第35話 選択肢


 強制発動して無理矢理連れて来られたことについては納得がいった。

俺以外も相談出来ない、なら文句はない。


 ティルナノーグの三人の前で、此処へ入る入らないの選択肢があるよりも、全員問答無用で強制発動の方が俺に取ってはありがたい。

 何しろゴヘイの馬鹿を殴り、道明寺菜桜と口論をして一人であの場から去っている。

相談する相手のいない俺に取って、〝全員相談出来ない〟ことほど平等な事は無い。


 元日本人とする情報交換も重要ではあるが、それは現実的ではない。

人は忘れる生き物だ。記憶が少し薄くなった頃に、揉めていない奴と話せる機会があれば、そこで交流を頑張れば良い。駄目ならそれで仕方が無い。


 今優先すべきはこの世界で生きる為の常識。

そして日本円も勿論だが、現地の通貨を稼ぐ方法。

それも可能な限り効率的な情報だ。


 日本円、現地の通貨。どちらも両立させて稼がなければならない。

金が無ければ生きられないのはどこの世界でも同じだ。


「重要なのは何か。

このダリーシタの町では、腹が減ったら最悪ホーンラビットを狩って食べれば良いらしい。

解体は覚えた。まだ一応レベルだけど」


 三匹目を殺した後に此処へ来てしまったが、前二匹は練習として解体している。

初めての体験にかなり気持ち悪くなったが、スキルを取得しているからだろう。問題無く作業は出来た。

手順はしっかり覚えた。覚えているうちにメモに書き残したい。

 素手で行った事に抵抗はあったが、そこは仕方が無い。

レイシュアさんが素手で見本を見せてくれたのに、俺はゴム手袋が無ければそんなこと出来ません、なんて言えない。

教えてくれと言ったのは俺だ。


 そう考えるとゴム手袋が欲しい。

でも最優先にするような事ではないと思う。他に必要な物がある。



「生肉なんて食えないから、焼いて食うしかない。

カセットコンロ。いや、コンロで直火は駄目だろう。フライパンもいる。

フライパンなら武器にも盾にもなるか?

魔物を殴ったフライパンで焼いた肉を食べる。シュールだな」


 フライパンでホーンラビットを殴り殺し、そのフライパンでホーンラビットの肉を焼いて食べる姿を想像した。

 だが別にホーンラビットを狩るのにフライパンは必要無い。

逃げたホーンラビットに余裕で追いついたし、もらった短剣でザックリ殺せた。

脚力は兎狩りには問題無く、短剣術も作用しているのだろう。

首を狙って切り伏せた。多分〝攻撃力アップ〟スキルも効いている。


 なるべく少ない道具で多くをカバーしたい。

それが本音だが盾は盾でいずれ必要になり、フライパンは料理の用途だけで良い気がする。

まだ始まったばかりだが解体、短剣術、攻撃力アップのコンボは上手く作用していると考えて良いだろう。


 スキルについては、他の日本人より情報が進んでいると思っている。

昨晩もっともデカイ収穫がこれだ。

何でも聞けと言ったティルナノーグの三人に


「スキルを新しく覚えるタイミング教えてもらえますか?」


と問いかけて


「レベルが上がったタイミングだけだぞ?」


と返ってきた。


 つまりどれだけスキルを覚えようと努力しても、レベルが上がらなければスキルとしては得られないらしい。


「では『スキル』って一体は何でしょうか?」


「スキルとは何か? それは難しい質問よコウヨウ。それが何かは自分で知るしかないわ」


「ふむ」」


 禅問答的な答えは欲しくなかったんだが、良く分からないモノなんだという事だけは分かった。


「ですが敢えて言うならですが、後押しです。


例えばここにコウヨウくんがいるです。私が魔法を教える事になっているです。

スキルを獲得していなくても、魔法は使えるようになるのですよ。ちゃんと覚えたら、の話ですが」


「スキルを習得していなくても、ですか?」


「ですです。出来るようになる。これが先で、その後のレベルアップでスキルを習得するです。

恩恵を受けるのはその後です。


『簡単に使えるようになる』『新しい技術を覚えやすくなる』『今までとは違った使い方が出来るようになる』『魔力や体力の消費が少なくなる』


 レベルが上がり正式にスキルを取得すれば、と言った恩恵を受けられる知れないです。これが次のスキルレベルアップに繋がるです」


 こう言われて納得がいった。そうだ、スキルにもレベルがあった。

レベル5まであった。取得して終わりの存在では無い。

つまりスキルの習得は入り口であって、ゴールでは無いのだ。


 これを聞いて俺は、スタートダッシュを放棄することにした。


 恐らく元日本人の大半はレベル上げに勤しむだろう。

最初はレベルが上がりやすいのは前にも言った通りだ。


 幸いな事に俺は全てのスキルの〝素養〟を持っている。

まだ慌てるような時間じゃ無い。仙道さんもそう言っている。


レベルが上がるタイミングを調整できるうちに、なるべく多くのスキルを取得べきだ。

俺の超直感がそう言っている。

そしてそれはティルナノーグの面々の指導力の向上にも繋がる。


 話を戻すと、盾は『盾術』というスキルが有り、『料理』というスキルもあった。

それぞれ独立している。

前世で自炊はしていたので、包丁はそれなりに使える。

だが、兎料理は未経験だ。


 どちらの技術も覚える良い機会になる。

兎料理を覚えたくらいでスキルの『料理』を覚えるかは何とも言えない所だ。

だが何もしないが悪手。

何でもやってみる、が今選べる最善手だ。

可能ならば一石二鳥を狙いたいが、狙いすぎて何もしないのが最悪手だ。

グッドでは無いかもしれないが、ベターではあるだろう。


 問題は・・・・・・・


 料理かな。特に味だ。そして生活環境。


昨晩はティルナ・ノーグの拠点でお世話になった。

硬いベッド。

風呂は無く。

出された料理はお世辞にも美味いとは思えなかった。


 あそこは別行動しているという、ティルナノーグのリーダーの親が管理していると聞いた。

冒険者とは冒険する事が仕事なので、家の管理など出来ないし、しない。


 ティルナノーグとして稼いだ金で買った建物を、リーダーの親が住んで維持しているらしい。

つまり昨晩出されたマズイ料理はその親御さんが作ってくれた訳で。


 頑張って全部食べたが、良い印象は多分持たれていない。

正直吐き出さないで飲み込むのに必死だった。

微妙な表情でこちらを見ていた事は気づいていた。

分かっていたが、それでも取り繕う事すら出来なかった。


 だってマズイんだもん。

食材の味をそのまま。とでも言えば聞こえは良いが、料理の基本は塩加減である。

肉が堅いというのもあったが、それ以上に塩気が全く無かったのが激悪だった。

多分塩は高いんだろう。異世界あるあるだが、


「ならば食卓塩だ!! 塩を買えば解決する!!」


 閃いた!! ここでトラップカードの発動だ。これで勝つる。

だが多分この程度は元日本人なら誰でも思いつくだろう。

昨日の時点でこの〝ホーム〟に辿り着いておらず、この世界の食事を体験していれば、だが。


 仮に日本人同士の話合いをしたその足で、そのままホーンラビットを狩りに出ていたらならば?


「ラーメン屋とか牛丼屋を選んじゃったりして? まさかな」


 さすがにそこまで単純には決めないだろうが。

 牛丼食いたい。ラーメン食いたい。居酒屋にも行きたいし、たまには寿司だって食いたい。

勿論お酒だって飲みたいし。せめてパンツくらいは取り替えたい。

シャワーだけでもと言いたいが、それもハードルが高いなら。

身体を拭きたい。可能なら専用の汗拭きシートで。


ではそれらを全て満たすには?

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