかりじゃそれ以上伸びないじゃないですか」


「でも装備は必要じゃない? なければ出来ない事もあるわ」


 確かに装備が有る、と無いじゃ大違いなんだが。

もらって当たり前、という思考の人間を前世で何人も見て来た。

全員とは言わないが、くれくれ君チャンさんは碌な奴がいなかった。

人は慣れる。それが当たり前になると感謝をしなくなる。

傲慢さだけが成長する。

恩恵は受けたいが、どこかで線は引いておきたい。駄目にならない所で。


「そうなんですけどね・・・・・・

でもそれは、無ければ無いなりにやってみますから。俺の場合はしばらくは見守ってて頂けると助かります。手を貸してもらえるのは何度か失敗してからの方が有難い、かな」


「うーん、そうかも知れないけれど」


 クレアさんは納得がいかないらしい。

どんだけ過保護なのだか。

それは良いところでもあり、悪い所でもある。

俺と同じく線を引けるようになって欲しい。

出来れば俺の次の誰かを教える前に。


「もし良ければクレアさんの理想の弟子像を教えてもらえますか?」


 職人通りの露店で並ぶ品は、大手の中堅以上の職人の物になる。

それより腕が劣る職人は売る事を許されない、か、別の通りの露店に紛れ込んで売りさばくしかない。

それだけこの通りに並ぶ品は厳選されている為、見るだけで勉強になる。

二人でそんな品を並んで眺めながら聞いてみた。


この時は、これがあんな約束に繋がるなんて思いもしなかった。

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